さらば仇。そしてこれからも、
龍文書―56
【草薙太刀】:刃渡り1メートル以上の大刀。しかし絹の様に軽く、刀身は山をも両断する。
落ちた首が土を舐める。
蛇神の首を落とした私は、天羽羽斬と共に宙で一回転、そしてそのままオクダカの腕の中に落ちた。
「ナイスキャッチ」
「お姫様。あんたも存外やるじゃねえか」
「オクダカもね」
蛇神の最後の一本が、寂しそうに地面に横たわる。
――――彼にも落ち度があるとはいえ、妖に毒を盛られ、脳が腐り、思考も朧げなままずっと彷徨っていたのだろう。
この白濁色の目を見るに、視力はほぼ無かったと見える。だから怖かったんだ。何も見えず、物体の温度しか計れず、体温あるものが全てが敵に思えたんだろう。
「蛇よ。お主の罪は赦された。もう何も、案ずることは無い」
蛇神の頭に手を添えて、心の中で願った。“この者の神霊に、永久なる安らぎを与えよ”と。
すると、ヤヅノ蛇神の尻尾が動き出す。しかし先ほどの戦闘とは違い、それはまるで猫の尻尾のように楽し気だ。
「まだ生きてやがったか」
身構えるオクダカを手だけで抑制する。
「もういいの。彼はもう、大丈夫」
驚いた表情で私を見る剣神は、覗かせた刀身を鞘に納める。だがその目は、まるで別人を見るかのような目だ。
「…………まさか、大神様か?」
遥か頭上からそう聞かれるが、彼の目を見ることはせず、ヤヅノ蛇神だけに目線を向ける。
「オクダカ。お主はこの中つ国をどう思う?」
私の言葉。しかし私が話しているかは定かではない。
「……どうもこうも、まだ大和しか知らないでしょ」
「そうだ。私たちの国は狭い。故に、人々の苦しみを知れずにいる」
蛇神から視線を外し、太陽を背にしたオクダカを見上げる。その確かな決意を、遥か胸に掲げながら……。
「私は、頑張るぞ」
呆れたように鼻で笑うオクダカ。彼は頭を搔きながら、三日月のように曲がった口で言う。
「本当に、おひい様には振り回されっぱなしだ」
ここで蛇神の尻尾が、不意に私の目の前に現る。見ると、その針の様に細い尾の先端は一本の太刀を握っていた。だが敵意は無い。
ありがとう。
――――そんな言葉が聞こえた気がした。
「何か聞こえなかった?」
オクダカに聞く。
「いや、何も聞こえんが?」
不思議に思いながらも、私は尻尾に握られた刀剣に魅せられる。
水気を帯びているかのような美しい刀身。太陽の光を浴びると、白銀は更にその身を輝かせる。
「おひい様にくれるってよ。刀が、そう言ってる」
思わず吹き出してしまう。――――なんだよ、刀が言ってるって。
「なにそれ」
私の身長よりも遥かに大きい太刀。とてもじゃないが、私に振れそうな物ではない。
それでも私が刀の柄を握りしめると、蛇神の尻尾は力なく倒れた。だが私には、気持ちよさそうに眠っているようにも見えた。
そして彼に渡された刀を寝かせて、盆を持つように両手で支える。
柄は吸い付いてくるように手になじみ、刀身は氷を触っているかのように冷たい。その太刀は雲の様に軽いが、私には山の様に重く感じた。
「いい業物だ。大事に使えよ」
「言われずとも」
――――そうして、白兎族襲撃から始まった、八頭命川討伐は、意外な形で幕を降ろすこととなった。
たった二匹の物の怪が引き起こした非道な一件。
ヤヅノ蛇神を殺し、自らが神に成り代わろうとした禍禍しいオガ夫婦は、ナナナキヒメによって潰え、私によって殺された。
「それじゃあッ! 私はここを掘ります!」
西ノ宮へナナナキを届けたサカマキとユキメ。そしてヤチオヒメを送り届けたカナビコ。その三柱が再び戻って来た時、私とオクダカはヤヅノ蛇神の墓を掘っていた。
真っ先に手伝ってくれたのはサカマキとユキメ。カナビコも、悪そうな腰を庇いながらも、満足げに墓を掘った。
「ソウ様。ご無事で何よりでした」
八つ分の墓を掘るとき、ユキメと私は同じ墓を掘った。
「余裕のよっちゃんよ」
「ふふ。相変わらず、ソウ様はお可愛いままでございます」
――――その時、不意にユキメが私の頬に口付けをした。
穴はかなり掘り進んでいたため、私の全身が隠れるほどの深さはあった。故に他の神からはこちらが見えない。
「な、ななな、なにをっ」
ユキメは優しく微笑む。
「犬が顔を舐るのと同じにございます」
何も言えなかった。いや、心臓が忙しなく、呼吸も荒く、故に言葉が出なかった。
「あ、あ…………」
さらに両腕で私を包み込む。伝わるのは、血流による温度の上昇。金木犀のような、秋を感じさせる寂しい匂い。彼女の息遣い。温もり。愛。
「あの時の接吻が、初めてでした」
ユキメは私の耳元で囁く。
ええ。ナニコレ。なにこれ、なにこれ! まさか告白!?
「――――おいお前ら! 何サボってんだッ!」
蹴りを入れるかのようなオクダカの声が耳に飛び込む。肩をすくませ、私は思わずユキメから距離をとった。
「だって、わし終わったもん」
「私も掘り終えたぞッ!」
どうやら私たちに向けられた言葉ではなかったようだ。
「俺はあと一穴残ってんだ。手伝えよ」
彼らの顔は見えないが、聞こえる声から察するに、オクダカの眉間には相当しわが寄っている。
「お主はサボっとったからじゃろうが」
「うむ! 私はソウ様たちを手伝おう!」
そうして地を揺らす程の足音が近づいて来る。
だから私たちはすぐさま墓堀に戻った。この身に温もりと熱さを残しながら……。
――――そうして作った八つのお墓。私は目印として一本の木を植えようと提案した。
「サカマキ。お主草の神じゃろ、何かないか?」
「あるぞ!」
小さな杉の木の幼木。サカマキが持ってきたそれを丁寧に植えた私は、ゆっくり休めと、静かに合掌した。
「しかしこれで、朱迎大川の神が居なくなってしまった。信仰者は荒れるぞ」
カナビコは、いつにも増して深刻そうな表情でそう言った。しかし私には心当たりがあった。
「大丈夫、大丈夫。なんとかなるさ」
私が笑うと、オクダカの表情が歪む。
「なんか、大神に似てきたな」
「マジで?」
何故かあまりうれしくない。
「そうでなければ、我が君の神使は務まらんじゃろ」
カナビコは天を仰ぐ。
また何か、いい事を言おうとしている様だ。仕方ないから黙って聞いてやることにする。
「神使と契約したかと思うと、今度は中つ国平定を宣言。本当に、大神様には振り回されっぱなしじゃ」
そうでもなかったが、しかし嬉しそうな顔だ。
「まあ、今に始まった話じゃねえだろ」
アマハル様は彼らを信用しているからこそ、彼らを中つ国に遣わしたのだ。それは彼ら自身も感じている。だからこうしてチームとして成り立っているのだろう。
「――――それじゃあ、西ノ宮に帰ろっか」
「そうですね」
しばらく蛇神の墓前で休んだ後、私はそう言って切り出した。しかし、直ぐに反応したユキメを除き、先鉾たちはまだ休みたいと言った表情だ。
「まだ昼前だぜ。もう少し休もうや」
「お主ら。ソウ様が帰られると言っておるのだぞ」
私はユキメの顔が怖くて見れない。なぜなら、それは子犬の様に怯える先鉾たちを見れば一目瞭然だからだ。
本当に、賑やかな神様たちだ。




