第九話 車上の槍騎士 D
III号は恋の浦の北西の端に向かう。岬には白い二本柱のモニュメントが海風に耐えて聳え立っている。ここはかつてその地名のように
恋人たちが二人で鳴らす鐘がかつて吊るされていたが、現在は鐘は撤去されていて、モニュメントは今や海鳥やカラスが海を臨む止まり木となっていた。
「ここまで姿を現さず、か……」
いつでも発砲できるように砲弾を装填し終えて健太がつぶやく。
「やっぱりこの辺は狭すぎて仕掛けられないんでしょうか?」
通信手のため車内に居ながら手持無沙汰な樋井かのこの疑問。
「さて、どうかしらね……」
油断なく周囲の様子を伺う未生。
「もう少し先、スペースがあるんじゃなかった?」
「はい。昔レストランがあった場所があります」
砲手の矢部数馬は地図を確認していた。今は廃墟となっているが、園内シャトルバスが巡回し駐車していた場所だけに、豆戦車であれば動き回ることが可能な広さがそこにはあるのだ。
「隼人の奴が居ると思うのか?」
「勘よ」
薪を割る手斧の一閃のように呟く未生。
「隼人だったら仕掛けないと思うけど……」
「転校生が車長だからな」
紗菜が馬上槍試合の有力選手だったことは未生たちも承知しており、入手できた情報から紗菜はかなり積極的な試合運びをしていたという情報も得ていた。
「元々直接ぶつかり合うような競技ですからね」
「岩橋隼人が得意なゲリラ戦とは相性が良くない」
「だったら向こうから仕掛けてくる可能性が高いってことですよね」
「そういうこと」
機甲戦競技部の面々は罠を予測しつつ道を進んでゆく。眼前には晴朗な天気の下、飛沫をあげて波打ち付ける玄界灘が広がっていた。
飛沫のわずかな飛沫が海風に乗って未生の頬を撫でる。そしてその直後、背後から炸裂音が轟いた。
「フェイク!」
最初から予想していたので未生は反応はしない。案の定、音だけが響くだけで飛翔物体が飛び出した様子さえなかった。
「砲塔、三時方向!」
速度を維持しつつ砲塔を旋回させる未生。駐車場だったスペースが真横になると、その茂みの向こうから発砲らしい閃光が飛び込むが、未生はそれにさえ反応しない。
III号の主砲は廃墟となっていたレストランの方に向いていた。廃材が押し込まれていて奥が見通せないが、わずかにあいた隙間、それをピンポイントで狙っていたのだ。
建物を挟んだ向こう側に潜み、隙間に車体の横っ腹が見えた瞬間に一撃を加えるつもりだった二人だが、その策は見抜かれていたのだ。逆にドリフトで滑り込んで真正面を向いた光景が紗菜の視界に飛び込む。
「まさか?!」
「てぇっ!!」
III号の主砲から爆炎が噴き出すより早くテケ車は全速力で後退していた。
「さっすが未生だな!」
「あ、ありがとう!!」
バックで砲撃を避けると機敏に旋回して逃げ出すテケ車。隼人には紗菜からの口頭の指示が無かった上に、III号の様子が直接見えていた訳でもなかったが、肩に掛かっていた彼女の足から伝わる気配を察して退避行動を行ったのだ。
「追撃!!」
全力で追いかけるIII号戦車。ついに捉えた相手を逃すまいと全速力を出す。
「ここからは一本道!まっすぐ捉えたら逃がさないんだから!!」
同時刻。決闘会場の入り口、かつて遊園地だった際の入場ゲートの旧レストラン。複数のモニターが設置され、この試合の関係者、すなわち航空戦競技部関係者と若干のやじ馬たちが集まって、誰もがジュース片手に動き出した試合展開に一喜一憂していた。
「あ゛~~!!」
半泣きになって慌てふためいていたのは、つい先日紗菜の相棒になったばかりの草江聖子。身内から借りてきたという男物の学ランの上着にボンボンを両手に持って、テケ車が攻撃に打って出るたびに懸命に声援を送っていたのだが、攻撃が不発に終わるたびに身もだえしていたのだ。
「落ち着け草江」
ミネラルウォーターの500mlペットボトルを手に事も無げに鉄也は呟く。
「でもでもでーも!この先一本道じゃないですか!!」
彼女の指がモニターの一つ、その付近を映した平面図を指していた。確かに追いかけっこの道は一本道。直線で捕らえられれば確実に撃破されてしまうのは目に見えていた。
「大丈夫よ。隼人はそういうところまで計算に入れて仕掛ける場所を選定してるのよ」
「そ、そうなんですか?!」
メインモニターは追いかけっこの現場を追うドローンの空撮映像になっていた。
「地図上は一本道でも実際はこうなってるのよ」
この先は道幅が狭い一本道になっているので、直線で捉えられてしまえば撃破は免れない。しかし地図上では少々くねった一本道だが、実際は上り気味のアップダウンが激しいため、容易に照準がつけられない。
「とにかく引き離すぞ!!」
テケ車は色とりどりの煙幕を撒いて逃げの一手。
「ちぃっ!!」
狭いうえにくねりのある道で視界不良なのでは速度を落とさざるを得ない。未生はキューポラに身を沈めると忌々しく舌打ちした。
「ごめん隼人君!!」
「いいから気にするな!」
自分の手の内が読まれていたことを詫びる紗菜だが、隼人は全く意に介していない。
「どのみち仕掛けていた罠はあそこで打ち止めだったんだ」
一本道を抜けてテケ車は遮蔽物の乏しい丘陵地帯に飛び出した。木々がなく刈り込まれてこそいるが、かつての休憩所やトイレなどの建物が点在していて、テケ車が身を隠す場所には不自由していない。
「そろそろ決着を付けよう!」
「うん!!」
間もなく機甲戦競技部のIII号戦車が姿を現すであろう。呼吸を整えた紗菜は、砲塔から馬上槍試合で愛用していた専用の超強化プラスチック製の兜にかぶり直し、バイザーを下げた。




