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第九話 車上の槍騎士 C


 真夏間近と実感させる強い日差しが周囲を焼く。III号戦車は周囲を警戒しながら敵を求めてゆっくりと無限軌道を前に前にと踏み進む。


 この時、決闘開始してからすでに一時間半が経過していた。すでに紗菜と隼人は三度攻撃を仕掛けていたが、初回以外は車体に命中する事もできず、反撃を受けて離脱を繰り返していたのだ。


 III号は周囲を警戒しながらテケを探す。


「(地形の都合で)深追いできない以上は、見敵必殺しかないのよ!」


 汗は出るが過剰というほどではない。日差しは強いが潮風はまだ涼しいからであろう。


「それにしても紛らわしいわね……」


 先ほどからチラチラと人の姿が視界に入っていた。決闘とはいえ会場内に人は入れないので当然それは生きた人ではないのだが……。


「ここは銅像が沢山ありますからね」


 この恋の浦には遊園地が整備された際に森林部分にも芸術の森と称して数多くの銅像が設置されていた。そしてそれらの銅像は遊園地が閉園してからも撤去に多額の費用が必要な為か、ほぼ全てが設置されたまま放置されていたのだ。


「?」


 ブーツが車内で小突かれたので未生は車内に顔を入れる。


「何?」


「そろそろ水分補給しとけよ」


「ありがと」


 装填手の健太から水筒のカップを受け取り一飲みにする未生。中身はスポーツドリンクだが、市販品をブレンドしたものでこれを作るのも健太の昔からの仕事だった。


 車内は冷房が効いているが、顔を出して周囲を警戒する未生は炎天下に曝されている。そんな彼女の体調に常に注意しているのが、物心ついたころから彼女とつるんでいる健太の仕事である。


(しっかし相変わらず隼人とやりあうのは面倒くせえ……)


 どうせ一騎打ちするなら中戦車以上で派手に殴りあいで決着つけてくれた方が、結果はともかく手っ取り早く済んだだろうにとつくづく思う健太。しかし隼人は飛行機では派手な空中戦が好きなのに、戦車となるとゲリラ戦が好きと言うのだから訳が分からない。


 そして未生はその隼人を完膚なきまでに打ち負かすために、あえて隼人に合わせているのだ。



「さて、次はどこで仕掛けるかな……」


 木々と盛り土の間で様子を伺う隼人たち。テケの小柄な車体は地形の合間に納まって隠蔽されていた上に、周囲の枝や草で見事に隠されていた。


「ごめんなさい隼人くん……」


 汗を拭って詫びる紗菜。最初の襲撃でこそ命中弾を出していたが、以降は当たり所以前に車体に命中させることさえ失敗し続けていたのだ。


「弾はまだまだあるから焦らなくていい。とにかく相手を消耗させるんだ」


 車内に搭載していた砲弾は消耗していたが、複数の箇所に隠し置いているので気にする必要はない。そう言うと隼人は紗菜に提案する。


「よし、一服入れよう」


「あ、そうだね」


 紗菜に水筒を渡すと、カップに注いでこくこくと飲み干してしまう。中身は麦茶で、わずかに黒砂糖と塩を入れた隼人の特製品。それをキンキンに冷やしていたので全身に染み渡っていくのを実感する紗菜。


「隼人くんは?」


「ちょくちょく飲んでるから。それに車内は冷房あるし」


 機甲戦競技に出場する車両にはほぼ全て冷暖房が完備されており、このテケも例に漏れず車内は蒸し風呂にならないよう一定の温度が保たれていた。


「今更だけど感覚は?」


「目線の高さはほとんど変わらないけど、やっぱり機械に乗ってるんだなって」


 前年度まで彼女は全身鎧を着込んで馬の背に跨って槍を手に駆け回っていた。この機甲戦競技で戦車に乗ってみたわけだが、目線の高さこそほぼ同じだが、それ以外は全く違うというのだ。


「ありがとう隼人くん」


「?」


「だって隼人くんに会わなかったら、飛行機にも戦車にも乗る事なんて絶対に無かったもの」


「そうか……。だったらよかった」


 満面の笑顔を見せる隼人とそれを見て笑顔になる紗菜。隼人は以前から仲間たちの笑顔が見たくて様々なことをやってきたのだが、紗菜もまた気がつくと仲間たちの笑顔が見たくて活動していたことに気が付いた。


(やっぱりやるからには勝たなきゃ!)


 隼人はみんなで楽しむために活動しているが、やるからには負けるより勝ったほうが楽しいに決まっているとも断言。それに対して紗菜は異議は全くなかった。彼女もまた馬上槍試合の選手であり、勝った方がうれしいことを骨の髄まで承知していたからだ。


「ねえ隼人くん、こっちから仕掛けちゃだめかな?」


 罠の位置が記された地図を睨みながら紗菜が提案した。


「やっぱり伏せて撃つのは性に合わないか?」


「それもなんだけど、そろそろ仕掛けるべきなんじゃないかなって……」


「長年の“感”ってやつか」


 身を乗り出して紗菜の顔を凝視する隼人。紗菜の目線は地図から離れて木々の向こう、地図が示していた襲撃地点の方に向いているようだった。その直後、木々の息吹を含んだ夏の潮風が二人の顔をなで上げた。


「綺麗だな……」


 思わず隼人は呟いていた。潮風にたなびくポニーテール。汗で額に付いた土埃。真一文字に結ばれた淡い紅色の唇。視線の遥か先を掴まんと一心不乱に見開いた強い瞳。その全てが隼人には余りにも美しく見えていた。


「え?」


 突然の隼人の言葉にきょとんとしてしまう紗菜。


「いや、奇麗なものが見れたなって」


 笑顔を浮かべて一言詫びると車内に頭を入れる隼人。


(隼人くん、一体何に?)


 僅かに疑問を覚えて後ろを振り向く紗菜。木々の向こうに見える海原は空よりも濃いサファイアのような蒼。


(そっか。隼人くん、この景色に……)


 自分で納得する紗菜。隼人の言葉がまさか彼女自身に対してだったとはこの時は露ほども思い至らなかった。


「よし、これから例のポイントに向かうから、頭上を注意してくれ」


「うん」


 エンジンを吹かして一度後退し、壕から出るテケ。すぐに向きを変えて目標地点に無限軌道を機甲戦競技は初心者だが、野戦そのものは隼人より熟知している紗菜の判断を隼人は信じることにしたのだ。

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