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第九話 車上の槍騎士 B

 悠々と突き進む機甲戦部のIII号戦車。未生は顔を出して周囲を見回しながら前進させていた。


「隼人がいきなり真正面から仕掛けてくることは無いわ」


「だろうな」


 装填手の遠賀が同意する。言わずもがな九七式軽装甲車テケとIII号戦車では、主砲の性能も装甲の厚さも段違いなので正面からの砲撃は有り得ないと判断していたのだ。


「隼人とは昔からつるんでるけど、アイツは奇策大好きだから」


 未生は周囲の様子を見ながら、テケが身を潜めていそうな場所を探す。そして……。


「あそこ怪しい!三時の方向よ!」


「了解!」


 砲塔は滑らかに旋回し、指示された方向に。微調整は射撃手の矢部の仕事だが、彼は的確に未生の意向を汲んでいた。 


「てっ!」


 42口径5cm砲の砲弾が秒速未生が気配を感じた方向に飛ぶ。


「!!」


 砲身が自分たちの方向で止まった時点で砲撃されるのを察知した紗菜は隼人の両肩を蹴る。即座に隼人はその場から離脱すると、背後を砲弾が突き抜けていった。


「鋭い!」


「未生たちなら当然だ!」


 茂みに潜んでやり過ごして背後から攻撃を仕掛けるつもりだったのだが、早々と見抜かれてしまったのだ。


 テケは装甲が薄く対戦車砲の直撃はもちろん至近距離で炸裂するだけでも損傷、場合によっては行動不能になりかねない。


「炸裂が遅い。逃げられたか……」


 着弾時に装甲目標が一定範囲にないなど条件が揃っていた場合、砲弾は自爆するようにできていた。


 そんな次第で無傷のテケは軽快に林道を逃走していた。


「なあに、こっちは無傷で相手から姿が見えてるわけじゃない」


「ですね。次のポイントへ向かいます!」


 一方の未生たちも僅かに登った土煙と動作音から砲撃が外れたことと、付近にテケが潜んでいたことを読み取っていた。


「案の定ね」


 うんうんと頷く未生。


「追撃しないのか?」


 装填手の遠賀の問いを未生は即座に否定した。 


「どこに動いたかわからないんだし、いきなり追撃して逆襲食らうわけにはいかないの」


「じゃあ、確実に場所が分かってからしか攻撃しないんですか?」 


 無線手なので手持ち無沙汰な樋井かのこも尋ねてきたがこちらにも即答。


「主砲弾の数が限られてるから、あてずっぽうで無駄撃ちするわけにはいかないの」


 今回取り決めでIII号が搭載している主砲弾は最大搭載可能な数の約半分の50発であり弾切れした時点で敗北となる為、あてずっぽうで無駄弾を撃つのは厳に戒めねばならなかった。


 未舗装の道を走るテケ。豆戦車とはいえ5人乗りの普通自動車の3倍近い重量なので、未舗装の道なら当然轍ができてしまい、跡をつけられてしまいそうなものであるが、隼人は対策を取っていた。


(機械は力があるからこんなことができるんだ……)


 隼人は舗装道路から未舗装に入る手前に事前に用意していた木の枝の束を装着し、轍を消していたのだ。


「戦車はエンジン吹かしている間はすごい音が出てるから、車から降りて距離を取らない限り相手の音は聞き取れないから気付かれにくいんだ。そして地面はぬかるまなくても湿ってるから土煙は上がりにくい」


「相手はエンジンを止めるわけにはいかないから、しっかり注意してれば気付かれないんですね」


 改造パーツでマフラーを装着し排煙も最小限になっているので隠蔽は万全。小学生の頃から軽戦車級に乗ってゲリラ戦を得意としていた隼人なればの手際のよさであった。


「そろそろだな!」


「はい!見えてきました!」


 潜伏場所はあらかじめ木に結んでいたリボンが目印。紗菜は擦れ違いざまにそれを手で取って証拠を消す。


 事前に確認していた茂みの中の窪地にバックで車体を入れる隼人。未生のIII号は知ってか知らずか、ゆっくりとした速度で接近してくる。


「そろそろ開始だな」


「うん」


 相手との距離が縮まったのを確認し、スイッチを押す紗菜。すると相手の背後で爆発が発生した。


「砲撃?!」


 驚いて砲塔を爆発の方向に向けさせる未生。しかし爆発の方から砲弾や対戦車ロケットが飛来する様子が無い事に気が付く。


「しまった!」


 砲塔がこちらに背後を見せたのを確認して紗菜は照準を合わせて主砲の引き金を引いた。


(お願い!当たって!!)


 ドンッ!!


 テケの九八式三十七粍戦車砲が火を噴き、砲弾が超音速でIII号に向って飛ぶ。


 バチンッ!!


 しかし砲弾はIII号の砲塔後部ではなく、車体の正面に当たって跳ね飛んでしまった。


「やるじゃない!射撃は下手って聞いてたけど、しっかり命中させてくるじゃないの!」


 すぐに砲撃された地点に向って反撃の砲火を浴びせる未生。しかし射撃の直後に隼人たちはすぐにその場から離脱していたので当然手応えはなかった。


「紗菜!今のきちんと命中したぞ!」


「でも撃破してません!」


 謙遜でなく、心から悔しそうにしている紗菜。紗菜は完全に闘争状態にスイッチが入っていた。


「いや、あれでも十分効果はある!」


 隼人は撃破出来なくとも、きちんと命中させる事ができた事に意味があるというのだ。


「相手の能力を上方修正せねばなりませんね」


「もちろんよ!」


「ああ。あの刺突爆雷自体、体当たり以外に使い道があるって想定しないとな」

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