ケイヤク
「おふたりさん大分アツクなってるねー。こういう時は、“契約”すればいいんじゃない?」
金髪の青年の突然の申し入れに、カナトは少し冷静さを取り戻し、店主は怒りを露わにした。
「契約だー!?こんな新人と何を契約するってんだ!?せいぜいビッグピッグを狩ったのがいいところだろこいつは!!!」
店主の怒りに任せた怒号を受け、金髪の青年は“待ってました”とでも言いたげな微笑を浮かべ、店主に契約内容を話し始める。
「まーまー店主さん落ち着いて。店主さんの気持ちはよーーーく分かる!うん、だってそうだろ。こんな新人が、こんな名剣を持てる訳ないもんな」
気持ちを代弁してくれた事で、店主が金髪の青年を見る目が変わった。
「そうだとも!金髪のあんちゃんもそう思うだろ!?」
「思うねー思うおもう。持てるわけない」
「だろ?持てないんだよこいつは!でも幾ら言っても聞きやしねー!」
店主は怒りを言葉にしながらカナトを睨みつけた。カナトは静かな、力を秘めた表情で店主を見返す。
「持てるかわからないけど、多分持てる。それを確かめさせて欲しい」
「だーかーらー!!何回も言ってるように、この剣は新人には持てる物じゃねーんだよ!な・ん・か・い・も!!言った通り!!」
「はいはいアツクならないでーお二人さん。なぁ新人君。本当に持てると思ってる?この剣は相当STRに振ってなきゃ持てないぞー。」
金髪の青年の問いかけに、カナトは静かに頷いた。
「......」
力を秘めたカナトの顔を、金髪の青年が静かに見つめた。数秒程経った後、カナトの強い気持ちを理解したのか、青年は視線を逸らした。
こうまで言っても分からないカナトに、店主の怒りのボルテージが上昇していく。円になっている見物人も、先程までより増えていた。事態の収拾を図るため、金髪の青年は笑顔を作りながら、また静かに話しだした。
「話し合っても埒があかないね。それじゃあ契約するしかないね」
「ちょっと待って。そもそも契約って何?」
「新人君。習うより慣れろだよ。ちょっとおれに任せてくれない?」
金髪の青年の言葉には力と説得力があった。それは青年の醸し出す不思議な魅力から来るものであった。
“この人になら任せられる”
こんな状況にあるカナトにも、そう思わせる力が青年から溢れていた。
「分かった。あんたに任せるよ」
「うん、宜しい。それじゃあ契約内容をおれが決めるよ。この騒動の見守り人としてね」
契約
・PCジジルの所有する武器【月喰い】をPCカナトが装備出来るか否か。
可→PCジジルはPCカナトに【月喰い】を譲渡する。
否→PCカナトはPCジジルに対し、PCジジルの露店営業に関する時間対損失をzで補全する。
金髪の青年が契約内容を口頭で宣言した。ジジルと言われた店主の顔面がみるみるうちに赤くなる。
「ちょっと待てーーー!!なんだ!?おい金髪!お前少しは話が分かる奴だと思ったが、この契約内容はなんだ!?なんでおれが剣の譲渡をしないといけない!?どうやってこのクソ新人が時間対損失をzで補全する?こいつはzなんかこれっぽっちしか持ってねーんだよ!こんな契約メチャクチャだ!!!」
店主の怒りはとどまる事を知らない。しかし、金髪の青年は落ち着き、微笑を浮かべて対応する。
「うん。だって新人には持てる筈ないだろ?持てる筈が無いんだから、契約内容に“譲渡する”ってあっても、全く問題は無いはずだよ。もし、本当に、もし持てたとしたら、散々クソ新人って言ってた事に対しての賠償って感じかな。これについては妥当だと思うよ。」
「ッ!!じゃあzで補全するってのはどうすんだ!?おぅ!?このクソ新人がどうやって補全してくれるんだ!?」
「それなら大丈夫。新人君の代わりにおれが払うよ」
「!!!」
店主は驚きの余り声にならない声をあげていた。
しばらく目を丸くし、口をパクパクさせていたが、少しずつ冷静さを取り戻していった。海千山千の露店商の中でも、広場近くで露店を構えるだけの力がこのジジルにはあった。その露店商としての才覚が、“この契約はウマい”と告げていた。
冷静になって考えるとそうだ。損をする要素が無い。どんなにパワーレベリングをしても、この剣を装備するのに必要なSTRまで、新人がログイン初日に上げられる筈が無いのである。万一上げられるとしたらステータス補正のついたレア装飾品を全身に装備する位だが、一つでさえ高額なレア装飾品を、新人が揃えられる訳が無い事も分かっていた。
そう。万に一つも、クソ新人が剣を持てるなんて事は無いのである。
「......500万z...」
「ん?」
「補全だ!!!もしクソ新人がおれの露店の邪魔をしなかったらきっとこの位の売り上げがあったんだ!だから500万z!この条件でなら契約してやる!!!絶対にびた1zもまけない!!!」
まさにごねた者勝ちである。
500万zという大金を見ず知らずの新人に賭ける訳が無い事は分かっている。先程からこの場を涼しい顔をして仕切っている青年の事も面白くないと思っていた。自分は露店商をして何年も掛け、少しずつ利益をあげてきたというのに。この金髪の青年は高そうな装飾品を全身に身に付けている。こういう輩は現実で金持ちのボンクラ息子をやっている奴が多いという事は分かっている。この金髪の青年に少し恥をかかせてやろうという黒い気持ちが沸沸と湧いて出た。金髪の青年が焦ってあたふたした所で、懐の深さを見せて適正価格まで下げてやる。100万zくらいか?まぁ勝つのが分かっている契約だ。ただで100万z手に入るのだから、有難い話だ。飛んで火に入る夏の虫とはこの事..,
「500万zね。おっけー。じゃあ新人君が剣を持てなかったら、おれがあんたに500万z払うって事で。契約成立かな」
金髪の青年は涼しい顔で言った。流石のジジルも驚きを...
隠していた。さも当然かのように、渋々納得したかのような表情をしている。この位面の皮が厚く無いと、露店商という商売で大成を成す事は出来ないのかもしれない。
周囲の見物人にも熱気が帯びる。「まじか!あの金髪!」「露店商の1人勝ちじゃん!」「あの人カッコよくない!?」「カッコいいけどバカでしょ!新人が持てる装備じゃないのに!」様々な発言が飛び交っている。
この契約にまだ納得がいっていない人物がいた。カナトである。
「あんた。なんでおれの為にそこまでしてくれるの?」
「おれは新人の成長を楽しむPCなんだ。お節介な奴なんだ。」
「...有難いけど、何も返せる物はないよ」
「そんな事は気にしなくていいんだよ新人君。お節介と感じるか恩と感じるかは新人君次第だけど、もし恩と感じてくれるんなら、おれが困った時には力を貸してくれればいいよ」
金髪の青年は暖かみに溢れた笑顔をカナトに見せた。眩しく、不思議な魅力のある笑顔だった。
「...ありがとう」
カナトの心からの言葉だった。店主は、2人のやり取りを苦々しい表情で見つめていた。
「じゃあこれで契約成立だね。新人君。その剣が持てるかな?」
カナトは金髪の青年の問いかけに静かに頷いた。店主を一瞥し、露店の中央にうやうやしく飾られた剣に向かって歩み寄った。
目の前に剣がある。灯りの無い夜を思わせる、黒い剣が。
髑垂のスキルを理解する為に広場に来た。そしてこの剣に魅入られた。
こんだけ騒ぎになってしまった。本当に持てるのか?持ち上げようとして、ピクリとも動かなかったら。
何故持てると思ったのだろう。ただ単に王の力という響きに酔っていたのではないか。
もし持てなかったら。
どうなってしまうだろう。
黒い剣を目の前にすると、不安な気持ちが押し寄せてきた。大きく息を吸い、そして吐いた。酸素が全身に、脳に巡るのが分かる。
黒い剣の握りに手を伸ばす。掴む...
「ひぇえええゃぁ!?ひひひぇえええゃあああ!!?ら!?」
露店の店主が情けない声をあげた。それもその筈である。カナトが黒い剣を掴んだ次の瞬間には、剣はカナトの腕の一部であるかのように自在に空を切り、店主の自慢の皮の防具の接続部分を切断していた。接続が切れた皮の防具は、無残にも店主の足元に転がっていたのである。哀れにも、店主はパンツ一丁の姿を多くの見物人の前に晒していた。
驚愕する店主を尻目に、カナトは黒い剣を右手で持ち、軽々しく手首を使って空を切る音を発しながら回転させていた。
「店主さんが言うように、良い剣だね。ありがたく使わせて貰うね」
『ジジルとの契約が履行されました。片手剣【月喰い】を取得しました。』




