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ハツカリ

 初心者用の木剣を、腰に巻いたベルトから外した。右手で木剣を握るが、その手にはじんわりと汗が滲んでいる。


 ブタのような生き物が新人ルーキー用のMOBモンスターという事を頭では分かっていた。が、あと数歩で剣先が届く程に近づくと、緊張がカナトを襲った。


 現実リアルで武器を持ち、生き物を攻撃する機会がある人はあまりいないであろう。生き物とは、大切に扱うべき人間の隣人。幼い頃から周りの大人が、教育機関が、マスメディアが教えている事だ。そんな隣人を攻撃する人物がいた時には、たちまちニュースで取り沙汰され、狂人のレッテルを張られるであろう。


 しかし、worldでは現実リアルで培われた道徳観は通用しない。強くなる為にはMOBモンスターを狩る。それがworldでのシンプルなルールであった。



(パソコンで狩りする時はカーソルを当ててクリックするだけなんだけどな...)



 そんな事を考えながら、気持ちを落ち着かせる。大丈夫。出来る。落ち着いてやれば。



 気付くと、ブタのような生き物はブヒッブヒッと鼻を鳴らすのをやめ、カナトの様子を伺っていた。カナトが躊躇する気持ちを見透かしているのか、どことなく(やれるもんならやってみろ)という表情をしていた。


 そんなブタの様子を見て、カナトの中で決心がついた。狩る。あの生き物を、この木剣で狩る。強い意志を持ち、ブタのような生き物の視線に、自分の視線を合わせた。


 すると、ブタのような生き物の頭上に『ビッグピッグ』という白い文字が浮かんだ。



(あのブタの正式な名称か!?)



 一瞬、狩る意識が霧散した。すると、ビッグピッグという白い文字は消えていた。



(...狩る意識を持って見つめた時に、名前が頭上に表示されるという事か...?)



 お前を狩る。強い意志を持ってビッグピッグを見つめた。いつの間にか草原に生える草をついばんでいたビッグピッグが、また顔をあげてカナトを見つめた。


 “狩る”というプレイヤーの意識に、MOBモンスターは反応するようであった。また新しい知識を得る事が出来た。



「とりあえず...行くか」



 右手の木剣を握りしめ、カナトは走りだした。ビッグピッグまであと数歩、という所で左脚で地面を蹴り、跳躍した。走った勢いのままビッグピッグの頭上に、右手で木剣を振り下ろす。



「ブビッー!?」



 突然の脳天への攻撃で、ビッグピッグが驚きながらよろける。しかし、致命傷にはなっておらず、逆にビッグピッグの闘士に火を点けた。


 ビッグピッグが頭突きの姿勢をとり、一直線に突進してくる。その勢いは凄まじく、まさに猪突猛進であった。


 ただ、一直線というのは動きとしては読みやすかった。地面を蹴るようにして体重を移動させ、ビッグピッグの突進を避けた。



「ブビッ!ブ、ブ、ブビィーーーイイィ!」



 突進を避けられた事で、余計に興奮したビッグピッグが叫ぶ。叫んだ勢いのまま、またしてもカナトに向かって突進を開始した。



「このMOBモンスターはソロはキツイ!」



 カナト以外の周りの新人ルーキーで、ソロプレイをしている者はいなかった。基本的に何人かのグループで、稀にペアで狩りをする者がいる位の比率であった。


 ビッグピッグの場合、1人に突進をしている間、他のメンバーが後ろから叩く、というのがカナトの頭の中に浮かんだ攻略法であった。


 が、そんな計画は絵に描いた餅である事も分かっていた。



(攻撃を避けても、すぐにこっちに向き直って突進してくるから隙が無い)


「ブビッーィイイィ!」



 ビッグピッグの弾丸のような体躯がカナトの目前に迫る。すんでの所で、地面を転がって突進を避けた。

 避けた反動を使ってすぐに立ち上がってビッグピッグの姿を追う。すると、ビッグピッグは突進の勢いを殺す為、15m程は背中を見せたまま走り続けていた。



(ソロにはソロのやり方があるッ!!)



 勢いを殺し終えたビッグピッグが、またしてもカナトの方を向き、突進の姿勢をとる。鼻息は荒く、今度こそカナトを仕留めるという気概に満ち溢れていた。



「ブゥブッブッブブッビィエィイィエエェイ!!」



 ビッグピッグが突進を開始した。走り始めたビッグピッグの姿を確認し、カナトはビッグピッグに対して背を向けた。



「ブビッ?♪ブゥビィエエエエ!!♪」



 背中を向けるカナトを吹っ飛ばせる。そう思ったビッグピッグは喜びつつも突進を続けた。カナトの背中が近づく。あと少しでカナトを吹っ飛ばせるっ♪3.2.1...



「ブゥーーーーー...!?」



 カナトの背中に突撃する感触を味わう筈だったビッグピッグの頭部は、代わりに違う感触を味わっていた。

 カナトの木剣が何度となく打ち付けられる。その感触を。



「ぶぅー...」



 10数回木剣を打ち付けると、ビッグピッグの体が一瞬白く光、突如としていなくなった。それは狩りの成功を意味していた。



「上手くいって良かった。タイミングはもう掴んだから、次からはもっと早く狩れるな」



 カナトは嬉しそうに呟いた。狩り中のMOBモンスターに背中を向けるという凶行に及んだカナトだったが、それはきちんと考えられた狩りの方法であった。

 突進してくるビッグピッグに背を向け、ビッグピッグが身体にぶつかる、そのタイミングでジャンプし、そのままビッグピッグの背中に跨る。目の前には、無防備になった頭部がある。そこに、木剣を打ち付ける。



 頭で考えて、すぐに実行出来る作戦では無い。が、カナトにはそれが出来た。それが戦闘センスなのか、MMOで培った経験なのか、王の力(オリジナルスキル)による何らかの影響なのか、それは現時点では分からなかった。



(とりあえずこの方法で暫く狩って、Level上げをするか)



 カナトは近くに沸いたビッグピッグの元へ走り出した。

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