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俺の養父は無毒である  作者: 甲姫
番外編・おまけ
4/4

めりくり

 その年の末には、雪が降らなかった。

 それでも街中はイルミネーションが充実してて、サンタ風のコスチュームでティッシュを配るお姉さんもそこら中で寒そうにしている。クリスマスという一年に一度のお祭によって、人々の雰囲気はどことなく浮ついていた。

 俺はわき目もふらずに、駅から出ると一直線に帰路についた。


「せんやー!」


 狭いアパートに入って鍵をかける間にも、中に居るはずの養父を呼ぶ。

 しばらくして押入れがひとりでに開き、一匹の蛇が姿を現した。頭に響く独特な「声」が俺を迎え入れる。


「おかえり、白夜びゃくや。なんだい、そんなに息を上がらせて。落ち着きがないね。靴はちゃんと玄関で脱ぎなさい」

「うん、ごめん」


 素直に従った。姿は蛇の妖怪でも、みなしごだった俺にとって千夜せんやはまごうことなき育ての親である。怒らせると怖いし(たとえば、無言で噛み付いてくる。紅斑蛇ホンバンシェ という無毒な種類だとしても、痛いものは痛い)。

 俺は押入れの前まで行って、3メートル近くある千夜の滑らかな身体を撫ぜた。


「意外と早かったね。パーティーは楽しくなかったのかい」


 千夜は壁のアナログ時計を振り返りながら訊ねた。まだ九時前である。


「楽しかったよ。みんなでわいわいやってさ、ご馳走もうまかった」


 そう、俺は小学校のクラスが主催したクリスマスパーティーを早めに飛び出したのだ。

 会場はクラスメート・青木の兄貴のツテか何かで、貸し切りのボーリング場だった。ダーツがやれるコーナーもあって、俺たちはカクテル風のジュースとかを飲みながら、ちょっとしたオトナ気分を味わえた。


「じゃあどうして?」

「早く帰ってこれを渡したかったんだ」


 俺はポケットから小包を取り出した。千夜へのクリスマスプレゼントだ。

 瞳孔をすっと広げて、千夜は「おやおや」と舌をちろちろさせる。


「おかしなことをするね。私たちは西方の慣習とは無縁であろうに」

「西方の慣習って……」俺は苦笑した。「そりゃあキリスト教徒じゃないから今日イブはミサも行かないけどさ、こういうのって要するに贈り物交換するいい口実じゃん?」


 そう言って、俺は包みを差し出した。手足の無い千夜でも簡単に破けられるような、ティッシュアートに使う薄い紙で包装している。

 千夜はそれを牙でさくっと開けた。

 中から掌にのるサイズの小物が現れる。赤と白の柔らかいフェルトでできた小さな三角帽子で、ややしなびた感じがして、尖端には鈴が付いている。

 俺はそれを指で広げてから、そっと千夜の頭にのせてやる。


「これはサンタ帽? ってやつだね」


 千夜が頭を動かすと、弾みで鈴がちりんと鳴る。これはかなりかわいい。黒地に赤とオレンジの斑点の本体に、帽子がよく似合っている。後で写メって待ち受けにしたいくらいだ。


「優花ちゃんに頼んで作り方教えてもらってさ」


 優花ちゃんは俺の隣の席の女の子だ。

 俺はそれなりに手先が器用だと思う。裁縫よりプラモデル作ってる方が好きだけど、たまに服が破れた時は自分で縫うしかないから、針は一応使える。使えるからといって創作性は持ってないので、そこは優花ちゃんがプランを立ててくれたわけだ。

 気になる子と放課後の教室で共同作業ができて、いつもより一緒にいられて、一石二鳥だった。しかも俺は優花ちゃんの家族へのプレゼントである手作りオーナメントを手伝った。あれを通して四之宮家に密かに縁を作れるかもしれない。まあ、優花ちゃんが口に出さない限りは密か過ぎるけど。


「君の手作りとは嬉しいね。ありがとう」

「……へへ」


 俺は頬をかいた。コイツに喜んでもらう為ならいくらでも頑張るところだ。この「ありがとう」を想像しながら針をちくちくさせたのは言うまでもない。

 しかしその先は俺の想像にない展開だった。


「では、私からもささやかながら贈り物をしよう」

「え? 別にいいって、西方の慣習は関係ないんだろ」

「いいや、何かを貰ったら何かを返すのが礼儀というものだよ」


 ぐにゃりと空間が歪んだ。俺はつい腕で目を覆った。

 これってもしかしなくても――千夜の妖力だ。楽しい幻影でも見せてくれるのかなと期待して目を開けると――


 ――そこには、懐かしい人が居た。


 美丈夫って言葉が似合う東洋系の整った顔立ちに、サラサラの長い黒髪。古代中国の唐服だ。上は紅葉色で、袴が――あれって袴って言うんだろうか――漆塗りみたいに黒い。灰色の外套に黒い紋様。全てが、長身に映えていた。

 俺は微かにこの姿を憶えている。夢に見るものだから、実際の記憶なのか捏造なのかはっきりしない。だけど小さい頃の記憶なんてそんなもんだろう。

 この異様に血の通っていなさそうな肌色、爬虫類そのものの瞳孔。間違いなく千夜だ。


「今の私では五分しかもたないけれどね。一緒に外を出歩けるまではまだまだ遠い」

「……!」


 袖の下から伸びた、爪の黒い手が、俺の頭を撫でた。

 幻影なんかじゃない。頭に乗ったこの重み。感触。幻なんかじゃない。


「千夜!」


 抱き付いた。抱き付くしかなかった。

 世の中の同年代の連中が両親兄弟親戚などと触れ合う中、俺にはずっと千夜しか居なかった。転んでも絆創膏は自分で貼るし、どんなに寒くても苦しくても抱きしめてくれる母親は居なかった。

 だからと言って、人間の親に代わる奴を見つけて欲しいなんて頼めるはずも無かったし、それは千夜に対して失礼だ。

 俺はきっとずっと――自分でもよくわからない欲求を我慢していた。

 冷たい蛇を腕に抱くだけでは、満たされない欲求を。


「ごめんね白夜。君には、いつも苦労をかけるね」

「謝ってんじゃねーよ、バカ」


 涙ぐんでいるのが自分でもわかる。綺麗な唐服を濡らすのは嫌だけど、見られるのも嫌なのでもっと強くしがみついた。

 そして俺は気付いた。


 ――この千夜も、とてもよく冷えている。


「つめたっ! 人間に変身しても体温はそのままか! 冬場にはキッツいな!」


 怒鳴りながらも腕の力は抜かない。


「今日はずっと曇っていたからね、いつもの日向ぼっこができなかったのだよ」

「こ、この変温動物……!」


 爬虫類というものは、自ら体温調整ができない。熱源は体外から得るのみだ。千夜が今日日向ぼっこができなかったのはこの瞬間の俺にとっては深刻な問題であった。


「おや、寒いのだったらいつでも放していいよ」


 ヒト型千夜は悪戯っぽく笑う。

 顔を見上げると、蛇っぽい舌が挑発的に動いていた。この野郎。


「寒くねーし! 俺は五分間動かねー! 多少は体温が移るだろ!」

「まあ、そうだね。面白い意地の張り方だね。甘えん坊さん」

「うるさいうるさい」


 再び頭を撫でられると、俺はまた涙が出そうになった。いつもはこっちがが頭を撫でる側なのに。


(こういうのが、聖夜の奇跡ってヤツ? プレゼント交換の慣習に感謝だ)


 そうして俺たちは最高に幸せな気分で、24日の残りを過ごした。



読んで下さってありがとうございます。


皆様メリークリスマス! ファザコン全開ですみません!

くそう、蛇かわいい。飼いたい。


では良い24日を。

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