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ポリッシャー 勇者は清掃員  作者: 昼熊


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ポリッシャー聖掃術

「あ、あれ、ブロングランクの汚岩人形おうがんにんぎょうじゃねえか! 何で、町中にそんな奴が!」


 こいつは汚岩人形というのか。それに、ランクがブロングということは、ええと確か下からヒラスタフ、カカリロング、カロング、ジロング、ブロングだったな。下から五番目のランクか……ややこしい! 強さの基準がわからん!

 中学生時代の俺よ。オリジナリティーを履き違えているぞ。ただ単に理解するのが面倒なだけだ。

 チンピラ―ズの反応を見る限り、かなり強い敵と考えて間違いはなさそうだ。さっきの敵よりも五割増しで怯えている。

 見るからに堅そうなのだが、実際はどんなものなのか。


「なあ、こいつって強いのか? 堅そうだけど」


 後方で怯えているチンピラを横目で確認しながら声を掛ける。突然話しかけたことに驚いたようで、チンピラ共は身を震わせ完全に委縮した態度で返事をする。


「は、はい、そ、そうです。中堅どころのフリーターでも苦戦すると言われています。特に物理攻撃に強く、創魔使いか、魔力を放出する効果がある想具がなければ戦えない相手です、はい」


 えらく、従順になったものだ。純粋な防御力は高いけど、魔法の抵抗力は低いと。ゲームでは定番の弱点だな。セオリーは『木床聖掃フローリングウォッシャー』で吹き飛ばすべきだが、ここはあえて物理攻撃で勝負だ。その方がこいつらに強烈な印象を植え付けられるだろう。


『交換、黒パッド』


 取り付けられていた茶パッドが消え、黒パッドに入れ替わった。

 本来の用途で使うポリッシャーのパッドは、清掃現場の床の材質や汚れ具合でパッドを取り換えている。汚れがきつい現場だとパッドの目が粗い黒パッドを使い、ワックスごと豪快に削り落とす。高価な石材の床を磨く場合は、目の細かい白パッドで床を傷つけないように洗う。ちなみに茶パッドはごく平均的な目の粗さで、基本はこれを使っている。

 だが、この場面でのパッド選択は意味が異なる。

 パッドの種類によって攻撃の性質が変わるのだ。白いパッドなら聖なる力を帯びた魔力の増加。黒のパッドなら物理攻撃力の威力が上がる。茶色はその中間。

 ポリッシャーの先端の角度を元に戻し、パッドの回転を上げる。


 汚岩人形と呼ばれているらしい汚生魔獣が、一歩踏み出すごとに足元から振動が伝わってくる。かなりの重量があるようだ。頑丈さと引き換えに素早さを失ったパターンかな。

 ゆっくりと腕を振り上げるその動きを見て、俺は一気に突っ込んでいく。

道幅は狭く大人が手を広げてぎりぎり二人程度の広さ。目の前の汚岩人形の巨大さだと振り返るだけでも一苦労しそうだ。

 敵は目も口もない顔をこちらに向けていたのが、何を思ったのか頷くような動作をして頭頂部を俺に見せつけた。意味のない行為に見えるが、何かあるのか?

 頭頂部も体中と同じく岩石のような質感で、机代わりに使えるのではないかと思えるほど真っ平らな頭が――二つに割れた?


「はああっ!?」


 真っ二つに裂けた頭の中に、無数の突起物が見える。これはやばい!

 俺の後ろにはチンピラたちがいる。このままあれが放たれたら、避けることもできない。


「間に合うかっ!」


 俺は建物の壁面に向けて跳び上がると壁を蹴り、上へ上へと登っていく。忍者を連想しそうになる動きだが、それを自分がしているということに今更ながら驚かされる。

 敵は俺を狙っているようで、路地裏の壁を蹴りつけ跳ねるように上へと登っていく俺に照準を合わせている。

 よっし、狙い通りだ。ここで撃たれても攻撃は上空へ向けられ、それ程、被害は出ないだろう。残りの問題は俺がこれをどう躱すかだな。

 開放された頭部から、鋭利な刃物ように先端が鋭く尖った黒いつぶてが、こちらに向けて一斉に発射された。

 黒の礫が視界を埋め尽くす。敵は考えがあったのが、たまたまタイミングが悪かったのか、俺が壁を蹴った瞬間に攻撃が放たれ、足場もなく完全に体が宙に浮いている最悪の状況だ。


「普通ならやばいが」


 右手に掴んでいたポリッシャーを壁に叩きつけ、パッドの側面をめり込ませる。

 そのまま、左レバーを握り締め回転させると、路地裏の壁をポリッシャーに引っ張られる形で疾走する。


「こ、これはっ」


 想像以上に速い! まるで、絶叫マシーンに乗っているような感覚だ。そういうのは苦手なんだが、そんなことを言っている場合じゃない。

 俺から狙いが逸れた黒の礫が路地裏の民家の壁に突き刺さり、結構な被害が出ているが廃墟のように見えるから大丈夫だろう……一応、後で学園長に確認してもらうか。

 狙いが定まらないように蛇行運転で避けていると言えば聞こえもいいが、実際はポリッシャーの勢いを制御できていないだけだ。上手くいっているので結果オーライだろう。

 弾が尽きたらしく攻撃が完全に止む。わざと隙を見せているのではないのかと、疑ってみたが開いた頭の中は空になっている。


「じゃあ、そろそろ終わらせるか」


 ポリッシャーを操り、壁を一気に登りきると、そのまま勢いを殺すことなく宙へと飛び出す。眼下には中身のなくなった頭の中を見せつけている汚岩人形が見える。

 このまま、高速回転をした黒パッドをぶつける!

 落下の勢いを載せた渾身の一撃が頂点に激突する。回転するパッドの側面が火花を上げるが、それも一瞬。いとも容易く相手の装甲を貫き、体を真っ二つに両断し地面に突き刺さった。

 よっし、完璧だ。チンピラたちが大口を開けて、震えながら指差している。予定通りに事が進んでいる。更にここから追い打ちを――

 回転を止めたポリッシャーを右肩に担ぎ、左手を握り締め拳を振り上げる。そして、崩れ落ちた汚岩人形に背を向け、チンピラたちを正面に捉える。

 そこから、拳を一度胸元に下ろしてから、一気に左へ腕を伸ばし親指を立てると同時に口を開いた。


「清掃――完了!」


 決め台詞。その瞬間を計っていたかのようなタイミングで爆発が起こる。背後の爆発が思っていたより威力が高く、吹きつける爆風に吹き飛ばされないように懸命に踏ん張っているのだが。

 呆気にとられていたチンピラたちの表情が激変していくのがわかる。


「おおおおおおおっ!」


「あの戦い方に、この姿は……まさか、まさか!」


「本物の洗浄勇者様なのですね!」


 歓声が上がる。賞賛と感謝の言葉が次々とかけられ嬉しいのだが、それよりも気恥ずかしい。羞恥心を胸の奥底に押し込み、平然を装うので精一杯だ。

 それに、正体を知られてはいけない決め事があるため、長居をするわけにもいかない。黙って彼らに背を向けた。


「キミたちが無事で良かったよ。では、さらばだ!」


 足早にその場を立ち去る。何人かは引き留めようと後を追ってこようとしたが、この身体能力に追いつけるわけもなく、振り切ることに成功した。





 周囲に人影がない事を確認すると、顔に装着していた黒いマスクを外す。

 このマスクには様々な能力があり、毒などの有害物質を防ぎ、声色を自在に変化させることも可能だ。さっきの会話は昔よく見ていたアニメのキャラクターの声を真似ていた。着けていて息苦しくもなく不快でもないのだが、それでも外した時の解放感が心地いい。

 さっきの戦闘はほぼ理想通りと言えるだろう。強敵と言われている汚岩人形を一撃で葬ることにより勇者の強さを見せつけられたと、思う。

 こういう地道な作業を繰り返し、人々の間に洗浄勇者が現れたという情報を広める計画だ。国民の洗浄勇者への憧れや希望を増すために、強くて格好いい姿を見せなければならない。


 洗浄勇者の最終目標は、この国の支配を目論む汚生魔人を倒し、この国を平和へと導く。その目的を成すための道筋は勇者としての力を増すこと。

 今の状態でもゼフルー程度の相手には勝てる。だが、あれでも汚生魔人の中では、中の下程度の強さらしく、上位と戦えば苦戦は必至らしい。それも相手が一人ならまだしも、複数で襲われたら逃げることすら難しくなる力の差がある。

 そこで、力の強化を図らなければいかなくなった。学園長がいうには、まだ本来の力すら出し切れていないらしい。その理由をたずねたのだが、学園長の答えは厳しいものだった。

 ――俺の羞恥心的にだが。





 今後の方針についての話し合いは、いつものように学園長室での対談となった。基本、勇者絡みの話は誰にも聞かせるわけにはいかないので、二人きりで話すのが決まり事となっている。ちなみに、この部屋は盗聴を防ぐように作られているらしい。


「まず、洗浄勇者としての力を100パーセント発揮するには、洗浄勇者の冒険に書かれていた通りの戦い方をすることです」


「すまん、意味がわからない」


「ですから、何度も言っていますが、貴方の力の源はこの本を読んだ読者の想いなのです。勇者ならこんな技が使える。勇者はこれぐらい強い。勇者ならこういう行動をとってくれる。そんなイメージがそのまま勇者殿の使える能力になっているのですよ」


 そういや、創魔もその人が頭に思い描いたイメージが大切らしい。基本となる初級の創魔はあるのだが、そこからアレンジを加えて初めて一人前と認められるそうだ。


「そうなると、本に載っていない技は一切使えないと」


 頭の上に両腕で丸を作っている。


「ピンポーン正解です」


 あ、むかつく。


「正確には使えないことは無いのですよ。ですが、認知度がなく人の想いもない技の威力は全く期待できないでしょうな。そして技を使う時はできるだけ本の動きや台詞を真似てください。そうすれば、技の威力も小説に書かれていた内容に近づけます」


「それは、洗浄勇者の冒険で書かれていた決め台詞や、技名を大声で叫んでいたりしたのも……再現しろと?」


「はい、もちろんです」


 即答しやがった。


「ちゃんと、決めポーズもやってくださいよ。言葉遣いや仕草も皆のイメージを裏切らないようにしてください」


 なるほど、恥ずかしさが更に増すわけか――これは何の罰ゲームだ。


「それと、力を増すもう一つの方法が、国民全員の勇者への想いを強くさせること。人々が勇者に憧れる気持ちを増幅させればいいのです」


「増幅させると簡単に言うが、国中の人々は既に勇者に憧れているのだろう? これ以上どうしろと」


 学園長はこめかみに人差し指を当て、小首をかしげている。

 少しの時間、この場を沈黙が支配していたが、学園長放つ大声で簡単に破壊された。


「こういうのはどうでしょうか! 勇者様が国中の問題を解決して回る。そうすることにより、国民の信頼度が上がるという仕組みです」


「いや、顔ばれしたら駄目なのだろ?」


 人差し指を立て顔の前で左右に振る。


「ノンノンノン、そこはもちろん、正体がばれないように常時マスクを装着してください。勇者殿の黒の書にもあったじゃないですか。漆黒の哀狂帝国との乱戦で相手に素性がばれないようにマスクを付けて戦った話が。あの時のマスクを付けておけば問題無しです! 国民もマスク姿の勇者殿を見て、その場面を思い出し納得してもらえるはずです」


 そんな話あったかな。後で、学園長の書いた洗浄勇者の冒険を読もう。覚えていない設定やストーリーが多すぎる。容姿もそうだが話自体も少し改変しているようだから、そこも確認して覚えておかないといけない。問題は、その物語を俺は読み切ることができるかということだ。あまりの恥ずかしさに途中でくじける姿が容易に想像できる。





 行きと同じように帰りも塀を乗り越え、気配を殺し開けておいた窓から帰還する。ようやく、今日の仕事は終了となった。ほぼ毎日、こんな生活をしているが……勇者って思ったより地道なのだな。

 国中の人々に見送られ、剣の達人や強力な魔法を使える大魔導士と敵の本拠地へ旅立つ。もしくは、まだ力は弱いが一緒に育っていく美女の仲間に囲まれる。なんて壮大な始まり方をするのかと期待してみれば。正体を隠し、昼は掃除に明け暮れ、夜はマスク姿で素性がわからないように敵を倒す。思い描いていた勇者像と違いすぎるのだが。


 おまけに人々の理想を裏切るような事をして、信頼を失ってしまえば己の力が激減する。勇者の知名度を利用して好き勝手しようものなら、その力はいずれ完全に消え失せてしまうことになるだろう。

 悪用する気はさらさらないが、人々の理想を演じ続けるというのは精神的にかなり堪える。

 もっとも、目立つことも派手なことも苦手だから、こういった作業の方が気楽かもしれない。清掃と同じで地道に手を抜かずにやれば必ず評価はされるはず。この肉体疲労も良い睡眠薬代わりになる……あとは……明日に……。

 いくら勇者とはいえ、睡魔には勝てないようだ。


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