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ポリッシャー 勇者は清掃員  作者: 昼熊


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勇者の仕事

 今日は色々あったが、学園長が用意してくれた部屋にたどり着き、部屋に備え付けられているシャワーで軽く汗を流し、下着姿のままベッドに腰を下ろし一息つく。

 はあー、ここに来て一週間。まだ慣れないな。

 学園内にあるこの清掃員宿舎は設備もそろっていて待遇も悪くない。個室も与えられたし家具も備え付けられている。おまけにシャワールームもあり、普通なら何の問題もない素晴らしい就職先なのだが。

 このままベッドに寝転び眠れたら幸せだけど、まだ、すべきことがある。重い腰を持ち上げ、再び灰色の作業服に袖を通す。


「作業モード、オン」


 作業服が黒に染まる。これは『聖想陽具』である作業服に備わった機能の一つ。どうやらこの世界に呼び出された時に作業服や清掃用具に魔力が付与され、妄想日記に書かれていたような力が備わったようだ。人の強い想いは人間にだけ作用されるのではなく、物にまで影響を与えるらしい。

 魔力により変化した道具を一般的には『想具』と呼んでいるそうだ。『想具』にも種類がある。


 まずは、先に述べた人からの想いを注がれた道具。それは持ち主の愛情である場合や、英雄が使用していた武具が人々の憧れを集め変化した物。

 もしくは、汚生魔獣から取れる『核』が魔力を注入、放出しやすい特性を生かし、道具へ埋め込み魔力を発動させるように作られた道具。を総じて『想具』と呼んでいる。本来は区別するべきらしいが、いつの間にか一緒くたにされていたそうだ。

 『想具』の最大のメリットは創魔を扱う才能が無くても、魔力を活用し操ることができることだろう。魔力は強いが創魔を発動できない者は『想具』を上手く活用することにより、創魔使いにも負けない力を手に入れられる。

 俺の『聖想陽具』は『想具』よりもさらにワンランク上の存在らしい。

ちなみに、俺は創魔が使えない。学園長に言わせると元々操る才能が無く、加えて魔力が想いの力により変化すると知り、創魔が扱える可能性が消滅した。


「いやー、創魔の可能性をすっかり忘れていました。申し訳ありません。ソウジ様は創魔が使えなくなってしまいましたが『聖想陽具』を使うには問題ありませんので」


 と学園長が謝っていたが、あれはわざとだろう。俺が学園長を信用しきっていないように、相手も俺を完全には信用できていない。予想し辛い不安要素は持たせない方がいい。当たり前の処置だな。

 そう言えば、この世界では黒い作業服を着ることが許されるのは勇者のみらしく、実際にあれだけいる学園の清掃員で黒の作業服姿は一人もいなかった。

 作業服の左肩に備え付けられているチャック付きのポケットに右手を添える。


『開け』


 突如現れた、鼻から下の顔半分を完全に覆う漆黒のマスクが宙に浮かんでいる。それを掴み、口元に被せる。言うまでもないが、これも作業服の能力。作業服には両肩付近、胸元左、腹部、腰回り、大腿部脇に合計九つのポケットがある。その一つ一つに清掃用具であり『聖想陽具』が納められている。

 無条件で無限に道具が収納できるのではなく、ポケット一つにつき道具一種類までという制限はあるが、かなり便利な機能だ。

 ちなみにこの漆黒のマスク。顔の下半部だけしか隠せていないので、顔見知りには正体がばれてしまうのではないかと心配したのだが、どうやら相手からの識別を誤魔化すような魔力を帯びているらしい。

 実際、学園長の前で試したのだが「顔を上手く思い出せませんね」と言っていた。


「さてと、夜のお仕事に行きますか」


 窓を開け周囲に人影がないか確認すると、窓枠を飛び越え地面へと降り立った。

 当たり前のように二階から飛び降りたが、何の問題もなく着地できるのが凄いよな。これも魔力により身体能力が上がった結果らしい。魔力というのはつくづく便利な力なのだと実感させられる。

 それに、漆黒のマスクの特殊能力の一つがこの状況で働いてくれている。精神を安定させ冷静に物事を思考できるようになる。そのおかげで、あれ以来、高い場所が苦手になった俺でも、躊躇いもなく二階から飛び降りることができた。


 学園の端に建てられている清掃員宿舎の傍らに外壁が見える。この学園を取り囲んでいる堅固な壁。壁の上部に寝そべっても十分なほどの厚みがあり、高さも住んでいた五階建て団地以上はあるだろう。

 さすがに、ここまでの高さとなると、魔力で強化された体でも飛び越えることは不可能。それでも乗り越える手段はある。今度は右肩に振れる。


『開け』


 左手に重みを感じる。左手は突如現れたポリッシャーのハンドルを掴んでいた。

 あの戦いのときは全く気が付かなかったのだが、見慣れているはずのポリッシャーの形状が少し変わっていた。本体に洗剤を混ぜた水を入れるタンクがついているはずなのだが、綺麗さっぱり無くなっている。

 それなのに、レバーを握れば洗剤の入った水が出る。どうやら、作業服のポケットと同様に洗剤入りの水が溜めこんだ別空間と直接繋がっているらしい。もちろん汚生魔人と戦った時の光の渦も出すことができる。普通の清掃用具としても使え、武器としても利用できる謎のアイテムと化している。

 この洗剤を用意しなくても出る機能便利だよな。元の世界に、このまま持って帰られないだろうか。洗剤が節約できたら年間の出費がかなり抑えられるのだが。


 それにもう一つ、電気がないこの世界で何故ポリッシャーが動いているのか。初めは創魔が存在する世界だからそういうものなのだろうと、勝手に納得していたのだが、試しに動かしてみたときに、あることに気が付いた。

 ポリッシャーのコンセントに差し込むプラグが腰辺りに差し込まれていたのだ。どうやら、プラグを体に差し込むことにより、電力の代わりに魔力を使って動く新機能が追加されたらしい。

 これも、喉から手が出るほど向こうの生活で欲しい機能だ。コンセントが無くて現場で困ることがしょっちゅうある。これさえあれば、電源の心配も洗剤の追加もせずに永遠と洗い続けることができる。


 学園長の報酬で言っていた、何でも持ち帰っていいという話。ならこのポリッシャー持ち帰るか。あ、いや、そもそも、これは俺の所有物になるのか。もって帰ったところで、元の性能に戻るという結末しか見えないな。

 それに……今更か。会社も潰れ、便利なポリッシャーがあったところで、どうにもならない。

 異世界にいるというのに、どうしても向こうの生活と比べてしまう。服装や身の回りの清掃道具があちらと一緒なので、たまに判断がつかなくなってしまうぐらいだ。


「いい加減、動くか」


 ポリッシャーのヘッド部分を、柄と同じ水平方向に傾ける。そのポリッシャーを高く掲げパッドの側面を壁に当てる。

 その状態で左レバーを握るとパッドが回転を始め、壁の側面を登り始めた。パッドがタイヤ代わりになり上へと進んでいる。パッと見、一輪車を掲げている様に見えるかもしれない。

 どうやって、壁にくっついているのかと見上げると、パッドから粘着力のある液体が染み出ているようで、それで壁にくっついているようだ。

 第三者から見たら、シュールな光景だろうな。何も知らないで見たら我が目を疑うレベルだろう。


 あっさりと壁を乗り越え、町中を進む。もちろんポリッシャーは収納してある。夜道をポリッシャー担いで歩く男がいたら不審者扱いされるに決まっている。俺なら問答無用で逃げる自信がある。

 壁を登った要領でポリッシャーをタイヤに見立てて動かせば、一輪車に乗ったような状態で進めるのではないかと試してみたことがある――目論見通り、かなりのスピードで走れたのだが、見た目が情けないのであれ以来やっていない。非常時でもない限り、二本の足で歩いた方が健康にもいいし。


「今日は、まあ軽く見回りかな」


 人の気配がない場所を重点的に歩いて回る。人と会わないように心掛けているが、それでも裏路地を好む人はいるわけで、そういった輩というのは碌でもないというのが相場である。


「おいおい、エリートの清掃員様が、こんな汚い場所に何の御用ですかぁー」


 こんな感じに。

 胸元が空きすぎているシャツに、無駄に多い装飾品を腕にジャラジャラと付けた、如何にもチンピラと呼ぶに相応しい男たちが五名、曲がり角から現れた。


「何だぁ、こいつぅ。変な黒いマスクしてやがるぜ」


「見てみろよ! 暗くてわからなかったが、作業服の色黒だぜこいつ!」


「黒のマスクに、黒の作業服って、洗浄勇者のつもりかよ!」


 ご名答。正確にはつもりではなく本人なんだけどな。

 しかし、さすがの知名度だ。街のチンピラにまで知られているのか、洗浄勇者は。学園長やミュル、シャムレイが言っていたことは大袈裟じゃないのか。この国での知名度はほぼ100%だという話は。


「やれやれ、町を汚すのはやめてもらえるかな。掃除が面倒だからね」


 できるだけ余裕を見せて、上から目線を心掛けて口を開く。

 少し、キザっぽく言うのがポイントらしい。ファンである二人の少女による熱血指導によるとだが。念の為に、声色も少し変えている。それもこの黒マスクの能力。


「ひゃはははははははっ! おい、お前ら聞いたかよ! こいつ、洗浄勇者になりきってやがるぜ! まるで、二巻の冒頭じゃねえか!」


 詳しいなお前さん。結構なファンだろ。

 リーダーらしき男につられて、周りの四人も笑っている。隙だらけなのだが、今ここで叩きのめすのは洗浄勇者として失格……らしい。

 格下相手には正々堂々と正面から打ちのめす。強者には策を用いて、あっと驚かすような戦い方を見せる。それが洗浄勇者! ……らしい。

 ひとしきり笑って満足したようで、笑いすぎて涙が零れた目元を拭いながら、チンピラ共が周囲を取り囲む。


「勇者様の物真似野郎は、一体何しにここへいらっしゃったのかなぁ」


「最近、町中に汚生魔獣が出ると聞いてな。キミたちは知らないかね?」


 ここでポイントなのが、決して名乗らないこと。あくまで、自分の正体を隠し、隠れて善意の行いをする。それが重要……らしい。

 服装とかあからさまなのに。


「あー、噂で聞いたことあるな。確か、黒い汚れを吹きだした人形みたいなやつだろ」


「本当だって話ですぜ。最近も、北区の奴らが襲われたって聞きやした」


 噂にはなっているのか。まあ、わざとらしく聞いてはみたが、全部知っているんだけどな。

 ここに来た理由がそれだから。


「そんなもん知ってどうすんだよ。まさか、洗浄勇者に成り替わって、僕が退治するぅぅ、とか言い出さないでくれよっ、ぎゃははははは」


 どれだけ笑い上戸なんだこの男。まあ、一応は情報の確認も取れたし、運のいいことに目撃者も確保した。条件は完璧だな。

 俺はそっと右肩に手を添え、言い放つ。


『開放』


 突如現れたポリッシャーを目の当たりにして、チンピラが目を見開いたまま硬直する。

 丁度いいな。そのままでいてくれよ。


「動くなよっ」


 ポリッシャーのハンドルを左手で掴み、そのままレバーを握りしめた。

 茶色のパッドが高速で回転を始め火花が散る。この状態だと、草刈り機みたいだな。清掃用の機器だというのに。

 驚いた状態のまま顔色が青くなったリーダー格らしき男の頭上を、無造作に薙ぎ払う。


『ギャウルゥゥ!』


 何とも奇妙な叫び声を上げながら、黒い人影が上下に分断され、路地裏の薄汚れた壁に叩きつけられる。


「な、な、何だっ!?」


 状況がつかめないチンピラが喚いているので、ひと睨みして黙らせる。

 黒の作業服にマスクを付けた男の鋭い目つきが、よほど怖かったらしく、身を縮こませてチンピラたちは一箇所で固まっている。


「そのまま、そこで大人しくしていろ」


 人影を吹き飛ばした路地の奥から、薄汚れたボロ切れを縫い合わせて作られたような、人型の何かが三体、姿を現した。


「汚生魔獣と言うぐらいだから獣型ばかりかと思えば、そういった縛りはないわけか」


 初めて見た汚生魔獣とは何もかもが違う、薄汚れたお手製人型ぬいぐるみのような汚生魔獣を前に、俺は異様なほどに冷静だった。

 

「さて、何て呼べばいいのか。まあ、ヌイグルミ人でいいか」


 目も口もなく、手が短く脚が無駄に長いという不気味なフォルム。全身から黒い霧状の汚生気を吹きだしているという、ホラー映画にでてきてもいいレベルの容貌。

 明かりも殆ど届いていない薄暗い路地裏というシチュエーションも相まって、恐怖を覚えても良さそうなのだが、そんな感情は微塵もなく、馬鹿なことを呟ける余裕もある。

 黒いマスクの心を落ち着かせる作用と、俺の知る生物とあまりにかけ離れている為、現実味を感じないのも大きな要因かもしれないな。


「パッドはこのままでいいか」


 高速回転を続けるポリッシャーを腰だめに構えたまま、相手の出方を窺う。幸いなことにチンピラ共が集まっている場所とは反対方向なので、俺が後ろに逸らさなければ誰も傷つかずにすみそうだ。

 三体の汚生魔獣は何も考えていないようで、警戒心を一切感じさせない足取りで、迷わずこっちへ向かってくる。

 そして、まだ距離があるというのにその場で膝を曲げ、大きく跳躍した。

何だこいつ、獣と呼ばれるぐらいだ知能が低いのか。

 かなり高い跳躍だが、距離が全く足りていない。このまま着地したところで俺より少し離れた場所に着地する羽目になるだけだ。所詮は獣か……動物は好きだけど。

 と勝利を確信していた俺の眼前に、鋭く尖った指先があった。


「おっと!」


 かなり焦ったが、何とかポリッシャーでその指を弾く。

 更に、鋭い手刀が上から六発降り注いでくる。って、この汚生魔獣って、手が伸びるのか。弾き躱しながら相手を観察する。

 三体の汚生魔獣は長いホースの様に変化した両腕を鞭のようにしならせ、空中で体は停滞させたまま連撃を放っている。

 よく見ると、脚が無くなったのかと錯覚するほど縮んでいる。体の長さを調節できるというのか。足の長さを腕に回してこの状態か。おまけに、空中にも浮けると……いい加減、常識を投げ捨てないといけないな。


 汚生魔獣の伸びた腕が俺の脇腹を狙っている。パッドの側面を相手の手首に当たる部分に当て、回転力により弾き飛ばす。

 この捌き方で迫りくる腕の全てを地面や壁へ叩きつける。

 伸びきった腕が使い物にならなくなった敵は、無防備な体を宙に浮かばせているだけのいい的だ。

 ポリッシャーの先端部分を九十度曲げ、パッドの面を汚生魔獣へと向ける。

そして、ハンドルの右レバーを握り洗剤――ではなく、聖剤波を放出する。


木床聖掃フローリングウォッシャー!』

 

 ポリッシャーの先端から吹き出した光の渦が三体の汚生魔獣を呑み込み、白い泡と共にその姿を弾けさせ、この世界から消滅する。

 地面に硬い物が落ちる音がしたので視線を向けると、地面に汚生魔獣の核が転がっていた。


「これで終わりといきたいが、いや、むしろここからが本番か」


 鋭い視線を暗闇へと向ける。

 さっきの汚生魔獣より一回り体が大きく、表面がごつごつとした鉱石のような物で覆われている汚生魔獣がゆっくりと歩み寄ってくる。


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