アトリエでの牽制と無自覚な残酷さ
室生 初音 : 地方の芸大生
室生本家のお役目候補
ハザマ様 =室生 透青
室生家の巫覡をしている。
中の人は月島秀青で芸大の助手をしていた
室生 御影 : お役目様の内孫三人衆の内一人
霊的能力を持つ 初音の婚約者
雨宮 青児 : ハザマ様の異母兄弟 絵の才能が凄い
暑い初夏の日差しを感じながら、大学内のアトリエでアイスティーを飲んでいると、背後から声をかけられた。
「ちょっと良い?」
坂井 咲貴子さんに呼び止められたのだ。
坂井さんは雨宮青児と親密な間柄らしく、私と青児さんが特別な関係ではないかと疑っているようだ。
私への対抗意識からか、少し上から目線で言ってきた。
「蒼穹大賞を取ったあの絵のモデル、初音ちゃんだとは思うけど……。青児さんが、あなたを絵のモデルにしたのは、ご機嫌取りみたいなもんよ。青児さんの策略であって、彼は別にあなたが好きなんじゃないわ。彼は初音ちゃんが抱え込んでいる、彼のお父さんの絵を手放させたいの」
「うん、そう思うよ。実際あの絵を見なかったら、私の大事な宝物の絵、青児さんにはあげなかったもの」
あの絵のモデルになった真相なんか、どうでもいい。
青児さんが描いた絵は息を呑むほど素晴らしかったし、婚約破棄までいった御影様は戻って来たし、私は今、最高に幸せなのだ。
とにかく今は、坂井さんを刺激しないようにと無難に答えた。すると坂井さんは、追い討ちをかけるように警告してきた。
「彼は、本当に人を好きになることはないわよ」
「坂井さんは何か誤解してると思うんだけど、私には愛する人がいて、青児さんを狙ってなんかいないから安心して。婚約破棄は撤回されたし、もう結婚秒読みなの」
私には心から愛する人がいる。雨宮青児さんが誰を愛そうが、正直どうでもよかった。それに、これ以上彼に近づけば、地獄の業火で焼かれることは必至なのだから。
「そう……それなら安心したわ」
――矛盾してる。青児さんが本当に人を好きになる事がないのなら、わざわざ私に警告めいたことなんて言わなくていいのに……。
そんな風に思っていると、今度は様子を窺うようにして、そっとアトリエに入ってきた人物がいた。雨宮青児さんだった。
今日の彼は、いつものように前髪で目を隠さず、後ろに流して美しい素顔がはっきりと見えるようにしている。
「ごめん。咲貴子が君に対抗意識を燃やして、あんなことを言って……。君を描いたあの絵は、絶対に打算抜きで描いたってことだけを伝えたくて」
「打算があってもなくても、とても素晴らしかったですよ。ただ、私の彼氏があの絵を見て、怒りでぷるぷる震えていましたけどね」
私は笑いながら答えた。
「……結婚秒読みって、言ってたけど?」
「うん。署名入りの婚姻届を渡されたの。あとは、好きなタイミングで提出するだけ」
私は喜びのあまり、この事実を誰かに言いたくてうずうずしていた。ただ、女性の同級生に言うのは角が立つからとやめておいたのだ。
私に嫉妬する確率の低い青児さんになら言ってもいいだろうと踏んだ……のに。
「そう。おめでとう……」
彼はぽつりとその言葉だけを落とすと、すっとアトリエから去ってしまった。
その明らかな塩対応に、私の方がすっかりがっかりしてしまったのだった。




