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33 故郷

その出来事とは私が憎み続けた日本のクリスチャンに関することです。


4年前の12月のクリスマス前の頃です。

私が90才を過ぎた時でした。


街全体にクリスマスの雰囲気が漂っていました。


あの海岸の駅の改札を出たところで4~5人の

女子高生が制服のままで、ギターとマイクを使って、クリスマスソングを歌っていたのです。


近くのキリスト教会に通っている高校生達のようでした。


後ろに宣教師らしい外国人がふたり立っていて、布教のためのビラを配っていたので、そう思ったのです。


たくさんの人が聴いていました。


私はクリスマスは嫌いですが、その日は少し離れたベンチに座って彼らをぼんやり見ていたのです。


もちろん何も聞こえないのですが、クリスマスソングであることは分かります。


サンタクロースの赤と白の帽子を被っていましたし、それに聴いている人の表情や雰囲気でわかるのです。


クリスマスソングを何曲か歌った後、マイクでひとりの女の子が何か話していました。


そのあとギターを下に置いて、歌だけのコーラスが始まったのです。


私はベンチから立ち上がり、すぐ近くまで歩いて行ったのです。


あの故郷を歌っていたからです。

口の動きで歌詞がわかるのです。


何でクリスマス間近の今、教会の若い高校生たちが唱歌を歌っているのか不思議に思っていました。


故郷が終わると続いて春の小川、春が来た、最後にもみじをコーラスしたのです。


その時私は思いました。


古くからある日本の魂と言ってもいい唱歌や童謡を呼び水にして布教活動をしているんだ。

そう思ったのです。


彼らの背後で宣教師が糸を引いていると感じました。


悔しかったのです。

アメリカに家族を皆殺しにされた怒りが燃え上がりました。


八重子のあの声が聞こえて来るのです。

あの姿が甦ってくるのです。


優しかった母の笑顔、一緒に遊んでくれた父の声を思い出すのです。


私の大好きな日本の歌がキリスト教の布教に使われていたことに怒りが込み上げていました。


日本には信教の自由があるので、私には怒る道理はありません。


私はそっとその場を去り、駅の売店でカップ酒をふたつ買って反対側のあの海岸に行ってひとりで酒を飲みました。


普段私はお酒を飲まないのですが、その時は飲んだのです。


悔しさの持っていき場所がなかったのです。


その日私は海岸に座り、飲みたくもない酒を飲み、沈みゆく夕陽を眺め、真っ暗な夜の海と星、そして朝焼けに輝く空を見ていました。

一晩中あの海岸で過ごしたのです。


アメリカの神に日本人の魂が踏みにじられたようで我慢できなかったのです。


その日の朝、太陽が眩しくなる頃、ぼーっとした頭で帰る途中のことでした。


昨日コーラスしていた女の子たちが教会のクリスマス集会のビラを駅前で配っていたのです。


私は受け取るつもりはありませんでしたが、

少し酔っていたせいもあるのでしょう。

受け取ってしまったのです。


でも、彼女たちが見えなくなってから、ビリビリに破いて日本酒の空き瓶が入っていたビニール袋に投げ込みました。


その日は部屋に戻り、服も着替えず、畳の上でそのまま眠ったのです。


起きた時はすでに夕方でした。

ビニール袋から空き瓶を取り出し、残りをそのままゴミ袋に捨てたのです。


その時、ゴミ袋に捨てた教会のビラの切れはしに「日本の名曲もみじ」と書いてあるのがちらっと見えたのです。


故郷と同じくらい私の好きな曲だったので、何が書いてあるのだろうと気になって、袋をひっくり返し、切れはしを繋ぎ合わせてみたのです。


私の身体に衝撃が走りました。

「日本人クリスチャンの代表曲もみじについて」

と書いてあったのです。


何度読んでもそう書いてあるのです。

あのもみじが日本人のクリスチャンによって作曲された?


信じられませんでした。


私が憎んでも憎み足りない日本人クリスチャンがあのもみじを作曲した?


そんなことがあってたまるか!

そう思ったのです。


私は年寄りで若い方のような方法で調べることは出来ません。


翌日、図書館に行って自分で調べてみることにしましたが、何が何処にあるかわからなくて、係の人に助けてもらうことにしたのです。


ノートに

(唱歌のもみじという曲の作曲者の名前が知りたいのですが...それとその人の信仰について知りたいのです)


と書いて若い女性の係の人に見せると、携帯電話ですぐに調べて下さいました。

「岡野貞一さんという方でキリスト教徒だそうです」


と教えてくれました。


八重子に鎮魂歌のつもりで聴かせていたもみじが、八重子が憎んだアメリカの、アメリカ人の信仰するキリスト教と関係があったことに言い表わすことの出来ない悔しさと憤りを感じたのです。


私は全身の力が抜けたようになり、カウンターにもたれかかると、その女性はカウンターから出てきて私を近くの読書するためのテーブルがある席に座らせて下さいました。


でも、それだけでは終わりませんでした。

さらなる痛みが私を襲ってきたのです。


さっきの女性がもう少し詳しくお調べしましたと言って、印刷されたプリントを1枚持ってきてくれたのです。


そこには驚くべきことが書かれてありました。


岡野貞一という人の作った曲がまとめてありました。

プリントにはこう書かれてあったのです。


故郷

朧月夜(おぼろづきよ)

春が来た

春の小川

紅葉(もみじ)

日の丸の旗

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犬のおまわりさんとさっちゃんの生みの親

大中恩(おおなかめぐみ)さんは、熱心なクリスチャンです。

代表曲

犬のおまわりさんの他には

さっちゃん

おなかのへるうた


と書かれてありました。


私が最も憎んだ日本人クリスチャンによって作られた曲で、私は戦後何十年も慰められていたのです。


身体が怒りで震えて止まりませんでした。


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