32 めまい
その夜、父は母が寝ている敷布団をそーっと横に引きずって、あいたスペースに私の布団を敷いてくれた。
今日は私の体調や気分が悪くなっても薬は飲まない。
薬で私が寝入ってしまって、母の助けを求める声を聞き逃したくない。
体をさすってあげるくらいのことしか出来ないけれど...
*
夜中の2時ごろ、母の
「あぁ...」
という声がした。
隣の部屋で寝ていた父が起きて来る。
トイレに行きたかったらしい。
察した父が階段の下に置いてあったポータブルトイレを布団の横に持って来る。
父は母の後頭部に手を添えてゆっくり起こす。
めまいがしているのか母は目を開けない。
私は自分でトイレに行けない母の様子を見て、愕然とした。
一時的なめまいなのだろうか?
この状態が続いてしまうのか?
いちばん辛いのは本人だ。
しばらくここで母のお世話をしたい思いもあるが、私自身がそんな状態ではない。
やはりここは父に任せるべきだ。
母は目を瞑ったままなので、私が泊まっていることに気がついていないかもしれない。
父は私の方に手のひらで空気を2回押すような仕草を見せる。
いいから...いいから...寝ていなさい
という顔だ。
父の母を見る表情が男前に見えた。
*
朝5:20
父も母もよく寝ている。
昨晩父が渡してくれた封筒を取り出し、中を確認してみた。
20万入ってた。
心苦しい思いだが、私が元気になったら何倍も親孝行させてもらう。
仕事ができるようになるまでどのくらいの期間が必要なのだろう。
わからない。
このお金は大切にするんだ。
母の背中を見て誓った。
ふたりともよく寝ていたが、私はあまり眠たくならない。
バッグから老人のノートを取り出してみる。
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私の怒りは八重子の亡霊と一体化して燃え上がったのです。
その怒りで、自分が何をしでかすか分からなくなり、恐ろしくなって彼らの布教活動を目にすると逃げるようにその場を離れていきました。
ここまで読んでいる。
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ここからだ。
私はどうしても外国の神を信仰する日本人の気持ちが理解出来ません。
アメリカ兵よりも日本人クリスチャンの方に強い嫌悪感を感じていました。
その嫌悪感は口では表現出来ないほどで、私が90歳になる頃まで続いたのです。
私は人生のほとんどの期間を怒りの人として過ごしてしまいました。
ご存知のように私はハーモニカが大好きでした。
耳が聞こえなくても唇に伝わる振動が脳の中で変換されてメロディーを楽しめるのです。
健常者が聞こえている音に近い感覚のものだと思います。
中でも唱歌や童謡が大好きで、それらの歌詞とメロディーは敗戦の悔しさと日本人キリスト教徒に対する怒りを鎮めてくれました。
妹八重子のあのアメリカが憎い、アメリカが憎いと言って死んでいった全身大火傷の姿が目に浮かんだり、あの断末魔のような声が聞こえる時、私はあの海岸で故郷やもみじなどを吹いたのです。
そしてそれは八重子に対する鎮魂歌となっていきました...
八重子を思って何十年もこの海岸で鎮魂のハーモニカを捧げてきたのです。
私が90歳になろうとする時のことでした。
衝撃的なことが起きたのです。
それは私にとって天と地がひっくりかえるような出来事でした。
私は怒りに震えて大事にしていたハーモニカをあの海に投げ捨てたのです...
[お知らせ]本日(3/20)更新予定の分ですが、家族の看病のため、誠に勝手ながらお休みさせていただきます。次回更新はまだ未定ではありますが、必ず更新させていただきます。めどが立ち次第お知らせさせて頂きます。
ご迷惑おかけしますが、これからもどうぞよろしくお願いします。




