表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
122/131

第119話 忘れられない言葉

看護師さんが手で涙を拭った。


「カール、行こう。帰ろう」


そう言って私たちの方を向く。


「今日言ってくれた言葉、響いたよ。


ありがとう。


心からお礼を言わせてもらいたい。


本当にありがとう。


忘れられない言葉になった」


表情が少し和らいでいた。


「私を命の恩人と言ってくれたね。


嬉しかった。


本当に嬉しかったよ」


看護師さんは微笑んだまま言う。


「私が命の恩人なら、


あなたたち二人は神様のことを教えてくれる先生だ」


私は思わず首を振った。


しかし看護師さんは続ける。


「大袈裟に言ってるんじゃないよ。


本当にそう思ってるから」


月明かりが海を照らしていた。


「二人を見ていると、


本当に聖書の神様があなたたちの中におられるように思えるの。


ううん。


確かにおられる」


少し遠くを見るような目になる。


「あの老人が言っていた意味が、


少し分かる気がするの」


静かな声だった。


「亡くなったお父さん、お母さん、


そして妹の八重子さんを神様に委ねることが出来たって……」


あそこを読んだ時は分からなかった。


老人の気持ちが、


どうしてあんなふうに変わったのか。


まったく分からなかった。


波の音が優しく聞こえる。


「なんで?


どうして死ななければならなかったのか。


その怒りも、


その嘆きも、


全部神様に委ねるって……」


看護師さんは小さく頷いた。


「その気持ち、


少し分かる気がするの……」


私は黙って聞いていた。


「主人のことは一生忘れない。


でも、


どうして死んでしまったのか。


どうして神様は止めてくれなかったのか。


そういう堂々巡りは、


もうやめようと思う」


その言葉には不思議な静けさがあった。


「さっき、


あなたたちが話してくれていた時、


急に思い出したの」


看護師さんは夜空を見上げた。


「あの老人が亡くなる前、


『赦してください。


赦してください』


って、


ベッドの上で声を押し殺して言っていたの」


私はその場面を思い出していた。


「あの時は、


誰かに謝っているんだろうな……


そのくらいにしか思わなかった」


看護師さんは視線を落とした。


「でも今なら分かる気がする」


看護師さんの目に涙が浮かぶ。


「神様に謝っていたんだって……」


静かな声だった。


「的外れな怒りを持ち続けていたことを、


赦してくださいって……


そう願っていたんだって……」


海からの風が静かに吹いていた。


「あの時の老人の気持ちが、


少し分かる気がする」


そして胸に手を当てた。


「私も主人のことでは、


ずっと神様に訴え続けてきたから……」


誰も言葉を挟まなかった。


やがて看護師さんは私たちを見た。


「今、


あなたたちとこうして巡り合えたことも、


偶然じゃないと思ってる」


その表情は穏やかだった。


「自ら命を絶った主人のことで悩み続けている私に、


命の瀬戸際まで行って帰ってきてくれた二人の真実の言葉が聞けるなんて……」


小さく首を振る。


「偶然だとは思えない」


そして夜空を見上げた。


「まだ残された私にも、


やるべきことがあるんだって、


改めて思ってる」


表情に落ち着いた決意のようなものを感じた。


「聖書の神が本当の救い主か?


私は結論を急がない。


私には私のやり方がある。


私の中の『はい』が聞こえるまでは、


動かないから……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ