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神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
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第20倭(後編) 想連の葬風、黎明の法城――自由なる民の謳歌

其之壱 怠惰を祓う重き一滴


 巨濤おおなみが洗い浄めた地上の雒陽(ルゥォヤァン)の庭園は、敵の影は消えど、未だ汚泥が蔓延り気怠い熱気に包まれている。


「……ホントしつこいわ。 いくら消そうとも……いくらでも生み出せ――まさか、『隔離冥界之大地キ・ガル ディドリ』が……! なんて目障りな奴等……今度は全員で永眠すると良いわ。怠惰アドゥズィが命ず……!」


 アケィディアが舌打ちして再び隔離冥界之大地キ・ガル ディドリを発動しかけたその刻、展開しかけた隔離結界を一条の黄金の煌きが貫く。

 それは、霊奧より帰還したキクリとヤチホコであった。


「おねえさま、ヤチホコおにいさまぁ!」


 歓喜の声を上げるミヅチに、ヤチホコは封環を煌かせ、左腕を高々と突き上げて応える。


「お待たせミヅチ……よく頑張ったわ! アンタが流したその、一滴の『重み』、アタシが解らせてあげるわ!」


 陽光に煌く金色の瞳を携えキクリは微笑む。

 瞬時に岩塊を出現させて空中を闊歩し、金色に輝く四尾を棚引かせてミヅチの背後に降り立つ。彼女が大地モシリを踏みしめた途端、以前とはまるで違う、重厚な大地の波動が広がる。

 それは、アケィディアの冷徹な泥濘を、温かな豊饒を顕す黄金の稲穂の光で塗り替えてゆく。


「お、おねえさま、その瞳……!」


「アンタが頑張ってる間に、アタシもしっかり生長してきたわ。……さぁ、アンタの無垢な生命の水で……アタシが造る『豊饒の器』を潤わせて欲しいわ!」


 以前と違う輝きを放つ彼女に驚くミヅチを、キクリは大切そうに抱きしめて、優しく微笑んでヤチホコへ目配せする。


「キクリ姉、参ります! 我が左手に収まりし『大地』よ、今ここに顕現し給え!」


 キクリは黄金の瞳を限界まで見開き、ヤチホコは左手の「山吹色の宝珠」を輝かせ二人で詠い上げる。


「アタシは、みんなを、世界を支える礎になるわ! 産まれよ! 『大地之神威器(モシリ=カムイオイペ)』!! さぁ! ミヅチ!」


 ヤチホコの詩に合わせて、キクリが両掌で大地を揺さぶり目覚めさせる。

 すると、豊饒の黄金に輝いて透き通る、すべてを受け入れんばかりの巨大な器が、庭園全体を包み込むように顕現した。


「ミヅチ(よ)、あの器に向かい、再び(再度)巨濤おおなみを起こしましょう(起こさんとせん)!」


「はい! 行きます! 『沖つ波(オレプウンペ)』!!」


 紅蓮の虚空ニスを猛らせ、スサノヲと化したオオトシと共に、ミヅチは巨濤おおなみをキクリの器へ注ぎ込む。


「ミケヒコ、今です! あなたの紅蓮でこの器を!!」


 ヤチホコの叫びに、ミケヒコは太々しく力強く笑う。


「任せろ……御さず全力で……放つ! モシリよ、オレのアペ受け焼き締められよ! 目覚めて猛ろ、我が紅蓮(アラフレ)、因果を超えて焼き尽くせ! ぅおぉっ! 『炎神之(イレス=カムイ=)竜巻(ペウプンチセ)』!!」


 ミケヒコ渾身の業火と、オオトシ(スサノヲ)の放つ紅蓮の神威が、器中で激しく渦巻く。

 それはミヅチの放った「大海(アトゥイ)」を瞬時に煮えたぎらせる。

 暴れる蒸気(けぶり)を漏らすことなくキクリの器が抱擁する。すると、限界まで押し縮められ、激しく渦巻く凄まじい熱氣(トゥム)へと変貌した。



其之弐 葬送之野分、虚空へ還す悪意たち


 宙を漂いつつ、その光景を目にしたアケィディアの真輝金(オリハルコン)の仮面に、はじめて明確な戦慄と言う名の亀裂が走る。


「……何……? 不良品(バグ)の分際で五大の理を……欠落を個々の『想念イレンカ』で相互補完……? そんなの、ウチ等(管理者)の記述にない計算式よ……!」


「――計算なんて、もうしなくていいよアケィディア!」


 深緑の翼をはためかせ、スセリは彼女を横切って翔け降りる。その掌はヤチホコと固く握り合い、「器」上空へと再び舞い上がる。


「僕の虚空ニスで、スセリちゃんのレラを無限に迅めます。さぁ、都を、みんなを護る大凬を!」


「うん、ヤチ! ボクのレラはボクの『想い』で無限に自由に吹き上がる!」


 スセリの風で全解放されたヤチホコの虚空ニスが、その権能を以って彼女の風を最大限に迅めてゆく。その「迅雷之風(トゥナス・レラ)」がキクリの器に湛えられ、「熱氣」と化した大海(アトゥイ)に激突する。


 ――地が器を成し、水が実の重さとなり、火が焼き締め熱を与え、風が動きを掌り、空がすべて受け入れとりなし、直霊する――


「ミヅチちゃん! ボクたちの『想い』を一つに……あの生暖かいイヤな風、この都から追い出しちゃうわよ!」


「はい、スセリおねえさま! 『想い』、重ねます!」


 二人の乙女が手を取り合い、迅雷之風と激突し暴れ狂う紅蓮の熱氣を、さらなる高みへ導かんと詠い上げる。


「「猛りし大凬(レラ)よ、大海(アトゥイ)よ、神嵐龍となりて、『悪しき想い(ウェンイレンカ)』を住まう世界へと還し給え! 『葬送(ホプニレ・)之野分(ペウプンチセ)』!!」」


 それは、もはや自然の理を遥かに超えた神威の御業。

 燃え盛らんばかりに猛り狂う水龍が、与えられた大凬の翼で、激しく渦巻きながら「破邪の嵐(アプトルイアンペ)」となりて天目掛けて翔け昇る。

 山吹(地)、紺碧(水)、真紅(火)、新緑(風)、そして透明(空)。強烈な、五色に輝く巨大竜巻が一つに集束し、至高の「朱金」へと変貌して、遥かな虚空を貫いてゆく。アケィディアが放った潜土蛇竜トィヤラサラゥスも、不浄の泥濘も、抗う術もなく、すべてを呑み込む螺旋に巻き上げられてゆく。


「……信じ、られ……ない……。絶対記述ロゴスが……『綴られしモノ』の……想念イレンカに敗れる……なん、て……っ!」


管理者の末端(アケィディア)」は、震える様な戦慄を断末魔代わりに遺し、天高く漂う天超飛翔(カンナ=カム)神威之城(イ・チャシ)へと豪快に吹き飛ばされて、文字通り「葬送」の儀を執り行われてしまった。



其之参 一念三千、詠い直霊す法理之城


 絶望の檻が崩れ去り、神威之城も退散した虚空。

 そこに浮かぶは、三人の乙女が想いを重ね顕現した至高の存在――「ヒルメ」。 彼女は朱金の光を纏い、その七弦の瞳に慈愛を湛え、静寂を取り戻した地上の庭園を祝福していた。


 深々とヒルメへ長揖し、伏犠はヤチホコ達のいる地上へと降り立つ。その佇まいは、かつて以上の神威の威厳に満ち、眼差しは、どこかヤチホコを想起させる無邪気な生きの良さを観じさせた。


「……先の詠い直霊、見事なり! 創世の筆……否さ、詠い手たる、『新世の神謡者(カムイ・ユカラ)』ヤチホコよ。そして新たに目覚め連なりし神威達よ。余は今まさに、『真理の深淵』を己に刻みて戻りたり」


『……伏犠よ、今こそ汝に芽生えし内なる想いを、『法理』として詠い直霊するのです』


 虚空より優しく響く黄金の旋律に、伏犠は、半眼にて黙想し、彼女より魂へ刻まれし『神速呪文(マシン=コード)』――すなわち、言の葉を介さず「一念」で万象を自在とする「法理」を、起動させる。


「……観えたり。数理に非ず、記述に非ず。彼の者綴りし言の葉は、もはやこの都を縛る事叶わぬ。……今、余は、民の『想い』、生きざまこそが、国を護りし理たらんと詠い上げん!」


 伏犠は「左手」を空へ掲げる。それは、民を、国を慮る自由なる熱き想いの象徴。

 万感の想いを籠めて幸福を詠い直霊する。

 

「すべてを厳格かつ慈しみて護りし城よ、ここに顕現せよ! ――『法理之城(イレンカ・チャシ)』!!」


 想いと共に振り下ろした左手より、七弦揃いし虹色の眩い光が強烈に放たれる。

 彼の想いに呼応するかのように、ヤチホコの左手の封環からも、星々の煌きを連想させる眩い光が迸り、大空を色彩豊かに塗り替える。

 そして瞬く間に雒陽(ルゥォヤァン)の都全体を覆い尽くしてゆく。

 それは、以前、管理者より授かりし「数理の檻」とは対極の、格子状でも幾何学的でもない、綺麗で滑らかな艶のある防護天蓋。

 住まう民が自由を想い、互いを慈しみ日常を営む、一人一人の「生きる誇りと慈しみ」の想念イレンカ自体が、護りの楯となる最強の直霊の神呪。

 自他共に大切にする程強固になる、唯一つの「想いの城」。

 管理者でさえ、ここを覗き観る事すら叶わない。


「……最早、彼の者ら等に手出しは叶いませぬ」


 緩やかに元の三人へと顕現が解かれていく最中、ヒルメは、優しく、覚悟を籠めて告げる。


「伏犠よ。其方は想いを詠い直霊す事による、民を、国を真に護りし力を己が者とする事叶いました。管理者の綴る「定められし歴史(シナリオ)」ではなく、自神の『想い』で詠い歩む……新たなる世の幕開けです」


 ヤチホコは、三つの宝珠のはまった左手を握り締め、黄金の瞳で寄り添うキクリ、新緑の翼をはためかせるスセリ、息を弾ませ眼を輝かせるミヅチ……そして涙ぐんで笑みを浮かべる女媧……。共に困難を乗り切った仲間たちと見つめ合い微笑み合った。


「……また一つ、アイツ等の目論見を覆せましたね……! 熱っ……!」


『玖 集いし詠う七柱 根源直霊呼び覚まし 龍王目覚め 神呪詠いて法理成る』


 ヤチホコは、浮かび上がりし詩片を皆に見せ、伏犠と共に左手を天高く突き上げた。


想念イレンカのままに詠い直霊す……。斯様に心躍りしとは……! ヤチホコ、そなたの『詠い直霊』、素晴らしきなり。……いずれ神速の域に達するであろう。その刻は、肩を並べ共に詠おう! 民の幸せと世界の安寧を! に楽しきは……『想いのままに詠いし事』なり」


 浄化された清冽な空気が満ち、遥か空高くに輝く「法理之城」の光は、都から暗雲を祓い、広大な大地モシリの隅々にまで、自由な想いの喜びを振りまく様に煌いていた。



其之肆 (終章) 帰還せし七柱、虹蓋の祝杯 


 アケィディアの放った「怠惰」の熱氣は完全に消え去り、庭園にはキクリが揺り起こした黄金の器から溢れる豊饒の馨しさが、ワッカを含む清涼なレラに優しく吹かれ、踊るように翔け抜けている。

 天を仰いでいたヤチホコ達の前に、遥かな虚空に顕れていた至高の神威「ヒルメ」の残光が、三つの柔らかな光玉に分かれ、螺旋を描き緩やかに舞い降りてくる。


「……あ、あれは……!」


 ミヅチが声を弾ませる。舞い降りてきたのは……赤子、宝珠……そして瀬尾律の姿のカンナ。

 舞い降りたまま、カンナは赤子と宝珠を優しく抱きしめ続けている。

 すると光が形を変え、誰かが立ち上がるのが観えた。しなやかな肢体に、衣が自然に纏われてゆく。彼女は最後、青龍の籠手を掌に宿し振り向く。勿論ミチヒメである。我に還った彼女は、少し気まずそうに己の肢体を確かめる様に観まわす。


「も、戻れた……! わたし……わたし達は本当に『ヒルメ』さまの……! あぁ! 今のは忘れて! 特にヤチホコくん、頼んだわよ」


 朱に染める頬を両掌で隠すミチヒメに対し、全く理解出来ず、ヤチホコはただただ安堵だけを顕す。


「一か八かの賭けだったのですね! うまくいって何よりです。おかえりなさいミチヒメさん!」


(……紳士と言うか疎いと言うか……。まぁ、その方が恥ずかしくなくて良いわね)


 どうやら没問題だったと、ミチヒメは安堵の息をついて胸を撫で下ろす。


「ミチヒメ、とても元気な産声でした。あれならば、世話する側も一安心でございます」

 

 隣で冗談めいて応えるのは、意外にも七絃を煌かせた瞳を細めて微笑むヒメであった。彼女もまた、宝珠の状態から清楚で静謐な、如意宝珠の神威乃乙女(カムイ=メノコ)へと、無事に還っていた。その眼差しは、至高の神威を顕現した名残か、兼ね備えし知性に加え、底知れぬ深き慈愛が溢れていた。


「……無事成就叶いました。流石は我が愛すべき(あるじ)、です」


 最後、白銀の襟元を静かに整えたカンナが、桜色の長髪を揺らしながらヤチホコにそっと寄り添う。想いを籠め、小首をかしげて愛おしそうに見つめる。その佇まいからは、瀬尾律としての峻烈な気勢は観じない。

 いつもの通り、根底に焦がれる情愛を抱きながらも、冷静に振舞う「直霊」の乙女であった。


 ヤチホコは、皆の無事を前に、込み上げる安堵の想い極まり、飛び込むように全員まとめて抱きしめた。


「カンナさん――その姿でいられるのですね! ミチヒメさん、ヒメさんもよくぞ無事に! ミヅチちゃんスセリちゃん、よく堪えて下さいました。本当に、皆が無事で本当に良かったです……!」


「は、はい! 我が……『愛しき』主……!」


 仲間全員の無事が確認出来た事への純粋な喜びと解りながらも、溢れんばかりの嬉しさが込み上げてくるカンナ。


「ヤ、ヤチホコ殿……斯様な振る舞い……已む無きで……ございますか」


 驚くも、その瞳で真意を悟り共感するヒメ。


「うん、ボク頑張ったよ、ヤチと一緒に、ね!」


 素直に喜びを顕し応えるスセリ。


「ヤチホコおにいさまぁ……ミヅチもおにいさまの『楯』として……頑張りました!」


 つぶらな瞳を潤ませて切々と伝えるミヅチ。


「ヤ、ヤチホコくん……苦しいわ……!」


 文句を言いながらも、優しくヤチホコの背中へ腕を回すミチヒメ。

 

 ミケヒコは、その様子を見て引きつって苦笑するも、離れた処から微笑ましく見守っていた、オオトシ、班勇と拳を突き合わせ勝鬨を上げる。


 その光景を、母親が子供達を向かい入れる様な面持ちで見つめ、黄金の四尾を優雅に揺らしキクリは歩み寄る。彼女から溢れ出した温かな豊饒の氣力(トゥム)が、一行を優しく抱きしめる様に包み込む。


「みんな、お疲れ様……だわ! 伏犠様の『天蓋』に加えて……このアタシの『大地之神威器(モシリ=カムイオイペ)』。此処ならもう誰も邪魔できないわ。今夜は『想い』のまま、都を護れた喜びを味わうと……良いわ!」


 伏犠が整えた酒宴の席に並ぶのは、民衆(ウタラ)達から持ち寄られた豊饒の果実、そして今、霊山より滾々と湧き始めた清冽な「法理の水」。

 彼は、隣に座る女媧の掌をしっかりと握りしめ、ヤチホコ達へ杯を掲げる。


神謡者(カムイ・ユカラ)たちよ。余の求めし『原初乃八卦』、それ即ち冷徹な数理の中に非ず。まさに其方らが詠い直霊する中に宿りけり。真理を掌に、余が詠い直霊しこの『法理之城』は、民が笑い、語り合い、睦まじくなるほど強固にならん。故、今宵、其方等の笑い声響く程、この雒陽(ルゥォヤァン)は最強の城へと『詠い直霊』されるなり……! さぁ、心行くまで楽しまれよ!」


 ミヅチはオオトシとミケヒコの間に座り、今日顕れた「大海(アトゥイ)」の奇跡を楽しそうに語っている。

 スセリはヤチホコの隣で、想いのまま、卓上の花びらを小さな旋風で踊らせている。

 ヤチホコは、自身の左手の封環に嵌まった三つの宝珠を見つめている。


(地、水、火、風、空……そして根源の氣力トゥム霊力ヌプル。これらを繋ぐ僕等の想念イレンカ……それこそが無限の可能性……!)


「……わたし達が揃って、『想い』を一つに重ねれば、叶えられない事なんて……きっと、ないわ……!」


 何を呑まされて来たのか、ミチヒメは少し上気した顔を寄せる様に座り込む。


「――っ! ……ふふっ。ボクも(わたくしも)そう想うよ(想いますわ)! 『想念イレンカ』こそが……」


「……すべてを叶える原動力!」


 重なり合う三人の杯が、透き通る心地良い響きを奏でる。

 虹色の天蓋の下、いつまでも続く宴の笑い声は、管理者の支配と記述を断じ、この世界を各々の想いで詠い上げていた。


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