詩片の狭間 啓示の残響、重ね合う拳と想念
彷徨える湖を背に、雷鳥の窓ごしに疲弊した一行を優しく抱きしめる様に、穏やかな夕日が差し込んでいた。あの、灼熱の狂気の戦場が嘘の様に、船内を涼やかな風が緩やかに舞う。スセリが齎した「至純之水」を湛えた水甕は、微かに蒼光を放っている。
数万の民を救い、権能を継承し湖を遷座させた代償でスセリやミヅチは消耗し、全力で成し遂げた面持ちで、静かに寝息を立てている。。
オオトシも、ラーマを顕現させた反動が大きいらしく珍しく熟睡している。隣のミケヒコも己の火を鎮め、ヒメを想い瞑目している。
ヤチホコは操縦桿から手を放し、己の右腕を見つめていた。
赤銅色の覚悟の証、「桎梏之腕枷鎖」。
それは今、ジェスターの悪意を退けた「不殺の証」として、誇らしげに燦然と輝いている。
「……ヤチホコくん、起きてる?」
不意に、しかしそっと声をかけられてヤチホコは顔を上げる。先の神呪の余波である程度動けるようになるも、痛みで眠れないミチヒメであった。
「……痛みますか? それなら僕が水で……」
「……エパタイ。いつもみんなの事ばかり想って。でも、その『想い』がわたし達に道を示し、『不殺の救済』を齎したのも事実。とてもエパタイ……だけど、最高な王様よ」
「みんなの協力あっての事です。こんなになるまで、まさに身命を賭して刻を造って頂き、本当に助かりました、ありがとうございます! また、『貸し』が増えちゃいましたね」
感謝と慈しみを籠めてヤチホコは、ミチヒメの傷だらけの拳を優しく、大切そうに包みこんだ。『生命之法具(へと昇華された彼の掌と、彼女の青龍の籠手が共鳴して脈動を返し合う。
(もう……。『想い』を知っていても……こっちが気にしちゃうわよ、エパタイ)
ミチヒメの脳内で、ラーマの遺した囁きが繰り返し響く。
『観よ、そなたが求めし真なる英雄の姿、今まさに其処に成らんとせん』
完成された神話の英雄を追いかけてきた彼女の目に映る、泥にまみれ己を削り、すべてを救わんとする「少年」が顕す慈悲と献身の道。
「……ラーマおにいさま……やっぱりおにいさまもエパタイよ」
「え? ラーマさまが何か言われていたのでしょうか?」
ミチヒメは、本心を隠すように少し鋭く睨むふりをする。
「なんでもないわ。……わたしが『誓い』をしただけよ。あなたの……不器用で危なっかしくて甘ったれた王道を、邪魔する奴らを全部叩き潰して『刻を造る拳』になると、ね」
――「『想い』偽らず、彼の『刻を造る拳』」になると。
ミチヒメは、薄紅色を超え、山桜の実の様に紅潮させた頬を隠しもせず、一息深くつく。
そして、感謝と苦笑が入り混じった面持ちのヤチホコを見つめる。
「そうだ……あなたの虚空でわたしの『セイリュウの生氣』を受け止めて? いくわよ……」
ミチヒメの想念の籠った青龍の快癒の権能が、ヤチホコの胸中へと流れ込んでくる。ミチヒメは隣に寄り添って、腕を組み指を絡めるように掌を合わせてくる。
「……今よ、虚空で強めて……一緒に詠いましょう? いい? いくわよ……!」
「『快癒呪』!」
ヤチホコの水と、ミチヒメの青龍の水氣が重なり合う。高められた快癒の権能が、焦がれる様に熱を帯びたヤチホコの腕枷鎖を癒し、同時にミチヒメの全身の損傷を修復していく。
「……流石ミチヒメさん、さっきのアレをもう完全にものにしましたね!」
ヤチホコは、痛みと火照りの鎮まった右腕を摩り感心する。
「これも貸しよ。三つ……いいえもっともっと一杯よ! あなたの理想を貫き徹すまで、返してくれる事を、いつまでもそばで待っているわ……!」
「……心強いです。ずっと一緒に、『想い』を貫いて行きましょう!」
(シパセ=エパタイ!! ……けど、でも、だからこそ……)
「……ふん、相変わらずの『毒』っぷりだわ! でもわたしには……『薬』……になったわ。身体『も』楽よ、ありがとう……!」
背を向けたミチヒメは、振り向きざま、想いのままの笑顔をヤチホコに向けて、自分の座へと戻っていった。
「……良かった、この方法でだとかなりの怪我も癒せる……!」
「ホント……ヤチ、エパタイ……」
それは、寝息を立てていたスセリの寝言であった。
(スセリちゃん……? 何かリスクでもあるのでしょうか……? 雷鳥?)
(……リスクは問題ありません。……その問いに応えられる権限は持ち合わせていますが、適切な対応を検索しかねます……)
離れた処と背中の剣から、大きな溜息が聞こえたが、当然ヤチホコには全く意味が理解できなかった。
優しく照らす夕日の代わりに、静かに微笑む月光を受け、雷鳥は帳を静かに潜り抜ける様に滑空していた。




