第18倭 其之参 至純の遷還、英雄の啓示 (彷徨える湖編完結)
「チッ、あの二つ目のバグしぶとい! しかも、アイツの器は『それ』だったか……。そして、流石はかつての英雄王、しゃしゃり出てくるだけはあるねぇ。でもねぇ……それだけじゃダメなのさ! 昏餓鬼たち、その苦しみのすべてをキミたちの親分にあげちゃいなよ! ……『一蓮托生呪』! これでもはや一蓮托生、どっちが倒れても、どっちも輪を廻るのさ! ヒャハハハ!」
響き渡る不快な嘲笑と共に、血に塗れた深紅の縛鎖が、幾万の昏餓鬼に突き刺さり、カルマ王の胸部へねじ込まれる! ヴァジュラ達同様その眼に輝きを取り戻しかけていたカルマ王は、再び、いや先程以上に怨嗟に囚われた表情で暴れ出す。
「……ヤ、ヤチホコくんが、スセリちゃんを……助ける、為に、命がけで行った神呪を……虚仮に……! ジェスター! アナタはどこまで弄べば気が済むのよ!」
ミチヒメは、身の丈を遥かに超えた権能の反動で満身創痍の身体を、「熱き想い」で引きずり起こす。
「……わたしは根源の氣力の巫女。この氣力は……想いと共に無限に湧き上がるわ……!」
「ヒャハハハ! ゲンコツで殴るだけのキミに何が出来るのさ? その強い力で彼らを殴ってごらん? ほらほらほら!」
そのやりとりの間に、ミヅチが一歩前に出る。
「ミヅチも、ヒメさんのように……みんなを救いたい! 溢れ出せ、鏡水顕導神!!」
飢渇の中、潤いを与えんと慈しみが噴き上がる。だが、いくら誓約したとは言え、火と風猛るこの地にて、幼き彼女一柱の水では、とてもではないがジェスターの記述には抗えない。
「良いねぇ良いねぇその無駄な努力! それこそ最高のスパイスだよ!」
二人の少女は、悔しさを露わに歯噛みするも状況を変えられない。
「――無駄なものか! 我が虚空よ! 水の想いをこの胸に! ミチヒメさん! あなたの無限の氣力も!」
ミチヒメははっとして、四獣王すべての霊力で全解放する。
(これはあの刻の雷鳥の……『アレ』!)
「――荒ぶリ猛ろ、わたしの想念! 啊啊啊啊啊啊っ!!! 究極付与生氣呪!!」
数万の怨嗟を注ぎ込まれしカルマ王すら凌ぐ、まさに神威の氣力がヤチホコへと籠められる!
「……さぁミヅチちゃん、ミチヒメさん、一緒に詠いましょう!」
「まかせて。――この胸の想いを籠めて!」
「――おにいさま! はい! 共に詠います!」
三人で手を取り合い、想いを一つに高らかに詠う!
「悲体戒雷震(――戒めの雷に震えし憐れなる身体より)」
「滅除煩惱焔(――飢渇の怨嗟よ滅除し給え)!!」
それは、あのヒメが身命を賭した『究極之付与快癒呪』の如き慈愛の神呪。
呼応するように、水龍が遷座した新たなる湖が煌めく。舞い上がる蒸気により、形を成した慈愛の大雲が齎すのは、怨嗟を滅す甘露の法雨。
「ワ、水……! か、渇きが……! この雨に籠りしは……『法』!!」
「……そうだ……我が祖神が身を以って教えし『法』の国の矜持、ここに今一度!」
慈雨に触れる度、民衆を蝕んでいた飢渇の想念が溶け出して流れていく。そして彼ら本来の、ラーマに帰順せし、「法」に生きる想いを次々と思い出していく。昏餓鬼であった醜悪な姿も、慈雨に洗われるかの如く民衆のそれへと還っていく。
王手に始まりしジェスターの「遊戯」は、盤面そのものを、「駒ごと浄化される」という、想定外の結末にて終息した。
飢渇の想念が消え去り、闇闘鬼之王としての姿を喪ったカルマ・シャパーダとヴァジュラ兄弟が、人としての姿で砂の上に跪いた。
オオトシを憑代に顕現せし英雄之神威が、静かに彼らを見下ろす。
「……カルマ王よ、汝が求めし『国を護る力』は、略奪の怨嗟の果てに非ず。理を弁えぬ渇望故、魔に魅入られしなり。この咎――生きて生涯かけて償うが良い。生まれ変わりし湖の元、地の民と共に、砂の海を緑の地へと、己が掌で耕し、命を育まんとせよ。それこそが、余が汝に与えし『真理の道導』なり」
それは、安易に「輪を廻る」よりも遥かに峻烈で、救済の慈雨よりも重く、崇高な「生の理」の啓示であった。
オオトシに顕現したラーマが、天へと還るその間際、傍らに抱えて支えるミチヒメに、囁くように残した啓示。
『……余を通じ、幻影を追い求める日々、卒業とならん。観よ、そなたが求めし真なる英雄の姿、今まさに其処に成らんとせん』
囁く彼の視線の先には、仲間を案じ、そして信じて、覚悟の腕枷鎖を握りしめ立ち尽くすヤチホコの背中。
かつての「伝説の英雄」などではない、今目の前で、己のすべてを投じ身を焦がしながらも、世界を「詠い直霊」せんとする「一人の少年」の姿。
ミチヒメは、想いを顕すように頬を桜色に染め、虚空に煌めく光に向かい、覚悟の想いで頷く。
「……はい、観ていきます。これからはわたしが彼の『刻を造る拳』。……『想い』と共に、新たなる世界を詠い上げてみせます……!」
爽やかな風と共にスセリが舞い降りる。風は、彼女と共に詠うかのように灼熱の砂海を癒し、舞い踊る様に吹き抜けていく。
新たなる湖に湛えられしは「至純之水」。
心地良い熱気が頬を撫でる砂の海を、軽快に翼をはためかせて雷鳥は大空へと翔け上がる。眼下には民衆と手を取り合って土地を切り開くカルマ王。誰しも過ちは犯す。大切なのは、認め、胸に抱き生きていく事。愛を以て厳しさを説いた、英雄之神威のように輝く陽光の中、ヒメを救う「至純」を手に、決意を胸に王子授乳せし大地へと、ヤチホコは雷鳥を羽ばたかせていた。




