表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神威(カムイ)の流転と聖なる詩片  作者: カムイ ピリマ(神はひそかに教える)
25/35

第17倭 覚悟の腕枷鎖、万象之鍛冶師純陀

其之壱 「桎梏之腕枷鎖しっこくのかいなのかさ


 灼熱の砂塵舞う中、ヤチホコは、刻を止め、色彩を喪った灰白色のヒメを抱き、班勇の案内でこの地に残る数少ない緑ある地を目指し、雷鳥フミルィの翼をはためかせる。彼が言うには、この先にある「王子授乳せし大地(クスターナ)」と呼ばれる国に、万物を打ち直霊なおひす鍛冶師がいると言う。


(ヒメさんは……モノや剣じゃない、それを一介の鍛冶師に一体何が……っ!)


 諭すように、そして叱咤する様に、背中の剣は鈍色に煌めき熱くなる。

 

(……我が主、私を観て下さい! 想いを詠い力にする事こそ、『神謡者カムイ・ユカラ』。私と主、『ヤチホコ様』の折り重なりし姿です! 心を折るのが彼等の常套手段。共に参りましょう――希望を胸に)


 そう、彼女は確かに、真輝銀シキンナカネに宿りて「生きる」女神。だがそれは、「根源」たる絶対的な力による奇跡。それすらも、ラマトゥあっての事。

 

「カンナ……ヒメさんは、ラマトゥ自体が……。どうにか出来ますか……?」


 カンナも言葉を喪う。「存在自体が無い」、そこからの回復は彼女の「法理」でさえ応えられない。

 

「……彼の地の名称……。それは、理の神威より、『喪き者』にされた赤子に与えし『大地の生命の息吹』に因むと、さる御方より聴きしなり」


 班勇が、言葉を選びつつ静かに告げる。


「其は 『嘆く神威憐みし 鍛冶師によりて大地より生ず』。斯様に聞き及んでいる」


 その刻ミチヒメに、前腕に装着した籠手を差し出された。

 

「……ヤチホコくん……。これは、わたしの師匠の一柱、セイリュウが宿る籠手よ。これから先に待つ『万象之鍛冶師』は、少なくとも、『輪を廻った』神威に器を与えられる御方よ。言ったよね、強さは『想念イレンカ』で決まるの。――過ちを犯しても、前観て進め! あなたが希望なの! だからなのよヒメちゃんも! 踏み躙られても、叩き落されても、嗚咽の中、自分の掌で希望を掴み取り、拳を突き上げなさい! ……虚空(神威)だからじゃない、比武の刻、ヒメちゃんの心を……そして、『あの刻』、すべてを抱きとめてくれた、あなた(ヤチホコくん)なら出来るって、わたし、信じているわ!」


 「すべてを喪い、這い上がり、己の拳で掴み取ってきた」ミチヒメの言葉に、ヤチホコは背負ったカンナを勢いよく引き抜く! 

 瞬間、夥しい紅蓮が華開き、雷鳥の内部を朱に染める。

 ヤチホコが斬り伏せたのは……己の右腕だった!


「きゃぁぁぁっ! おにいさまぁっ!」


 絶叫して卒倒しかけるミヅチを、慌ててキクリが抱きかかえる。


「こんのエパタイッ(バカァッ)! 自分を傷つけたってヒメは還ってこないわ!」


 ミチヒメは、愚行を目に、虚空に煽られた風が刻を凍らせ、次の瞬間、灰中の燻りを苛烈な業火へ燃え上がらせるように、己が想いを猛らせた!

 ヤチホコは、思い詰めた表情で、睨む様に、己より溢れ出る緋色の滝を見つめる。


「……カンナ! ワッカの癒しを以って詠い給え! 快癒呪トゥサレ・イノミ……!」


 輝くカンナから紺碧の光が溢れ、傷口と床に落ちた腕を包む。ゆっくりと浮かび上がった腕が静かに接合し始める。皮膚、筋、腱、靭帯、骨、そして神経……。

 一瞬痙攣して、静かに指が動き出す。動きを確認して、激痛に耐え、荒げた息を整えて、ヤチホコは皆に深々と長揖する。

 

「みんな――ごめんなさい! 僕の認識が浅かったです。この『世界モシリ』では、『想念イレンカ』喪わない限り……限界なんて、ありませんでした! これは僕の『誓いの楔』です。『外』の理に囚われそうになったら、これを見つめ思い出します……!」


 左手の、「自由への封環」と対照的に、赤黒く右腕を染め、継ぎ跡を残し鈍く光る「桎梏之腕枷鎖しっこくのかいなのかさ」。右手(秩序)を断ち切った事で、ヤチホコは、己の「自由」に逡巡しないことを誓った。

  

「何を以っても、僕はヒメさんの『想い』に応えます。皆さん、参りましょう」


 今までの彼にあった「甘さと迷い」が消えた。しかし、それは管理者達とはまるで違う、「真なる優しさ」を実現するための強さへと、「鋳直し、打ち直し」たのであった。


「……ヤチホコ、見事な「鋳直し」と「打ち直し」でした。その覚悟、このオオトシ、ラマトゥに刻みて共に征きましょう」


 静かに、しかし想いの熱を籠めてオオトシが頷く。

 

「……オオトシ兄。ありがとうございます。そして、ミチヒメさんのおかげです。流石は『導き手』ですね」


 穏やかに、しかし力強い眼差しでオオトシを見据え、ミチヒメに向き直り、微笑んでヤチホコは応える。


「……ホントに大きな貸しよ。次やったら許さないから……! エパタイ(バカ)」


 ミチヒメは、業火を鎮めながら一瞬ヤチホコを抱きしめ、安堵と己の想いを顕す。


(……想い……届いたの、かな……あぁもう)


「……『毒』も『薬』になるように、上手に遣うと良いわ。期待してるから、ね」


 染まる頬を隠し、あらぬ処を観てミチヒメは伝えるも、どうやら当の本人(ヤチホコ)には、全く届いてはいないようであった。

 溜息をついて自分の座に戻るミチヒメ。入れ替わるようにミヅチが駆け寄る。


「おにいさまぁっ。ミヅチはもうこんなの嫌です、絶対! ほら……無理やり繋げたから傷跡が……ミヅチがお治しします……快癒トゥサレ……」


 そっと小さな手を握りしめ、ヤチホコは優しく、しかし強い想いを籠めて伝える。


「ありがとうミヅチちゃん。でも、これは僕の誓いと覚悟の証。このまま遺させて下さい」


 ヤチホコの、そしてミヅチの想いに応えるかのように、「桎梏之腕枷鎖しっこくのかいなのかさ」は赤銅色に力強く輝く。


(……スセリちゃん! 痛み、大丈夫でしたか……?)


 一蓮托生呪を思い出し、そっとスセリを眺める。安らかに眠る目に、うっすらと潤いが滲んでいる。


(ごめんね……でも、この腕枷鎖(かいなのかさ)に誓って、君も、ヒメちゃんも、世界のすべてを救ってみせます……!)


其之弐 「万象之鍛冶師純陀」


 静かに覚悟したヤチホコは、雷鳥フミルィに嵐を切り裂かせて飛翔させる。すると、灼熱の砂塵の暴風が緞帳を上げた様に晴れ渡り、信じがたい光景が眼下に広がる。そこは、周囲の死せる砂の海とは隔絶された、古より神威に護られし、瑞々しい緑と清冽な恵みを湛えた河のある地――「王子授乳せし大地(クスターナ)」。


「……虚空ニスが、震えています?」


 雷鳥から降り立った瞬間、ヤチホコはそれを観じた。それは、レラではなく、大地を揺るがす強烈な鼓動によって齎されていると。


「この音こそ、彼の方が槌打つ音でござりまする」


 班勇に先導され、街外れの岩壁に穿たれた洞へ赴く。

 

「おにいさま、なぜかしら? ここはものすごく『熱い』ですの」


 ミヅチの言う通り、清涼な空気を携える緑の地において、あまりに異質な「熱」。

 

(「鍛冶師」だからか。そして、火床の安全を考慮しての岩場……)


 無骨な扉を開けると、最奥にある朱き咆哮を上げる炉の前で、洞全体を震わせ、己のすべてを注ぎ込むような「想い」で槌振る姿が観えてきた。

 背は高くないが、その肉体は、鋼を幾重にも鍛造したように頑強で、逞しい二の腕には、複雑な文様が刻まれた腕輪をはめている。

 たくわえた口髭の下、不敵な笑みを浮かべ、仕上げの一撃を振り下ろす。

 

――ガキィィンッ!


 暗がりの中、鮮烈な火花を咲かせる。地響きが止まると、一瞬世界が止められたような静寂が訪れる。満足げな表情で無造作に槌を置き、手近な樽から一掬いした水を、最高の美酒を味わうように飲み干す。

 

「……この一杯、やっぱなまら美味いべや。誰かと思えば班勇はんゆうさんかい。ないだってミチヒメちゃんも来たのかい? その、後ろさいる『バグだらけ』が、例のお客さんかい?」


「純陀おじさま、ご無沙汰ね。会っていきなり容赦ないのは変わりないわね」

 

 苦笑してミチヒメはお辞儀をする。

 

 「純陀翁、いかにも。彼こそが、世界の希望の虚空ニスでありまする」

 

 包拳の礼と共に班勇も伝える。軽く頷く彼の右眼は眼帯に覆われている。剝き出しの左は、世界の裏側まで読み取るかの如く鋭い。


「……純陀チュンダ殿、はじめまして、僕は奴国(ナ・ラ)のヤチホコです。この子の回復をお願いしたく……」


 己の腕の中の灰白色のヒメを見せようと差し出した刻、純陀は、彼の右腕に刻まれ鈍く光る、「桎梏之腕枷鎖しっこくのかいなのかさ」を凝視した。

 歩み寄る純陀は、物も言わずヤチホコの右腕を掴み上げる。

 

「……こりゃ、おめぇさん、『エパタイ(バカ)』だべ? だども、不器用だけんど、最高に面白い『打ち直霊なおひ』だべさ」


「……わかるのですか?」


 不敵に笑みを浮かべ、一瞬、遠き日を懐かしむ様に目を細めた後、深奥を見抜くような鋭い眼差しでヤチホコを見つめた。

 

「当たり前だべさ。わしゃ『万象』を打ち直霊す鍛冶師。……この腕さ、ただ繋いでねぇ。おめぇの想念(イレンカ)さ金床に、理の通用しねぇ無理筋を、強引に『叩っ込んで』いるべさ」


 現象を読み解くように、純陀は指先で鈍く光る継ぎ跡をなぞる。

 

「その左手の環は『貰い物の自由』、だが、右手のこいつは……自分の想いさ逃がさねぇために打ち込んだ、『桎梏之腕枷鎖しっこくのかいなのかさ』。……『己のすべてを捧げんとしても、奇跡を起こす覚悟の誓い』……だな?」


 純陀は共感する様に笑みを浮かべ、次にヒメへと視線を移す。笑みを鎮め、職人の面持ちで真摯に見据えた後、右眼の眼帯を上げてもう一度、不思議に輝く……おそらく義眼で、万象を射貫くように見つめる。すると眼から眩い光が放たれる。その紅蓮の輝きは、ヒメを上から下まで舐める様に照らしていく。ラマトゥ宿る心臓付近で、脈打つように光が止まる。

 

「こいつぁ……、身の丈を超えたチカラさ出したっけ、ラマトゥが散華し、氣力トゥム霊力ヌプルさ掌る『眞理乃命脈シンノ・クスル』が、あまりの『熱い想い』さ受けて焼き切れてやがる。こいつの打ち直霊なおひは、おめぇさんの腕のように、筋や骨繋ぎゃ良いってのとは訳が違うべさ」


 純陀は、さらに深淵を見極める様に、光を放ち見据える。


「……腕枷鎖の真の意味。おめぇさんが、不器用ながらやり遂げた、ラマトゥの根源からの『打ち直霊なおひ』が必要だべさ! ルースの野郎が眞理を胸に民衆ウタラを『導く』なら、わしゃこの槌で万象の嘆きの記述を『ひっくり返す』。……その腕枷鎖に刻んだ覚悟、この純陀が預かったべさ!」


 純陀は背後の武骨な黒い槌――思念金乃槌イレンカ ハマルをヤチホコの眼前に突き付けた。


「んだが、打ち直霊するにゃぁ、全く以ってこの『至純之水シパセ・ワッカ』が足りねぇべ」


純陀は砂の海の遥か東を己が槌で指し示す。


「この方角に、至純之水シパセ・ワッカさ携えた、砂の民の命脈、『彷徨える湖(ロプノール)』があるさ。したけどここんとこ、不自然に干上がり始めてやがるべさ。こいつが無くなりゃ、民衆ウタラは飢えと渇きでみんな輪を廻っちまう。おめぇさん達ゃ、その湖さどうにかして水さ持ち還ってほしいべさ!」


 純陀の話では、数十から数百の刻の周期で、砂の海を彷徨う「生きた水」らしい。

 

「したけど、アイツ(管理者)等が悪さしやがって、湖さ動けねぇべさ」


 純陀は、悔しそうに思念金乃槌イレンカ ハマルを握りしめる。


「……湖が、泣いているみたい」


 静かに口を開いたのは、最近、微睡の中に沈みがちであったスセリであった。


「吹き抜けしレラ運ぶ悲鳴、聴き取れしであるか……!」


 班勇が感心して頷く。

 

「ヤチ、ボクが行く。レラはね、ワッカを清め動かすの。……ボクたち『風』がやらなきゃ」


「しからばこの班勇、スセリ殿に付き従い、共に嘆く湖を救いに参りまする!


 力強く頷いたヤチホコは、灰白色のヒメを純陀の火床の傍らに静かに寝かせた。彼の槌と、微かではあるが響きあうのが観て取れた。

 

「……行きましょう。純陀殿、ヒメさんをよろしくお願いします!」


「純陀翁、オレは、そいつにまったく償い切れてない……。どうか、何卒……!」


ミケヒコは、跪き長揖して必死に願う。輝く右眼でミケヒコを見据え、頷いて笑みを浮かべる。


「……まかせれ! ひとつ……『輪を廻り』たくなきゃ、風を止めるんでねぇ。風さ 止まりゃ、すべて淀み、砂さ呑まれるぞ」


 ヒメを見守り純陀を手伝うキクリ。その横で、自責の念で胸を痛ませながら祈りを捧げるミヅチ。一頻り祈りを終えると、ミヅチは静かに顔を上げ、決意を秘めた瞳でヤチホコを見つめる。


「……おにいさま。湖は巨大なワッカ。きっとお役に立てると思うの。二人ともミヅチの為にこんな事に……お願いです、連れて行ってください!」


 腕枷鎖が赤銅色に力強く輝く。ヤチホコは、ミヅチの覚悟をくみ取って、優しく、そして力強く頷いて頭を撫でる。


「行きましょう、覚悟と共に!」


 班勇から、「ここ王子授乳せし大地(クスターナ)は、古の覚者と始祖王の守護により、管理者も迂闊に手を出せない」と聞き、ヤチホコ達は脇目も振らずに彷徨える湖へと雷鳥フミルィを飛翔させる。

 

「……思い出した。この気配。湖を救おうとしているのは、『風の王』だよ」


 呼応するように、スセリの周囲に透明な風が巻き起こる。

 ヤチホコは、彼女が強大な風と出逢うのを「僥倖」にしてみせると、心に、そして腕枷鎖に誓い東の空を見遣る。

 ミチヒメに氣力トゥムを爆発させてもらい、分厚い乱雲を抜ける。

 ヤチホコは、過る怨嗟の影を振り切るように、陽光(トカㇷ゚チュㇷ゚)煌めく紺碧の中、広がる雲海を切り裂いて翔け抜けさせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ