第17倭 覚悟の腕枷鎖、万象之鍛冶師純陀
其之壱 「桎梏之腕枷鎖」
灼熱の砂塵舞う中、ヤチホコは、刻を止め、色彩を喪った灰白色のヒメを抱き、班勇の案内でこの地に残る数少ない緑ある地を目指し、雷鳥の翼をはためかせる。彼が言うには、この先にある「王子授乳せし大地」と呼ばれる国に、万物を打ち直霊す鍛冶師がいると言う。
(ヒメさんは……モノや剣じゃない、それを一介の鍛冶師に一体何が……っ!)
諭すように、そして叱咤する様に、背中の剣は鈍色に煌めき熱くなる。
(……我が主、私を観て下さい! 想いを詠い力にする事こそ、『神謡者』。私と主、『ヤチホコ様』の折り重なりし姿です! 心を折るのが彼等の常套手段。共に参りましょう――希望を胸に)
そう、彼女は確かに、真輝銀に宿りて「生きる」女神。だがそれは、「根源」たる絶対的な力による奇跡。それすらも、魂あっての事。
「カンナ……ヒメさんは、魂自体が……。どうにか出来ますか……?」
カンナも言葉を喪う。「存在自体が無い」、そこからの回復は彼女の「法理」でさえ応えられない。
「……彼の地の名称……。それは、理の神威より、『喪き者』にされた赤子に与えし『大地の生命の息吹』に因むと、さる御方より聴きしなり」
班勇が、言葉を選びつつ静かに告げる。
「其は 『嘆く神威憐みし 鍛冶師によりて大地より生ず』。斯様に聞き及んでいる」
その刻ミチヒメに、前腕に装着した籠手を差し出された。
「……ヤチホコくん……。これは、わたしの師匠の一柱、セイリュウが宿る籠手よ。これから先に待つ『万象之鍛冶師』は、少なくとも、『輪を廻った』神威に器を与えられる御方よ。言ったよね、強さは『想念』で決まるの。――過ちを犯しても、前観て進め! あなたが希望なの! だからなのよヒメちゃんも! 踏み躙られても、叩き落されても、嗚咽の中、自分の掌で希望を掴み取り、拳を突き上げなさい! ……虚空だからじゃない、比武の刻、ヒメちゃんの心を……そして、『あの刻』、すべてを抱きとめてくれた、あなたなら出来るって、わたし、信じているわ!」
「すべてを喪い、這い上がり、己の拳で掴み取ってきた」ミチヒメの言葉に、ヤチホコは背負ったカンナを勢いよく引き抜く!
瞬間、夥しい紅蓮が華開き、雷鳥の内部を朱に染める。
ヤチホコが斬り伏せたのは……己の右腕だった!
「きゃぁぁぁっ! おにいさまぁっ!」
絶叫して卒倒しかけるミヅチを、慌ててキクリが抱きかかえる。
「こんのエパタイッ! 自分を傷つけたってヒメは還ってこないわ!」
ミチヒメは、愚行を目に、虚空に煽られた風が刻を凍らせ、次の瞬間、灰中の燻りを苛烈な業火へ燃え上がらせるように、己が想いを猛らせた!
ヤチホコは、思い詰めた表情で、睨む様に、己より溢れ出る緋色の滝を見つめる。
「……カンナ! 水の癒しを以って詠い給え! 快癒呪……!」
輝く剣から紺碧の光が溢れ、傷口と床に落ちた腕を包む。ゆっくりと浮かび上がった腕が静かに接合し始める。皮膚、筋、腱、靭帯、骨、そして神経……。
一瞬痙攣して、静かに指が動き出す。動きを確認して、激痛に耐え、荒げた息を整えて、ヤチホコは皆に深々と長揖する。
「みんな――ごめんなさい! 僕の認識が浅かったです。この『世界』では、『想念』喪わない限り……限界なんて、ありませんでした! これは僕の『誓いの楔』です。『外』の理に囚われそうになったら、これを見つめ思い出します……!」
左手の、「自由への封環」と対照的に、赤黒く右腕を染め、継ぎ跡を残し鈍く光る「桎梏之腕枷鎖」。右手を断ち切った事で、ヤチホコは、己の「自由」に逡巡しないことを誓った。
「何を以っても、僕はヒメさんの『想い』に応えます。皆さん、参りましょう」
今までの彼にあった「甘さと迷い」が消えた。しかし、それは管理者達とはまるで違う、「真なる優しさ」を実現するための強さへと、「鋳直し、打ち直し」たのであった。
「……ヤチホコ、見事な「鋳直し」と「打ち直し」でした。その覚悟、このオオトシ、魂に刻みて共に征きましょう」
静かに、しかし想いの熱を籠めてオオトシが頷く。
「……オオトシ兄。ありがとうございます。そして、ミチヒメさんのおかげです。流石は『導き手』ですね」
穏やかに、しかし力強い眼差しでオオトシを見据え、ミチヒメに向き直り、微笑んでヤチホコは応える。
「……ホントに大きな貸しよ。次やったら許さないから……! エパタイ(バカ)」
ミチヒメは、業火を鎮めながら一瞬ヤチホコを抱きしめ、安堵と己の想いを顕す。
(……想い……届いたの、かな……あぁもう)
「……『毒』も『薬』になるように、上手に遣うと良いわ。期待してるから、ね」
染まる頬を隠し、あらぬ処を観てミチヒメは伝えるも、どうやら当の本人には、全く届いてはいないようであった。
溜息をついて自分の座に戻るミチヒメ。入れ替わるようにミヅチが駆け寄る。
「おにいさまぁっ。ミヅチはもうこんなの嫌です、絶対! ほら……無理やり繋げたから傷跡が……ミヅチがお治しします……快癒……」
そっと小さな手を握りしめ、ヤチホコは優しく、しかし強い想いを籠めて伝える。
「ありがとうミヅチちゃん。でも、これは僕の誓いと覚悟の証。このまま遺させて下さい」
ヤチホコの、そしてミヅチの想いに応えるかのように、「桎梏之腕枷鎖」は赤銅色に力強く輝く。
(……スセリちゃん! 痛み、大丈夫でしたか……?)
一蓮托生呪を思い出し、そっとスセリを眺める。安らかに眠る目に、うっすらと潤いが滲んでいる。
(ごめんね……でも、この腕枷鎖に誓って、君も、ヒメちゃんも、世界のすべてを救ってみせます……!)
其之弐 「万象之鍛冶師純陀」
静かに覚悟したヤチホコは、雷鳥に嵐を切り裂かせて飛翔させる。すると、灼熱の砂塵の暴風が緞帳を上げた様に晴れ渡り、信じがたい光景が眼下に広がる。そこは、周囲の死せる砂の海とは隔絶された、古より神威に護られし、瑞々しい緑と清冽な恵みを湛えた河のある地――「王子授乳せし大地」。
「……虚空が、震えています?」
雷鳥から降り立った瞬間、ヤチホコはそれを観じた。それは、風ではなく、大地を揺るがす強烈な鼓動によって齎されていると。
「この音こそ、彼の方が槌打つ音でござりまする」
班勇に先導され、街外れの岩壁に穿たれた洞へ赴く。
「おにいさま、なぜかしら? ここはものすごく『熱い』ですの」
ミヅチの言う通り、清涼な空気を携える緑の地において、あまりに異質な「熱」。
(「鍛冶師」だからか。そして、火床の安全を考慮しての岩場……)
無骨な扉を開けると、最奥にある朱き咆哮を上げる炉の前で、洞全体を震わせ、己のすべてを注ぎ込むような「想い」で槌振る姿が観えてきた。
背は高くないが、その肉体は、鋼を幾重にも鍛造したように頑強で、逞しい二の腕には、複雑な文様が刻まれた腕輪をはめている。
たくわえた口髭の下、不敵な笑みを浮かべ、仕上げの一撃を振り下ろす。
――ガキィィンッ!
暗がりの中、鮮烈な火花を咲かせる。地響きが止まると、一瞬世界が止められたような静寂が訪れる。満足げな表情で無造作に槌を置き、手近な樽から一掬いした水を、最高の美酒を味わうように飲み干す。
「……この一杯、やっぱなまら美味いべや。誰かと思えば班勇さんかい。ないだってミチヒメちゃんも来たのかい? その、後ろさいる『バグだらけ』が、例のお客さんかい?」
「純陀おじさま、ご無沙汰ね。会っていきなり容赦ないのは変わりないわね」
苦笑してミチヒメはお辞儀をする。
「純陀翁、いかにも。彼こそが、世界の希望の虚空でありまする」
包拳の礼と共に班勇も伝える。軽く頷く彼の右眼は眼帯に覆われている。剝き出しの左は、世界の裏側まで読み取るかの如く鋭い。
「……純陀殿、はじめまして、僕は奴国のヤチホコです。この子の回復をお願いしたく……」
己の腕の中の灰白色のヒメを見せようと差し出した刻、純陀は、彼の右腕に刻まれ鈍く光る、「桎梏之腕枷鎖」を凝視した。
歩み寄る純陀は、物も言わずヤチホコの右腕を掴み上げる。
「……こりゃ、おめぇさん、『エパタイ』だべ? だども、不器用だけんど、最高に面白い『打ち直霊』だべさ」
「……わかるのですか?」
不敵に笑みを浮かべ、一瞬、遠き日を懐かしむ様に目を細めた後、深奥を見抜くような鋭い眼差しでヤチホコを見つめた。
「当たり前だべさ。わしゃ『万象』を打ち直霊す鍛冶師。……この腕さ、ただ繋いでねぇ。おめぇの想念さ金床に、理の通用しねぇ無理筋を、強引に『叩っ込んで』いるべさ」
現象を読み解くように、純陀は指先で鈍く光る継ぎ跡をなぞる。
「その左手の環は『貰い物の自由』、だが、右手のこいつは……自分の想いさ逃がさねぇために打ち込んだ、『桎梏之腕枷鎖』。……『己のすべてを捧げんとしても、奇跡を起こす覚悟の誓い』……だな?」
純陀は共感する様に笑みを浮かべ、次にヒメへと視線を移す。笑みを鎮め、職人の面持ちで真摯に見据えた後、右眼の眼帯を上げてもう一度、不思議に輝く……おそらく義眼で、万象を射貫くように見つめる。すると眼から眩い光が放たれる。その紅蓮の輝きは、ヒメを上から下まで舐める様に照らしていく。魂宿る心臓付近で、脈打つように光が止まる。
「こいつぁ……、身の丈を超えたチカラさ出したっけ、魂が散華し、氣力や霊力さ掌る『眞理乃命脈』が、あまりの『熱い想い』さ受けて焼き切れてやがる。こいつの打ち直霊は、おめぇさんの腕のように、筋や骨繋ぎゃ良いってのとは訳が違うべさ」
純陀は、さらに深淵を見極める様に、光を放ち見据える。
「……腕枷鎖の真の意味。おめぇさんが、不器用ながらやり遂げた、魂の根源からの『打ち直霊』が必要だべさ! ルースの野郎が眞理を胸に民衆を『導く』なら、わしゃこの槌で万象の嘆きの記述を『ひっくり返す』。……その腕枷鎖に刻んだ覚悟、この純陀が預かったべさ!」
純陀は背後の武骨な黒い槌――思念金乃槌をヤチホコの眼前に突き付けた。
「んだが、打ち直霊するにゃぁ、全く以ってこの『至純之水』が足りねぇべ」
純陀は砂の海の遥か東を己が槌で指し示す。
「この方角に、至純之水さ携えた、砂の民の命脈、『彷徨える湖』があるさ。したけどここんとこ、不自然に干上がり始めてやがるべさ。こいつが無くなりゃ、民衆は飢えと渇きでみんな輪を廻っちまう。おめぇさん達ゃ、その湖さどうにかして水さ持ち還ってほしいべさ!」
純陀の話では、数十から数百の刻の周期で、砂の海を彷徨う「生きた水」らしい。
「したけど、アイツ等が悪さしやがって、湖さ動けねぇべさ」
純陀は、悔しそうに思念金乃槌を握りしめる。
「……湖が、泣いているみたい」
静かに口を開いたのは、最近、微睡の中に沈みがちであったスセリであった。
「吹き抜けし風運ぶ悲鳴、聴き取れしであるか……!」
班勇が感心して頷く。
「ヤチ、ボクが行く。風はね、水を清め動かすの。……ボクたち『風』がやらなきゃ」
「しからばこの班勇、スセリ殿に付き従い、共に嘆く湖を救いに参りまする!
力強く頷いたヤチホコは、灰白色のヒメを純陀の火床の傍らに静かに寝かせた。彼の槌と、微かではあるが響きあうのが観て取れた。
「……行きましょう。純陀殿、ヒメさんをよろしくお願いします!」
「純陀翁、オレは、そいつにまったく償い切れてない……。どうか、何卒……!」
ミケヒコは、跪き長揖して必死に願う。輝く右眼でミケヒコを見据え、頷いて笑みを浮かべる。
「……まかせれ! ひとつ……『輪を廻り』たくなきゃ、風を止めるんでねぇ。風さ 止まりゃ、すべて淀み、砂さ呑まれるぞ」
ヒメを見守り純陀を手伝うキクリ。その横で、自責の念で胸を痛ませながら祈りを捧げるミヅチ。一頻り祈りを終えると、ミヅチは静かに顔を上げ、決意を秘めた瞳でヤチホコを見つめる。
「……おにいさま。湖は巨大な水。きっとお役に立てると思うの。二人ともミヅチの為にこんな事に……お願いです、連れて行ってください!」
腕枷鎖が赤銅色に力強く輝く。ヤチホコは、ミヅチの覚悟をくみ取って、優しく、そして力強く頷いて頭を撫でる。
「行きましょう、覚悟と共に!」
班勇から、「ここ王子授乳せし大地は、古の覚者と始祖王の守護により、管理者も迂闊に手を出せない」と聞き、ヤチホコ達は脇目も振らずに彷徨える湖へと雷鳥を飛翔させる。
「……思い出した。この気配。湖を救おうとしているのは、『風の王』だよ」
呼応するように、スセリの周囲に透明な風が巻き起こる。
ヤチホコは、彼女が強大な風と出逢うのを「僥倖」にしてみせると、心に、そして腕枷鎖に誓い東の空を見遣る。
ミチヒメに氣力を爆発させてもらい、分厚い乱雲を抜ける。
ヤチホコは、過る怨嗟の影を振り切るように、陽光煌めく紺碧の中、広がる雲海を切り裂いて翔け抜けさせた。




