6 せかいでいちばん好きな色
自分の部屋に連れ帰られた私は、ひと心地ついてソファでのんびりしています。
「あれで二人ともリーベル教は破門。王位継承権もずいぶん下の順位へ落とされるでしょうね」
アリシア様にいたっては、たとえ側室であっても王族はもちろんどこの家への嫁入りも絶望的だろう。
すでに乙女でないのだと大衆の目の前で公言してしまったのだ。しかも自分で。
もう言い訳の仕様もないし、そんな事実が広がってしまった娘を迎え入れる家はそうそうない。
「……使わなかったのね、毒薬」
「当たり前ですわ」
「捨てると言ったでしょう? 捨てましたよ」
オティーリエとオリーブが呆れた声を返してくる。
だって、どう処分したのか教えてくれなかったから。
「エマお嬢様」
ふいに、オティーリエが目の前に腰を落とし、膝に置いていた私の左手をそっととった。
紫色の綺麗な瞳が、まっすぐに向けられる。
その真剣なまなざしにまじめな話をしたいのだろうと、聞く姿勢をとった。
「お嬢様……私たちの為に、好いていない人に恋したふりをしなくていいんですよ」
「っ……、なに、を」
思わず目を見開いてしまう私の前、今度はオティーリエの隣にオリーブが腰を落とし、私の右手を取って言う。
「俺たちの国を、取り戻そうとしたのでしょう。無茶すぎる」
「………」
――あぁ、気付かれていたのか。
思わずきゅっと唇を引き結んだあと、はぁと小さくため息が漏れた。
降参だ。
「お見通しなのね」
「あんな馬鹿王太子に恋するなんて、違和感ありまくりです」
「オリーブは厳しいわね。あれでもモテるのよ?」
「あらぁ。うちのお嬢様は、顔と身分しか見えないような浅はかな方ではありませんわ。絶対に」
「う……まぁ、そうなのだけど」
本当は、アレッサンドロ様にときめいてなんていなかったのだと知られていたらしい。
彼の婚約者になれて喜んだふりも。
彼から手へ口づけを落とされて恥ずかしがったふりも。
きっと最初から全部ばれていた。
「……」
私は私の前に膝をつく二人の頭に手を伸ばす。
髪を強く引っ張ると、パチンパチンッと留め具が外れる音がした。
そうして外れたの茶色い髪の鬘を、ぽいっと後ろに放った。
鬘の中から零れ落ちたのは、オティーリエとオリーブの本当の髪……艶のある銀色の美しい髪だ。
夜空にきらめく星のような髪。
薄紫の瞳と合わせて、私の世界で一番好きな色。
十年前に消えた国の、王族の血の証の色。
二人は今は亡きレジータ国という国の姫と王子だった。
この国との戦争に負け、奪われ消えてしまった一つの国の王族。
大好きな髪をそっと手ですきながら、懺悔する。
「……私が王妃になれば、二人の国の領土返還の為に動けるのではないかと思ったの」
「だと思いました」
オリーブが呆れたみたいに肩をひょいとあげて。
「ふふっ」
オティーリエが嬉しそうに口元に笑みを浮かべる。
大好きで大切な二人に、故郷を返してあげたかった。
私が世界で一番大好きなこの銀色の髪を、隠すことなく外にでられるようにしてあげたかった。
公爵家の娘程度の身ではどうしようもない夢。
でも王妃ほどの権力をもてば叶うかもしれない夢。
アレッサンドロ殿下に告白された瞬間、もう二度とないくらいのチャンスがきたと思った。
だから無邪気に喜んで、王子に恋したふりをして、王妃の座を受け入れようとした。
アリシア様に嫉妬してみせた。本当は、二人の恋仲なんてまったくもってどうでもよかった。
そもそもが望みを叶えるため、彼との婚姻を利用しようとしたのはこっちもだ。
双子のかたきである国の王族と結婚するのだから、彼らに見放される覚悟だったけれど。
それくらいの決意だったから、たとえ第二妃がいても正妃になるのをやめようとは思わなかった。
でも怒るふりをしていないと不自然だと思ったの。
なのに双子は私の気持ちの全部を察して、アレッサンドロ殿下の王太子位がはく奪されるように仕組んだのだ。
私を道具としてだけの妃にさせないためだけに。
生まれた国を取り戻せるチャンスを、放り捨てた。
「俺たちは今ここに、あなたのそばにいる現状に満足しているんです。だからあんな奴と結婚なんてもう言い出さないでください」
「私たちの唯一の人。どうかあなたは、あなた自身の幸せのために生きてくださいな」
私は、ただ森の中で行き倒れていた彼らを拾っただけ。
無一文だった彼らに衣服と食事、そして居場所を与えてほしいと父に頼んだだけ
二人が亡国の王子王女だと知ったあとも、変わらずに一緒にいただけ。
とくに凄いことをしたわけじゃない。
なのに信じていた人の裏切りにあい、家族も国も消えてしまい、何もかもを失ってしまって絶望していたタイミングで手を差し伸べた私は、二人にとって絶対的な存在になってしまった。
自分たちのすべてを奪った国の人間の私を、大切にしてくれる。
真摯に支えてくれる二人に私もなにかを返したくて、王妃になれば彼らの故郷の復国ができるかもと企てたのだけど。
「……わかったわ」
今回は諦めよう。
悔しいけれど、ここまでされてはどうしようもない。
「お父様に、婚約は破棄していただきましょう。アレッサンドロ殿下が大声で告白してくださった内容はもう耳に入ってるでしょうし。さすがに許可してくださるわね。そろそろ帰宅されるでしょうし、そうしたらすぐにお話しできるよう、もうお部屋の前で待っていましょうか」
「かしこまりました」
両手を握った二人に恭しく導かれ、私はこの婚約から手を引くことにしたのだった。
* * * *
婚約破棄を公爵家当主に願い出るため、執務室に入ったエマを双子は部屋の前で待機していた。
すでに髪には鬘を装着していてなんの変哲もない茶髪へ戻っている。
染めた方がばれにくいのだけど、この銀色の髪をこよなく愛する主にいつでも見せられるように二人は鬘という選択肢をとっている。
扉の前でエマが出てくるのを待ちつつ、二人並んでいたところで、妹のオティーリエがぽつりとつぶやく。
「本当は私がお嫁にもらって、幸せにしてさしあげたいのですけど。女の身では叶わないので、せめて真っ当な男性に嫁げるようにお手伝いしないと」
ピクリと、兄のオリーブが反応した。
「……安心しろ。俺が近いうちに貰う」
「あらぁ、お兄様ったら何を馬鹿なことを」
「ふん。幸い公爵様は俺達の血筋を絶やしたくないようだしな。何か功績をあげて貴族位を得られれば、考えてくださるだろう。エマ様の上に五人もご兄妹がいてよかった」
「はぁ? 十年間も片想いをこじらせ何も出来ないままの意気地なしに、エマお嬢様を渡すわけありませんわ。公爵様が許しても私が許しません」
「お前は冗談がうまいな」
「お兄様は寝言がお上手ですねぇ」
「ははははは」
「ふふふふ」
火花飛び交う双子に、主である少女は気付かないままなのであった。
公爵家の娘であり、年頃になっているにも関わらず、いまだ彼女に相手がいないのは、間違いなく見る目の厳しい侍女と防御妨害の徹底した護衛のせいである。