読み書き算盤
読み書き算盤。
当然、この世界には算盤などなく、現代日本でも今となってはもう見ることがほぼ無い。
小学校で教わっていた時代もあったのだが、今の子供たちは確か電卓を習っていたような...。
閑話休題。
俺が今、何故にこんな思考になっているかと言うと...。
「お仕事も大事だけれど、将来のためのお勉強は、もっと大事だと思うの」
俺は今、ラナさんからお説教を受けていた。
いや、まあ。
ラナさんの仰ることは御尤もなので、反論の余地はない。
のだが、少し遠くを見つめて、現実逃避をしてしまった。
「聞いてますか? アッシュさん」
「あ、ああ。勿論、聞いていますよ」
「では、どうお考えなのですか?」
ほんわか笑顔でぷんぷん怒る、という器用なことをしながら、ズズズっといった感じで間合いを詰めてくるラナさん。
三児の母とは思えないくらい若々しい美人さんに詰め寄られて、思わず仰け反る俺。
「えっと、その。そもそもの、この三人娘こども園についての当初の構想は、覚えておられますよね?」
「ええ。当然ですわ」
「で。その中に、三人娘と五人の子供たちへの教育も兼ねて、同年代の子供たちを集めた勉強会を開く、といった構想についてもお話ししました、よね?」
「そう、それです!」
ラナさんが、更に、詰め寄って来る。ので、とうとう俺は、壁際まで追い込まれた。
こども園の、遊戯室の、子供用の長テーブルの、そのすぐ側のフローリングの床。
朝のお子様受け入れラッシュが終わった後の一休みの際に、ほぼ俺の定位置、となってる場所から程近い位置にある、壁際へと...。
子供用のかなり低めの長テーブルと小さな椅子には、三人娘と三姉妹が向かい合って座り、そんな俺とラナさんを、不思議そうな表情で眺めていた。
小さなお子様のお世話にもすっかり慣れた、余裕の態度で、すっかり寛いでいる。
三人娘も三姉妹も、自分たちの事だとは考えていないのか、他人事の雰囲気だ。
「寺子屋、でしたっけ? ここは教会ではないので、そのネーミングはどうかと思うけど」
「あ、いや、いや。こども園のこども学校とか、こども塾とか」
「う~ん。学校というのはお貴族様とかが行くイメージがあるから、こども塾?」
「で、では。三人娘こども園の三姉妹こども塾、で」
「あら、良いわね」
「...ははは」
「で、いつから始めます? 今日から? 今から? 準備は?」
「え、ええっと。どうしましょう?」
「先生は、誰がしますの? アッシュさん? 私? うん。リナちゃん、でも良いわね...」
「そ、そうですね。三人娘と三姉妹は、教える側か教わる側かは別にして、全員参加ですから、その間のこども園の小さな子供たちのお世話係をどうするか...あれ?」
「どうされました? アッシュさん」
「あ、いや。あはははは。そのために雇っていた人のことを、すっかり忘れていました」
「あら、そうですの?」
「ええ。うちの執事であるトマスの推薦で、キャロラインさんを雇っていたのですが、すっかり忘れてました」
はははははは、は。
そういえば、キャロラインさんのことを、すっかり忘れていた。
月給制で、こども園での保育士もしくは教諭の仕事のみ、という条件での雇用契約を結んでから、俺の屋敷で主に五人のお子様たちの世話をしていた筈なのだが、こども園では見た事がない、よな。
何処に行った、キャロラインさん。
ん?
そういえば。トマスは、屋敷に居るのか?
という事は、キャロラインさんも、屋敷、だろうな。
良家の子女でお嬢様な人らしいのにアグレッシブで抜け目のない女性でもあるキャロラインさんに、トマスがカモにされているのではと心配していたのだが、俺も、カモられているような...。
「まあ、そういう訳で、必要な人手は確保済みなので、昼間は、三人娘と三姉妹に同年代の子供から希望者を募って、三人娘こども園で三姉妹こども塾を開きましょうか?」
「ええ。それでお願いしますわ」
「了解です。が、ところで、ラナさん」
「はい、何でしょうか?」
「こども塾への参加を希望しそうなお子様に、心当たりはありますか?」
俺は、ニヤリと、意図的にあくどい笑いを浮かべて見せる。
それに応えて、ラナさんも、ニヒルな笑いを浮かべ、ようとして失敗していた。
「そうですわね。協賛金を出してくれそうな、子供のいるお店をあたってみようかしら...」
「是非、お願いします、ラナさん」
「ええ、お任せくださいな、アッシュさん」
「頼もしいですね。それでは、明日から開始で、大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
「では。明日から、開講としましょう。三姉妹こども塾」
と、いう訳で。無事、ラナさんの追及も、躱すことが出来たのだった。
そして。明日から、三人娘への初等教育も、開始することが決まった。
つまり。めでたくも、拡大解釈こども園の学校機能が開講する、という事になったのだった。




