↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/59

休暇の後と墓前のミルク

そこは、世界の外側にある場所。


空はどこまでも透き通り、光そのものが空間を満たしていた。

地平の果てまで色とりどりの草花が咲き乱れ、赤、青、黄色、紫、人間界では見たこともない花々が、風もないのに柔らかく揺れている。


花びらが舞うたび、細かな光の粒が宙へ溶け、まるで星そのものが地上へ降りてきたかのように、辺り一面がきらきらと輝いていた。

その中心には、金と白で造られた大きな噴水がある。


柔らかな光を纏った水が静かに湧き上がり、その縁には一匹の巨大なフェンリルが伏せていた。

その身体に寄りかかるように一人の少女が眠っており、長い髪はフェンリルの毛並みに流れ、その傍らでは妖精たちが楽しそうに飛び回っている。


やがて、寝ていた少女が目を覚ます。


「……ん」


眠たそうに目を擦り、紫の瞳を細めながら顔を上げれば、妖精たちが顔を見合わせ、クスクスと笑っている。

そのままゆっくりと身体を起こすと、妖精たちは好き勝手に噴水や花へ舞い降り、小さな指先で水面や花を揺らして遊んでいる。


ちゃぷん。


波紋が広がるたび、光の粒が水面から舞い上がり、きらきらと目の前を漂っていく。


小さく欠伸をして立ち上がると、果てが見えないほど広大な神界が眼下に広がり、その遥か下には、数え切れないほどの管理者たちが見上げていたが、一斉に頭を下げる。


「「「おはようございます。創造神さま」」」

「えぇ、おはよう。皆、それぞれの持ち場へ戻りなさい」

「「「はい」」」


一斉に返事が響き、管理者たちが消えると、また静寂が戻ってくる。


階段を一段下りるたびに足元から花が咲き、周りでは妖精たちが楽しそうに飛び回っていて、その隣にはフェンリルがゆっくりと歩きながら付いてくる。


歩くたび、足元から色とりどりの花弁が舞い上がり、まるで後を追うようにふわふわとついてくる。


階段の途中で足を止め、フェンリルを撫でていると、聞き慣れた声が下から響いた。


「今回の休暇はいかがでしたか?」


「そうですね? んー、多分、楽しかったと思いますよ」


「また、あの双子を使ったんですか?」


「ええ。魔核金融を任せるには、ちょうどいいので。また休暇の時は利用しますよ」


「あの双子をお許しには?」


「しませんよ。あの子たちは、すぐに調子に乗りますし。名前を返したら、また世界を何個壊すことやら」


「なるほど。だからあそこまで雑な通称をずっと使っているのですね」


「雑ですか?名無しの権兵衛、ななしの・ごんべいを、ななごん・しのべいって素敵ですよ?」


「そういえば、私が寝ている間に異変などは?」


「かしこまりました。報告をさせます。上級管理者LLM-9、報告を始めなさい」


数段下の階段にいる、LLM-9へ視線を向ける。


「現在、五十ある世界のうち、一つは魔王の消失により維持が不可能となっております」

「……」

「二つの世界が現在調整中ですが、こちらは終焉へ向かう可能性が高いと判断しております」

「そう、続けて」


手のひらでフェンリルを撫でながら、報告を聞いていると、

「そして反対に、一つの世界において、オリジン運命乖離率一〇二パーセント越えを確認」


「あら?珍しいですね、一〇〇パーセントを超えたのですか?」


「はい。その後、オリジン運命乖離率九八パーセント、五〇パーセント越えが続々と確認され、新たな世界を作成いたしました」

「……そ、そう。もしかして私のせいかしら?覚えていないのですが」

「いいえ。創造神さまが何をなさろうとも、創造神さまがお作りになっている世界です。何も問題はございません」

「ありがとう。下がっていいわ」

「かしこまりました」


「さて……」

フェンリルの毛並みに手を添え、歩き続けると白いテーブルと湯気が立ってるカップ。

椅子に座りながら、数多ある世界を眺めていると一つの世界が少しだけ気になった。そして、起きる前まで人間として遊んでいたことが、なんだか不思議に思えてくる。


「サリー」と呼ばれていた頃のことは、今では遠い昔のようだった。

花に映る世界、水面に映る世界、ガラス玉に映る世界、様々な世界を見ながら、言葉が漏れる。

「人間に、永遠の――私は、何を考えていたのでしょうね?」


笑っている者、泣いている者、怒っている者、誰かを愛し、誰かを憎み、裏切り、それでも誰かと手を取り合って生きている。


「ねぇ、ネメシス、私は何故永遠の命などを与えようと?理由わかります?」


「さぁ?創造神様が預けた記憶の中身は知りませんよ。双子から引き出しをしたらいかがですか?」


「いいえ、やめておきます」


「左様ですか、今回の休暇は楽しめましたか?」


「えぇ、とても。記憶は無いですが、ふわふわと温かい気持ちがまだ続いてて、楽しかったのは間違いないです」


「別に、創造神様ならわざわざ双子を使わなくても問題ないでしょう?」


温かい気持ちのまま、再び数多の世界へ視線を戻しす。

「人間とは、とても愛しき種族の一つです。だからこそ――他の創造神のように、間違えて愛し過ぎ、狂ってはいけないのです。結局、神も人も悲劇で終わります」


「……」


「人は、輪廻転生の中で笑い、怒り、傷つき、それでも愛する者と歩くからとても愛おしく素敵なの」


その答えに辿りつくからこそ、


「永遠の命なんて、くだらない物を……私が間違えて与えないためにも、魔核金融は必要よ」


人間が人間として生きることが幸せなのだということは知っているのに、離れたくないからと自分勝手に人を管理者や神にするなど……私を神にしたアイツと同じではないか。ムカつく。


しばらく見ているとまたひとつの世界で指を止めた。

「どうかしましたか?」

「いいえ、ただなんとなく、この世界が幸せになってほしいと思ったのですが」

そう言いながらも、既に他の世界に目を向け、

異常がないかをフェンリルを撫でながら観察をした。

ネメシスは、何も言わず微笑み、創造神が幸せになって欲しいと思った世界に対して僅かに指を動かす。

「祝福とかお渡しになられたどうですか?」

「祝福ですか?んー争いの元ですよ?色々と」

「2杯目はミルクを入れてどうぞお飲みください」

「ありがとう、ネメシス」


創造神が他の世界を見ている時、ネメシスは、

必要な時に、必要な人と出会う。

あと一歩届かなかった場所へ、偶然手が届く。

人生を激変するほどの幸運ではない。

寿命を伸ばす訳でもない。

ただ、ほんの少しだけ、生きやすく幸せに、そして前を向けるように、

「これも、神の特権ですからね。幸運5パーセント上昇」

「どうしましたか、ネメシス」

「いいえ、別に」

ネメシスは、いつものように微笑んだ。

紫色の瞳を持つ彼女には、もう一人の人間を特別に思う色はない。

それでも、ネメシスだけは知っている。

かつて、その人間の隣で笑っていた少女を。

そして、その少女が預けてしまったものを。


-☆☆☆-


一つの世界のとある墓地


「やっぱりここですかー、リーダー」

振り向くと、チーム仲間のネロが立っていた。


「あぁ、今日は、サリーの命日だからな」

「リーダーあの従魔犬は確かに可愛いかった……いや、俺をいつも噛みやがって。顔は可愛かったが、行動は可愛くねぇ」


「お前が、色々イタズラするからだろ?サリーは、とても賢く可愛かったぞ。俺らには特別な存在だっただろ」

「あいつは顔は可愛いが性格は悪いヤツでした」

「ネロ……全くお前は……素直じゃないな」

「素直ですよ?俺はいつも素直~」

「なら、その手に持っているのは?」

「ミルクぐらいは持ってきますよ。墓参りで流石に手ぶらは……ね」


そう言ってネロが墓前に置いたミルク瓶は、隣街の魔羊牧場でしか買えないサリーがとても大好きな直販品だった。


(わざわざそこまで買いに行くお前は、やっぱり素直じゃないよ)


「ワン!」

(ミルクありがとう、グレン!ネロ!みんな、早く深淵行こうよ!)


「「えっ!?」」


二人が同時に振り返ったが、そこには墓と木々があるだけで、さわさわと微かに緑が揺れているだけだった。


ネロもキョロキョロと周囲を見渡し、それから頭を搔いた。


「リーダー、なんか聞こえました?」

「……」


(そうだな。なんで忘れてたんだろうか。深淵に行くと俺が言えば、アイツは尻尾をはち切れんばかりに振り回して、早く早くーと俺のズボンを引っ張って……)


「あぁー、そうだな。サリー、深淵行こうか」

「えっ? リーダー!?」

「ネロ、悪かったな。みんなも、よくこんな俺を2年も待ってくれて」

「えっ? えっ? えー!!なら、リーダー!」

「あぁ、行くぞ。深淵攻略再開だ!サリー、待たせたな」

俺は、紫色の宝石が嵌め込まれた黒曜石のブレスレットに触れた。


「深淵攻略、再開だ」


「はい!俺、ゼルクやエドガーに先に伝えてくる!ゼルクなんて貴族連中からずっとまだかまだかって胃も頭もハゲかかってたから」


「不甲斐ないリーダーで悪かった」


「まぁ、あのワンコロが居ないとつまんねーのは認めるよ、アイツらもここに来るのにミルク買ってたし。じゃ、リーダー先に行くよ」


昼下がりの柔らかな光の中、二人の足音が墓地を離れていく。


その後ろで、供えられた小さなミルク瓶が、静かに陽の光を受けていた。

男は空を見上げる。

そこには、紫色の優しい夕日が流れていた。

これにて、完結です。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。