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第四十六話:襲来

 ゲホゲホ

「イテテッ……」

 喉がなにかを吸い込んだのか、己の()き込む音で僕は目を覚ます。ゴロゴロとする瞳をなんとかこじ開けて周囲を確認しようにも粉塵(ふんじん)があたり一帯を包んでおり状況がまったく把握できない。眼前に広がるのはガレキばかりで、どうやら僕はその山の頂上にいるみたいだ。あの一室が何階だったかわからないけれど高所より落ちたはずなのに見立てでは無傷なことが不思議でならなかった。

(あの市松人形の化け物はいったいなんなんだ、それに代表はどこに――)

 グニャ

「ひゃッ?!」

「…………」

 身を起こそうとガレキに手をついたはずが柔らかいものに触れて、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。おそるおそる下方をうかがってみれば、ついさっきまで尋問を行ってきていた代表が僕の下敷きとなっていた。

「だ、大丈夫ですか!?」

「そ、……その声は一朔(いっさ)くんか。安心してくれ……受け身を取ったから心配ない」

 口では気丈にふるまってくれるもののどこをどう捉えても代表は満身創痍(そうい)だ。破片に足を取られつつ山を崩すまいと気をつけつつ用心しながら立ちあがって、とうに息も絶え絶えな身に話しかける。

「大丈夫じゃないでしょう。しっかりしてください、立てますか?」

「こ……こんなみっともない姿をまじまじと見ないでおくれ。自分のことくらい自分で――うっ」

 余裕そうに格好つけていたのもつかの間、よほど当たりどころが悪かったのか代表はまもなく気を失ってしまった。おずおずと頬を幾度かペチペチ(たた)いてみるけれど反応は一向に返ってこない。

(…………、参ったなこりゃ)

 こうなっては仕方がなかった。僕は代表の肩をどうにか担いでこの場からの脱出を試みる。幸いガレキの山は瓦解する兆しを見せず、滑り降りる要領を用いて地に足がつく。建材が散らばるなか安全そうな片隅を探し出してそこに代表を引きずり横たわらせた。

「ふう」

 一息つくのと同時にそういやちょっと前に似た出来事があったな、と僕は思い出す。たしかあれは陸斗(りくと)と初めて遭遇したときだっただろうか。目の前で失神されて三八(さんぱち)が頭と肩を、僕が腰と脚を持ち保健室まで運んだ記憶がよみがえる。あらためて比べると素の体力がついてきている自分がいた。

 だが――事態はそう感慨にふける猶予すら与えてくれないらしい。

 突風により粉塵がすこしずつ晴れて、徐々に外界の様子が明らかとなり僕は驚きの声をあげる。

「急げ!! “ヤツ”は周辺施設に甚大なダメージを及ぼすつもりだ、ここで進行を食い止めるぞ!!」

「そんな……私のマンションが壊されちゃった。ローンが二十年残っているのに」

「わかりました!! おらァ、これでも食らえ!! ……な、なんだと?! 危険です――このままでは」

「おかあさんいたいよぉ。おにんぎょさんはなんでこっちに――」

 中学二年生である己が目撃したもの。それは黒服の集団が先ほど部屋を(のぞ)き込んできた化け物と交戦を行っているという惨状だった。背の丈はゆうに十数メートルを超えているだろうか、巨大な上肢(じょうし)を振るい周囲の建物をなぎ倒し破壊のかぎりを尽くしている。黒服たちは銃や重火器で応戦を試みているけど化け物相手にほとんど効果はないのか一方的な蹂躙(じゅうりん)を抑え込めていないみたいだ。

「逃げろ、もう火の手がすぐそこに迫っているぞ!! この先にある公園へ避難を呼びかけるんだ!!」

『キャハハハハハハハ!!』

 まるでクモの子を散らすように逃げ惑う住民とは対象的に、僕はただ立ち尽くすしかなかった。これは本当に現実の光景なのか。ひょっとしたらタチの悪い夢でも見ているんじゃないだろうか。

 ふと、巨大な市松人形はゆっくりとこちらを振り向く。黒一色に塗りつぶされた眼窩(がんか)と目が合うなり化け物はニヤリとほくそ笑み僕のほうへじりじりと迫ってきた。マズい、このままじゃ――。

 ズキャンッ

『キャッ……!?!?』

 巨大な足で今にも踏みつけられそうな紙一重のタイミングだったと思う。身をこわばらせ構えていると何者かの影が間に挟まり、市松人形の下肢(かし)を軽々とはじき飛ばし宙に浮かす――(みさお)さんだ。

「お、おばあさん?! なぜこんなところに」

「たわけ。ボーッと固まっておる暇はないぞ、一朔。そなたは急がねばならない」

 拝み屋のおばあさんが突然合流してきて僕は驚きを隠せない。化け物とて反応は同じみたいで、予期せぬカウンターにひるんだ様子が見て取れた。操さんは目標に注意を払いながら口を開く。

市松(いちま)さんの狙いはおそらく猫又(ねこまた)であろう。こうなった以上、私たち二人で対処する必要がある」

「ぼ……僕の猫又が標的ってなんなのですか? それに対処なんてどうすればいいのかさっぱり」

 おばあさんは表情を苦渋と(おぼ)しきものへと変えて、無理にしぼり出すような声色でこう続けた。

「そなたに施された、猫又をいまだしばる強固な儀の痕――これより、その封印の限定解除を試みる」

 

 

 八月六日の、夕間際の出来事だった。

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