31、昇華 sideクリード
ローザの生体反応が弱くなっているのを感じて、急いで公務を終わらせて帰ってきた。
王城内は、防犯の為転移魔法が使えない仕様になっているから歩くしかない。苛立ちを隠せず、歩きながらも、どんどん弱くなっていくローザの反応に気が気じゃなかった。
あと少しでローザの部屋に着くと言うところで、急に膨大な魔力を放出している魔法使いがローザの部屋にいる事を察知した。
一瞬にしてローザの部屋に入ってきたので、転移魔法かと思うがそうじゃない。転移魔法は先程も言ったように使えない。暴風並の速度で飛行してきて、王城前で魔法を完全に切り、余力でローザの部屋に飛び込んだようだ。
これなら王城のセキュリティにも引っかからない。
この国は魔法使いしか暮らせない。なのでこの城のセキュリティは魔力感知するものが多い。魔法を完全に切る事は本来は不可能な筈なのだが……。
相変わらずぶっ飛んだ発想だ。
普通の魔法使いなら難しいだろうが、天才的なセンスを持つ彼女なら可能だろう。いつも謎の計算式を編み出しているが、答えは必ず合っている。
飛行高度と速度、魔力を切るタイミング、落下速度、ローザの部屋の位置、全てを計算に入れ適切に処理し、寸分も違うことは許されない芸当だ。こんな事が出来るのはアリシアしかいない。
以前とは違う魔力を帯びているようで最初は警戒したが、こんな事をしでかすのは、彼女しかしかいないだろう。とりあえず不審者ではないと、肩を撫で下ろした。
何故かアリシアが到着したら大丈夫だ。と言う不思議な気持ちが芽生えた。ぶっ飛んではいるが、アリシアはローザを姉のように慕っている。
実際、その魔法使いが現れたのを感じてから、ローザの生体反応は減っていない。それどころか少しずつ強さを増している。ローザは助かったと思うと同時に現れた魔法使いに心が踊る。会うのは2年以上ぶりだ。早く会いたい一心でスピードを上げローザの部屋の前に着いた。
「ローザ!!」
ノックもせずにレディの部屋に入るのは普段ならどうかと思うが今は緊急事態なので許して欲しい。
そこには、眠そうにしているローザと懐かしい人がいた。
俺の声に驚いたのか、ローザと話していた懐かしい人はびくりと反応して振り返ってきた。
変装のためか茶色い髪をしているが、驚いた表情の後にふわりと懐かしむ様に笑うアリシアは変わらない。見間違える事はなかった。
俺もその笑顔に、何の含みもない笑顔を返した。
数年会わなかっただけで、少女から女性へと変わったアリシアは何処か知らない人にも思えた。少し距離を感じる。
あんなにも一直線で余裕のなかったアリシアは、今では何処か余裕のある大人の女性になっていた。
ふわりと笑ったアリシアは艶やかで、落ち着きもある。
やはりあと数年待てたら、アリシアは王子妃として向き合えだろうなと俺の予想は間違いではなかった。
けれど、あの頃の俺への熱を帯びた目は形を顰め、もう過去になってしまったのだろう。
今は俺に対して恋愛感情はなく、残っているのは家族を見る様ないつくしみだ。
アリシアの中で俺は過去の存在になってしまったのだと言葉を交わさなくても分かる。それくらいに俺はアリシアを見てたんだと改めて思った。
あの時、アリシアが俺を忘れるために姿を隠したのはわかっていた。
だからここに戻って来れたのなら、気持ちが切り替えられているのだろうと言うのも分かっていた。
その後の報告も聞いている……。
アリシアの服装を見ればよくわかるしな。
この独占欲の塊の様な装備は……。アリシアの魔力が変化したのかと思ったが、変化したのではなくラルフの魔力を帯びているローブが原因だった。そばにいなくても全力で守ると意志が感じられる凄い魔道具だ。
アイツって結構嫉妬深いんだな。飄々と伝説級の魔道具を作る変人で、魔道具が恋人なんじゃないかと思っていたが……。人は変わるものだな。
アリシアの気持ちも変わってしまったのは仕方が無い。
アリシアにどうしても恋愛感情を忘れてほしくなければ、無理矢理会いに行けばよかった。それで、俺の気持ちを伝えれば良かった。かなり困難だっただろうが、ローザやダグラスも協力してくれただろう。
それをしなかったのは俺の選択だったのだ。今のこの状況は必然だったのに、ほんの少し残念に思ったのは俺のエゴだろう。
結局俺はアリシアの為と言いつつ、この国の安寧をとったのだから、アリシアに今更どうこう言えたものじゃない。
それに最後まで残っていた感情は、きっと会えなかったから残っていたものだと分かる。今の大人になったアリシアを見て、ほんの少し残っていたアリシアの想いは形をすぐして消え去っていった。こうして俺も恋を断ち切る事が出来、それは過去になった。
それに……。
少し不安そうにしているのを隠しながら、それでも気丈に振る舞うローザがこちらを見ていた。
困った様な顔をしているのは、俺にアリシアの想いがほんの少しでも残っていたのを感じたのだろうか?
相変わらずローザは相手の機微に敏感だ。
ローザは隠すのが上手いので俺への気持ちはわからないが、少なからず思ってくれているのではないかと邪推している。
この数年、アリシアも成長していたが、オレ達の関係性も少しずつ変わっていった。
ローザは俺に無理してアリシアの事を忘れなくていい。兎に角アーレン王国の為に2人で頑張ろうと言うスタンスだった。
様々な横槍を入れられつつ、ローザはかなり大変だっただろう。
俺もなるべく盾になっていたつもりだが、ローザの方が大人で先回りが上手い。魔力以外は助けられることのほうが多かった。
これは使命だと言わんばかりに頑張るローザを見ていて、俺の心境が少しずつ変わっていったのは、時の流れだろうか。
お互い何も言わなかったが少しずつ距離が縮まっていたのは2人とも感じていたと思いたい。
今回、アリシアと再び会えた事で俺の気持ちは完全に昇華できた。アリシアも別の幸せを掴んでいる。
アリシアと今更、昔を掘り返すのも無粋な話だ。
お互い笑顔を返した。それだけで、オレ達の恋は完全に終止符をうった。
「いきなり驚いたよね? ごめんね? ちょっと急いでて、レディ達の部屋に入る紳士じゃなかったな。
アリシア……久しぶりだね。元気そうで何より」
いつもの俺を装って声をかけた。
「うん。久しぶり。クリードは少しやつれてる?
何も知らなくてごめんね」
「いや……これが俺の役目だから。寧ろ不甲斐なくてごめんな。アリシアも忙しいだろう?」
「ふふふ。そうだね。でも家族は応援してくれたよ!
だから大丈夫!!」
「そうか。きてくれてありがとう。助かった」
「なんだか、他人行儀でやだな。私達みんなの仲でしょう?
私なんて何度助けられたか、わからないよ?
そう言うの無しで!!」
まずはローザの治療のお礼だ。俺が真摯に頭を下げようとするとアリシアに苦笑されながらも止められた。
久々なのもあって変な距離感になってしまった。
これには少し時間がかかりそうだ。
「本当に助かったわ。ありがとうアリシア。私からも何かお礼したいけれど、とりあえず、私……眠いから少し寝るね? 久々に会ったんだし2人で積もる話でもしたら?」
「そうだな。でもその前に……」
ローザが気を利かせてか、そう言ってきた。
ローザを見ると確かに、睡眠が必要そうだ。
俺は急いで、ローザのそばまで来た。
アリシアは自然と俺にベッドサイドの場所を譲ってくれた。
俺はベッドサイドに跪いてローザと目線を合わせる。
少し驚いた表情のローザを見て、俺は言いようのない焦燥感にかられた。
ローザは俺の気持ちには気づいていない。
人の機微には敏感なのに自分に対しての好意にはセンサーが働かないらしい。
随分と華奢になってしまったローザの手を取る。
アリシアがやってくれただろうが、俺も回復魔法をかけた。
気休めかもしれないが何かしたかった。魔法をかけながらローザに声をかける。ローザが少し戸惑っている。そんな姿も愛おしいと感じていた。
「ローザ……本当ごめんな。今朝、全く気づかなかった」
「ふふふ。私こそごめんなさい。クリードに公務をちゃんとして欲しくて、ちょっと見栄をはっちゃったわ。気づかないのも仕方ないの」
「それでも……」
「私もまさかこんなに酷くなるとは思わなかったの。
こうして助かったんだから、もういいじゃない。
気に病まないの」
「アリシアが来てくれなかったら……ゾッとした……。俺をおいていくつもりだったのか?」
「…………そんなつもりじゃなかったけれど……少し諦めていたのはあったかも……ごめんなさい」
「うん……頼りないだろうけれど、こんな状態ならそばに居たかった」
「……」
「ふふふ、私とクリードより、ローザとクリードの話し合いの方が必要なんじゃない??
私は当分王国に留まるから、とりあえず客間にでもいるね?」
言いようのない雰囲気が漂う中、アリシアがこの中で1番大人であるかの様に振る舞う。
ずっとオレ達の庇護下にいたアリシアに、諭されるなんて世も末だな……。まぁ確かにアリシアの方が恋愛面では一歩も二歩も先に進んでいるのだろう。
俺たちはスタートラインに立ったばかりだ。
そう思っているのは俺だけかもしれないが……。
「あぁ……ありがとう。アリシアの部屋はそのままだよ。
この部屋の外にはダグラスもいる……。また後で話そう」
「えっ? 私の部屋まだあるの? りょーかい! ごゆっくり! と言いたい所だけれど、ローザの体力回復も必要だから程々にね!」
アリシアはそう言うと、後手に振りながらローザの部屋から出て行ってしまった。
アリシアの言う通り、俺とローザには話し合いが必要だ。




