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2:ハンマーと靴ベラ

ジェーンはこれで終わりです。

 ジョン様と遊ぶようになって気が付けば3年の月日が流れていました。べ、別に一緒に遊ぶのが楽しくて目的を忘れていたりしたことなんてありはしない気がするのです……はい、忘れていました。


 メロメロにしてやろうと画策をして近づいたのですが、気が付けば私がメロメロにされてしまっていたのです! ジョン様、なんて恐ろしい子!

 ただ、ジョン様も私を気に入ってくれていたようで、側にいることが当たり前になるまでにそんなに時間はかかりませんでした。だから私達が婚約するのは至極当然の流れだったのだと思います。


 婚約してからというもの、ジョン様がだんだんと私に執着する様になった15歳の頃、ゲームの舞台である王立ヘルティバ貴族学校へと入学することになったんですよね。


 ここまで私は死に物狂いで努力しました。教養はもちろん、政治、ダンス、社交に美容。特に美容には心血注ぎ込みました。おかげでジョン様好みの胸部装甲の厚い、出る所は出てて引っ込む所は引っ込んでいるという理想的なボディをゲットしたのです!


 お母様譲りの輝くような金の髪も艶々とその美しさを主張しています。顔も誰が見ても美少女と断言できるくらい整っているので将来は美女間違いなしです!


 もはやジョン様は私の虜! 一時も離そうとしないくらいしないくらい……ってちょっと重すぎませんか愛が? 作戦通りだといえばそうなんですが……どこかこう、こうじゃない感が……いえ、気のせいですよね。


 あと、ジョン様が溺愛してくれているおかげで優秀な護衛も付けてもらえました。私の婚約者としての地位も安泰なので身の安全は保障されたも同然です。もっとも護衛は学園の中までは付いてこないらしいのでそういう意味では当ては外れましたが。


 誤解無きように言っておきますけれど、ちゃんとジョン様のことはお慕いしています。決して愛情が無いわけではありません!


 だってですよ! 成長されたジョン様はキリっとした精悍なマスクに引き締まった肉体! それでいて私のことを紳士的に扱ってくれるジェントルメーン! これで惚れるなと? いや無理!


 性格も矯正する必要が無いくらい立派な方に育っていったので、きっとあの俺様傍若無人無神経男になったのは悪役令嬢ジェーンのせいでしょう。それ以外考えられません。


「どうかしたか、ボーっとしているようだが? 緊張のし過ぎで気分でも悪くなったのではないか?」


「いいえ、ジョン様。これからの学園生活をつい想像していましたの」


 おおっと、いけない。これから新入生代表として挨拶しないといけないのに少しトリップしてしまっていました。ジョン様がすぐ側にいるせいでジョン二ウムの過剰摂取を起こしていたようです。

 もはや抜け出せないくらい嵌まってしまっている感がありますが、幸せだからいいですよね。この挨拶をさっさと終わらせてしまえば今日はもう予定はありません。その後いくら過剰摂取したとしても問題は無いということになります! 


 この新入生代表挨拶も入学試験で首位を取ってしまったからやる羽目になっただけですし。私が必死に勉強したのも将来王妃として君臨するためですし。

 なのでつい首位を取ってしまった時はしまったぁぁぁと心の中で思ったことは内緒です……だって新入生代表挨拶をするカッコいいジョン様見たかったんですもの。2位のジョン様とは1点差の接戦だったのであそこでわざと間違えていれば……でもそれはジョン様に失礼になるので出来ませんけれど。








「新入生としてこの場に立たせてもらったことにまず感謝します」


 長い教育の成果でこの程度のことでは緊張などしません。適度に短くしたスピーチもそろそろ話し終えるという頃に女生徒が一人、教師に付き添われて講堂に入ってきました。

 遅刻も遅刻、大遅刻をかまして恥ずかしそうにしている女生徒は透き通るような銀の髪を持った綺麗な人でした。ちょっとだけ講堂がざわめきますが騒ぐような生徒はいません。そして女生徒はそのまま静かに席に着きました。


 しかし、生徒の反応とは裏腹に私は半分パニックでした。現れたのです。とうとうヒロインが。見間違えようもありません。ゲームのパッケージに描かれている姿と寸分変わらずです。ああ、これからこの学校は悍ましい殺人の起こる恐怖の舞台へと変わっていってしまうのでしょうか?


 何とか挨拶を終えて戻るとジョン様に抱き締められました。そしてそのまま額にキスを落としてきたのです。


「何があった? 様子がおかしかったが……もし何か困っていることがあればすぐに話して欲しい」


「ジョン様……一応これでも頼りにしているんですよ?」


「ならいいのだ。君に何かあれば耐えられそうにないからな」


 あーまーいー! 甘くて嬉死にそうです! キャァァァァ!!……取り乱してしまい失礼いたしました。


 こうしてジョン様の愛情を感じていると不安も和らいできます。被害者の方には申し訳ありませんが、自分の命が最優先の根腐れチキンな私では事件解決とか未然に防ぐとか出来ません。そういうのはヒロインである彼女に任せることにしましょう。


 こうして私の学園生活が幕を開けたのです。








 学園生活は順調でした。ジョン様と共に学びながら多くの方とお知り合いになることが出来たのですから。

 ジョン様の周りにいる攻略対象の皆さんもその中に含まれていました。全員何らかの役職についている方か有力者のご子息で、父親が宰相閣下、騎士団長、宮廷画家、宮廷医に大商人といったそうそうたるメンバーばかり。しかし、いいんですかね商人が王族と懇意にしてて……まぁ、いんじゃないですかね。私に害はありませんし。


 あと語学教師のヘンリー・ルンカース様とも親しくなりました。私がどうしても馴染めなかったトラバス語を分かりやすく教えてくださったいい先生です。ジョン様と昔からお知り合いのようですがどういう繋がりでしょうか?


 あと特筆すべきことにヒロインとライバルのような関係になりました。何を言っているか自分でも良く分かりませんが気が付いたらそうなっていたのです。


 最初は中間試験の結果でした。あろうことかジョン様を抑えて2位になったのはヒロインでした。ジョン様もこれには驚いていました。私もヒロインが頭が良いのは知っていましたがいきなり2位に躍り出たことは想定外でした。ゲームでは段階的に成績は上がっていくのです。


 それからというもの何かにつけて私と接戦を繰り返すようになったのです。試験はもちろん運動でも私に迫る勢いで結果を出し、刺繍の腕も必死で学んだ私をあざ笑うかのように素晴らしい品を作り上げてきます。幸いなことに一度も負けてはいませんが、かなり危ない場面は何度もありました。


 そんな日々を過ごしていくうちに気が付けば2年の月日が流れゲームが終了するまであと1ヵ月まで迫っていたのです。


 と、ここで重大な問題が発生しています。実は事件が起きていないのです。


 ちょっと待ったー! これは推理乙女ゲーでしょう? なんで事件が発生しないの? それはまぁ被害者がいないということだから素晴らしいことだけれど、理由もわからないし物凄くモヤモヤするんですけどー?


 未だに犯人は思い出せないし、どうーすんじゃー!……よし、現実逃避しましょう。


 まぁ、もっともこれはこの世界が現実でゲームの世界ではないという証拠なのでしょう。私が必要以上に意識しすぎているだけなのかもしれませんが。

 そう思えばようやく殺人鬼という恐怖から解放される気がしてきました。この世界は現実だとか言っておきながら結局ゲームと同じだと思っていたなんて……恥ずかしい!


 おほん! 気を取り直しますか。明日には学園祭があります。面倒なことに実行委員長なんてものになってしまっているので働かざるを得ないのです。ジョン様は生徒会長なので忙しいですし、最近会えていなくてジョン二ウム欠乏症です。


 私は生徒から提出された書類を処理しながらも頭はぼんやりとしていました。忙しいせいで疲れがとれていないのです。

 回らない頭を抱えていては話にならないので少し寝た方が良いですね。


「5分だけ寝ましょう……ぐぅ」


 5分だけ、ほんの5分だけと言い訳しながら机に突っ伏すとまどろみの世界へと落ちていきました。










「でね! 隠しキャラのヘンリー・ルンカース先生のルートが斬新なの! 何と探偵役のヒロインが真犯人のヘンリー先生と恋に落ちてしまうの! そしてヘンリー先生の影響を受けたヒロインは殺人鬼ヒロインとして覚醒するのよ!」


「何その灰色の脳細胞が犯人でした系の話。それって推理物では禁じ手なんじゃ?」


 親友が興奮して話してくる内容に私は呆れていた覚えがあります。彼女は重度の乙女ゲー中毒なので私にも同じように布教したかったんでしょうけれど。一応クリアはしたのだから勘弁はして欲しいんですよね。ネタバレに関しては気にしていませんけど。


「それをやるから隠しシナリオなんだって! それでね、このルートだと事件は起きないの。真犯人であるヘンリー先生と恋人になると、ヒロインが彼のミームを受け継いで新たな殺人鬼になるの。ヘンリー先生はそれを見守るだけで事件は起こさないのよ。そして最初の獲物を学園祭前日に殺してから鮮烈なデビューを飾るってわけ。その被害者が悪役令嬢のジェーンなのよ! しかも猟奇アートにされるからインパクト抜群よ!」


 そう言って親友が見せてくれたスチルはモザイクが必要なものでした。これのどこが乙女ゲーだと!


「なんでこれR18じゃないの?」


「ゲームではスチルないよ。これは私が描いたの!」


「グロいもん見せんな!!」


 私の渾身のチョップを受けて頭を抱えてうずくまる親友を見下ろしながら、私もこいつもアホだなぁと思うとと涙が止まりません。


「いったー。全く乙女ゲーの攻略が頭から抜け落ちるじゃない。今DLCやってるんだからね」


「乙女ゲー廃人め」


「褒められた―」











 ああ、なんて懐かしい夢……ん?


 事件が起きない……学園祭……あぴゃぁぁぁぁ!


「隠しルートなんて知りますかぁぁぁぁぁ!!」


 ガバッと顔を上げると辺りはもう暗くなっていました。最近忙しいせいで帰る際は家に人をやって迎えに来てもらうことになっているのです。


「寝ていたのは20分くらいですか……それにしても……まさかと思いますが……ヒロインが殺人鬼になんてなっていませんよね?」


 震えてくる体を抱き締めます。だって気が付いてしまったのです。学園祭前日は今日だということに。


「か、帰らないと!」


 ヒロインに見つかる前に帰らないと殺されるかもしれません。それにヒロインが殺人鬼ではないのなら明日は普通の日常のはずです。

 つまり! 今日襲われることが無ければ私の勝ちです! というわけで帰ります……死んで堪りますか!


 急いで荷物をまとめて廊下を小走りで歩きます。全力疾走なんかしたらすぐに息が上がります。そこの廊下の角を曲がれば出口まですぐです。

 すぐに靴を履けるように靴ベラを鞄から取り出しておきます。ああ、そういえば迎えに来るように人を送っていません。そのためには事務室へ行かないといけません。


「どうしてこんな日に限って人がいないのですか!?」


 事務室へ行けば残念なことに手の空いている人がおらず待つしかないと言われました。しかし、そんな悠長に待っていられる場合じゃありません。そうだ! ジョン様におねだりして帰りは送ってもらえないでしょうか?

 この時間はまだ生徒会室にいるはずです。こんなことならめんどくさがらずにジョン様に誘われた際に生徒会に入っておけばよかったです。


 生徒会室への道を急ぎながら廊下の曲がり角を曲がった瞬間誰かとぶつかってしまいました。


「っっっっ!!」


 痛みで目の前がチカチカしますがぶつかった相手は大丈夫でしょうか?


「申し訳ありません、だいじょ……」


 透き通るような銀の髪が視界に広がります。もしかして尻もちをついているのはヒロインじゃないでしょうか?


 ミギャァァァァァ!! 出たぁぁぁぁ!!


「ご! ごめんなさい!」


 慌てて後ろに飛びのくとヒロインの手が何かを握っていることに気が付きました。Tの形をしたアイアンヘッドの凶器、そうハンマーです。


 な、なんでハンマーなんか持っているのですか!? や、やっぱり殺人鬼ヒロインになっていたのですか!?


「あ、あ、あなたは」


 ヒロインも私を見て震えています。なんで!? こっちが震える方ですよね!? それとも何ですか? 武者震い系ですか?


 お、お願いですからそのハンマーを置いてください! 探偵が殺人とかダメですからね!


 恐怖のあまり腰が抜けてしまった私は後ずさることしか出来ません。最悪なことに廊下なのでそんなに広くも無いですし、誰も通りかかりません。


「まだ、間に合いますよ。そんなことやめて大人しくしてください」


 ヒロインがこんなこと言ってくるんですが? つまり抵抗などせずに大人しく捕まれと? 間に合うっていうのは楽に死なせてやるからという意味ですかぁぁぁ!!



 だ、誰か助けてぇぇぇぇ!!


 デッドエンドはイヤァァァァァ!!



「落ち着くんだジェーン」


 そっと私の肩に手が添えられました。とても安心する大好きな手です。


「……ジョン様?」


「安心していい。何も問題は無い」


 ジョン様はそう言って私を抱きしめてくれました。ヒロインも何故かホッとしたような顔をしています。何であなたが安堵しているのですか?


「アイリーン・ヒンドリー、君もハンマーをそのまま持ち歩かないことだ。いくら学園祭の準備で使うと言っても道具箱に入れるくらいはしたまえ」


「あ! す、すいません!!」


 え? 殺人鬼ヒロインだから持っていたわけじゃなかったのですか?


「君はもう行っていい。今後は気を付けることだ」


 ジョン様にそう言われたヒロインは失礼しましたと礼をしてから大人しく去っていきました。ねぇ、本当に殺人鬼ヒロインじゃないんですよね?


「ジョン様、私……」


「倒れるまで頑張るとは私の婚約者は真面目過ぎる。休むことも大事な仕事だ」


 ジョン様はそう言うと私をお姫様抱っこしたまま歩き出します。


「あの、ジョン様? どこへ?」


「迎えに来るように人をやった。それまでは私の腕の中にいるといい」


 え? ちょっと待ってください! そんな恥ずかしいことなんて、あ、ちょっと、そんな! あぁん……それからのことは恥ずか死にそうになりましたとだけ覚えています。







 結局あれから事件は一切起こらずヒロインも殺人鬼ヒロインにはならなかったようです。私達は無事に卒業することが出来ました。後で分かったことなのですが、なんとヒロインであるアイリーン・ヒンドリー男爵令嬢は私と同じ転生者だったのです。

 彼女曰く、DLCで私ことジェーン・ヴィクティム公爵令嬢との百合百合しい友情エンドが出たらしく、攻略に失敗するとジェーンと無理心中させられるという相変わらずのクオリティ。しかもそのルートだと事件は起きないらしく、アイリーン様は事件が起きないのでそのルートに入ったと勘違いしたというのです。運の悪いことに私が持っていた靴ベラがナイフに見えたらしくパニックになってお互いあんな状態になったということだそうです。


 あー、恥ずかしい。でもおかげでアイリーン様とはお友達になれたので怪我の功名というやつでしょうか? 先ほどまでアイリーン様が控室まで祝福に来てくれていたのでつい思い出してしまいます。


 ここはゲームの世界ではなく現実で私達はこれから夫婦となって生きていきます。大好きなジョン様を支える立派な王妃になることをここに誓います!


 なにしろこの結婚式こそが……


「何よりの現実だったということの証明ですからね」


「何か嬉しいことでもあったのかな?」


「ジョン様!」


 今日のジョン様もカッコいいです! 白い礼服が映えますねぇ。カメラがあれば何百枚と撮るのに! 幸いなことに私の呟きは聞こえていないようです。言えるわけがありませんからね、この現実を乙女ゲーだと思っていたなんて。


「綺麗だよ、私のジェーン」


 花嫁姿の私は自分で見ても綺麗だと分かっていましたが、ジョン様にそう言ってもらえるなら幸せ過ぎて嬉死にそうです。


「末永くよろしくお願いします。旦那様」


 ジョン様は王様になるから陛下が正しいのかもしれませんが、二人きりならこう呼んでも罰は当たりませんよね?

王子様とかヒロインとかの話需要あるでしょうか?

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