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第20話 救済する人間

二人の遺体を台車に乗せて、昔よく遊んだ公園へ運んだ。

台車なんかに乗せたくなかった。

もっと違う運び方があったはずだと思いたかった。

でも、二人を抱えて歩くことはできなかった。

だから俺は、仕方がないという言葉に逃げた。


夜明け前の公園は、やけに静かだった。

ブランコは動いていない。

砂場には誰かが忘れていった小さなバケツが転がっていて、滑り台の下には乾いた落ち葉が溜まっていた。

何もかもが、昔より小さく見えた。


この公園にも、たくさんの思い出があった。

幼稚園の頃、澪と泥だらけになって怒られたこと。

小学校の頃、莉緒が転んで泣いて、澪が慌てて駆け寄ったこと。

中学生だった頃、俺が澪に告白したこと。

あの時の澪は、少しだけ困った顔をして、それから笑った。


そこに穴を掘った。

スコップなんてなかったから、倉庫から持ってきた錆びたシャベルと、折れた園芸用の道具を使った。

土は思ったより硬かった。

手のひらの皮が剥けて、爪の間に土が入り込んで、それでも掘るのをやめられなかった。


二人の体を、寄り添うように埋めた。

この先も寂しくないように。

そんなことをしても意味がないと分かっていた。

自己満足だと分かっていた。

それでも、そうしなければならない気がした。


土をかける時、何度も手が止まった。

顔が見えなくなる。

髪が見えなくなる。

服の端が見えなくなる。

1つずつ隠れていくたびに、俺は本当に二人を置いていくのだと思い知らされた。


どうして一緒に燃え尽きてあげられなかったんだろう。

俺の頭には、そんな考えがこびりついて離れなかった。

怖かった、だから逃げた。

ただ、それだけの話だった。


二人を埋葬したあと、俺は自分の家へ向かった。

家の電気は点いていた。

カーテンの隙間から、いつものリビングの灯りが漏れている。

その明るさだけで、両親が帰っていることが分かった。


玄関を開ける勇気はなかった。

顔を見たら、きっとできなくなる。

母さんがいつもの声で名前を呼んだら。

親父がまた、こんな時まで何をしてるんだと怒ったら。

俺はきっと、そこに立ち尽くしてしまう。


だから俺は、外から灯油を撒いた。

玄関に。

窓に。

勝手口に。

自分が何をしているのか、考えないようにした。

考えたら、手が止まる。


火をつけると、最初は小さな炎だった。

それがカーテンに移り、窓の内側を赤く照らし、やがて家全体を飲み込んでいく。

俺の育ってきた家。

何度も怒られて、何度も飯を食って、何度もただいまと言った家が燃えていく。


よかった。

これで親父たちも救うことができた。

そう自分に言い聞かせながら、燃え尽きるのを待つことなくその場をあとにした。



コンビニの前には、赤いポリタンクが並んでいた。

俺はそれを眺めながら弁当を食べた。

レジにメモを置くのはやめた。

そんなことをしても、もう意味はないと知っていた。


冷えた米を噛んでも、味はほとんど分からなかった。

腹が減っているから食べる。

動くために食べる。

それだけだった。


一体のゾンビが俺に気づいて近づいてくる。

服は汚れていたが、顔はまだほとんど崩れていなかった。

首筋に黒い痕があり、手の甲にも細い筋が浮いている。

それでも、表情だけ見れば普通の人間と変わらなかった。


「そんな怖い顔しないで。早く救済を受けましょう?」


心配そうな顔で、救済を勧めてくる。

最近では珍しい、まともに会話できるゾンビだった。

声も穏やかで、俺を脅そうとしているようには聞こえなかった。

むしろ、本当に心配しているように見えた。


それでも、こいつは俺を殺そうとしている。

本人がそう思っていなくても、俺にはそうだった。


「いや、俺があんたを救うよ」


手にした鉄パイプで、そのゾンビの頭を殴りつける。

頭に当たれば、しばらくは動かなくなる。

その間に、用意していた灯油をかけて火をつける。


炎が服に移り、髪に移り、黒い筋の走る皮膚を包んでいく。

動かない。

声も上げない。

ただ、火の中で形が崩れていく。


それで、あいつらは動かなくなる。

本当に意識があるのかないのかは分からない。

痛みを感じているのかも分からない。

でも、頭を潰されたまま燃えていくそいつらは、少なくとも助けを求める声を上げなかった。


それから何日経ったのか分からない。

嫌になるほどのゾンビを救ってきた。

最初は失敗してばかりだった。

火をつけても転がり回って火が消えた。

灯油が少なすぎて火が回らなかった。

近づきすぎて腕を掴まれたこともあった。

助けてという言葉を聞いて、手が震えて振り下ろすのが遅れたこともあった。


何体目かのゾンビで、頭を殴れば燃やしても動かないことに気づいた。

だから、まず殴ることにした。

殴って、倒して、灯油をかけて、燃やす。

それだけを繰り返した。


殴る。

燃やす。

それだけで、ゾンビたちを救うことができた。

そう思うことにした。


救うことで、澪たちへの罪悪感を消そうとした。

救うことで、自分を正当化しようとした。

澪も莉緒も、親父も母さんも、あのまま苦しんでいたわけではない。

俺が終わらせた。

俺が救った。

そう言い聞かせれば、少しは息ができる気がした。


それでも、罪悪感は消えなかった。

消えないから、次を燃やした。

次を燃やしても消えないから、また次を探した。

俺は延々と、ゾンビたちを燃やし続けていた。


そのとき、周囲に落ちている端末が一斉に震えた。

ポケットの中で、俺の端末も何かを主張するように震えている。

画面を開くと、AIからのお知らせが届いていた。


《救済処置に関する重要なお知らせ》

《未救済者による救済者への暴行が多発しています》

《それに伴い、救済手段の変更をお知らせします》

《これより、救済者による直接的な救済を停止します》

《救済をご希望の方は、最寄りの端末から申請してください》


公共端末からも、同じ内容の通知が繰り返し流れていた。

駅前で救済を告げ、楽園を語り、恐れる必要はないと言っていた声が、今ではその行為を停止したと繰り返している。


「いまさら……」


声が出た。

自分の声だと分かるまで、少し時間がかかった。

今さら、本人の意思を優先するのか。

今さら、直接の救済をやめるのか。

今さら、申請なんて言葉を使うのか。


周りで持ち主を失った端末は、まだ鳴り続けていた。

その音が、まるで俺を責めているかのように聞こえた。

俺は近くに落ちていた端末を踏みつけた。

画面が割れ、通知音が止まる。

1つ止めても、別の音が鳴っている。

それも壊した。

また次を壊した。


端末を破壊し終えた頃、道路の向こうに一体のゾンビが歩いているのを見つけた。

近づくと、そいつは顔を上げて怪訝そうにこちらを見た。

その口から、救済という言葉が漏れることはない。

むしろ、いきなり目の前に現れた俺のことを不審がっているように見える。


「もう、こっちからはできないんだって。救済してほしいなら、自分で端末から申請して」


面倒くさそうに女はそう言って、俺の脇を通り抜けていく。


澪のことを思い出す。

思い出の中の澪は、いつも笑っていた。

俺の心配を大げさだと言って、莉緒のことを大事そうに見ていた。

最後に見た澪は、黒い補修痕だらけで、それでも莉緒を救おうとしていた。


莉緒のことを思い出す。

守られるだけじゃ嫌だと言った声。

言わないまま死にたくないと言った声。

全部終わったら答えを聞かせてと、泣きそうな顔でそれでも笑った顔。


二人を埋めた手の感触を思い出す。

爪の間に残った土の感触まで、まだ消えていない気がした。

燃やした家の熱も、鉄パイプを握った手の痛みも、全部まだ残っている。


視界がぼやけた。

それでも、女は歩いていく。

救済という言葉を口にしないまま。

俺を襲うでもなく。

ただ、俺の横を通り過ぎていく。


それが、許せなかった。


そうだ。

救わないと。


俺は歩き去っていく女の頭に、鉄パイプを振り下ろした。




あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きも読んでいただけたら嬉しいです。


読後に何か残るものがありましたら、リアクションやコメントで反応をいただけると励みになります。

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