あの日の真相 前編
その日、桐原家の四人は、村を離れて都会に出ていました。
舞香と彩乃。 二人の誕生日祝いのための、ささやかな家族旅行でした。
村の大人たちーー特に善子の母は、大反対でした。
しかし、彼女はすでに寝たきりであり、善子たちを止めることができません。
父の桐原誠一郎は、どこにでもいる普通の男でした。 母の善子は、娘たちに新しいワンピースを買い与え、自分自身も初めての遠出に心躍らせていました。
「お母さん、見て! お姉ちゃんと、おそろい!」
「あらあら、舞香、よく似合うわね……」
「ねえ、お母さん。 お父さん。 だっこ……」
「彩乃、もうお姉ちゃんでしょう?」
「やだ! だっこ……」
彩乃は、甘えん坊な女の子でした。 妹の舞香が生まれてからも、両親に抱っこをねだることが多く、街を歩き疲れるとすぐに父の腕の中に収まろうとするのです。
「仕方ないなあ、ほら」
「えへへ……お父さん、あったかい!」
「あなた、甘やかしすぎですよ」
「いいじゃないか。 初めての遠出なんだから」
彩乃が抱かれた様子を見て、舞香も「私もー!」と善子の足にしがみつきます。
「まあ! ……仕方ないわね」
穏やかな、楽しい旅行のはずでした。
しかし、夕暮れに差し掛かった頃ーー
とある寂れた神社の前を通りかかった時、彩乃と舞香が、同時に立ち止まりました。
『オイシソウナニオイガスルナ〜』
「……お父さん」
「……変なの、いる」
二人の娘の様子に、善子の顔から血の気が引きました。
桐原の家は、代々霊感の強い女系の血筋でした。 善子もまた、見える側の人間でした。 だからこそ、彼女にはわかりました。 娘たちが何を視ているのかーー
神社の鳥居の奥、薄闇の中で蠢く、人ならざるモノの気配。
その悪霊は、ひどく飢えていました。
普通の人間には視えず、触れることもできない。 けれど、霊感の強い者にとっては、格好の獲物でした。
「……あなた」
「……どうした、善子。 顔色が悪いぞ……」
誠一郎には、何も視えていませんでした。 桐原家系がそういう「特別な血」であることは、結婚前から聞かされていました。 娘たちが時折、見えないものに怯えることも知っていました。
ーーでも、だからこそ、彼は善子を信じていました。
「善子。 指示してくれ」
「……あなた」
「お前の言う通りにする。 何をすればいい……」
善子は、唇を噛みました。 本当は、誠一郎を巻き込みたくなかったのです。
けれど、悪霊はすでに二人の娘に狙いを定めていました。 霊感の強い、まだ幼く、抵抗する術を持たない少女たち。 それは、餓えた獣にとっての、極上の餌でした。
この悪霊は強力で、善子一人の力では敵いそうにありません。
ーー今更、善子の母の忠告が頭の中にこだまします。
「……彩乃と舞香を、後ろに」
「わかった!」
「お父さん? 怖いよぉ……」
「……怖い」
彩乃が、誠一郎の足にしがみつきました。何かが起きていることは、幼い彼女にもわかったのです。 けれど、何が起きているのかまでは、理解できませんでした。
ただ、いつも頼りにしている父の足に、しがみつくことしかできませんでした。
『オイオイ、ムダダ。 オマエニトリツイテヤル……』
黒い霧のような影が、姉妹に向かって伸びてきます。
「あなた、こちらへ!」
「わかった!」
ーー相手は強力な怨霊。 善子は覚悟を決めるのでした。




