美羽とことねと姫様 その3 ーー美羽視点
ことね様に、寝床を案内している所ですの。
「⋯⋯ふん。 ここが寝床ね」
「ことね様? どうかなさいましたでしょうか?」
「⋯⋯ねぇ。 貴方、いつまで猫を被っているの?」
「⋯⋯猫とは? ⋯⋯どういう意味ですか」
「……貴方の気持ち悪い敬語のことよ」
「えっと、気持ち悪いですか⋯⋯」
私はショックを受けましたわ! ことね様は私の口調を気持ち悪いと思っていましたのね!
「学校の休み時間もそう。 ⋯⋯私、知っているんだから。 湊と貴方が、密会していることをね。 ⋯⋯二人で仲良く過ごして、私は除け者扱いね……」
「……」
バレてましたわ! 私がコッソリご飯を食べていることが、バレていましたわ!
私は羞恥で顔が熱くなりますわ!
「それに瑞稀や生徒会の人たちにも素で話しているわよね? ⋯⋯それなのに、なんで私には、敬語なのかしら? 出会った時の様子はどこへいったの?」
ことね様が私のことを、鋭い目つきで睨んできますわ。
ーーしかし、急に表情が変わり、ことね様が微笑みながら私にウインクをしてきました。 そして、どこかに行ってしまったのでした。
私は訳がわからず、固まっていることしかできませんでしたわ。
◇◇◇
私がなぜ、ことね様に敬語で居続けるのかーー
簡単なことですわ。 私は、櫻井家の人間ですの。 代々、川端家にお仕えしてきた、分家筋の人間。 ことね様は、本家筋の、特別な方。 生まれた瞬間から、私とことね様の間には、絶対に越えてはいけない線が、引かれていましたの。
ーーそれが、本来の、正しい関係性ですわ。
ジョギングで偶然出会って、「飼う」って言われて、一緒にご飯を食べて、映画を見て。 あの数日間、私はことね様と、対等のように過ごしてしまいましたの。
ーーでも、あれは、間違いでしたのよ。
私が、弱かったから。 いじめから逃げて、現実逃避をしていたから。 ことね様の優しさに、甘えてしまっただけ。 本当の私は、ことね様の隣に、対等に立てるような人間じゃ、ありませんでしたの。
あの日。 転校最終日。 教室であの三人組に、言われましたわ。
「あんたが、原因だもん」
「次の学校でも、絶対、同じことが起きる」
「お前みたいな、金髪は誰にも嫌われる」
ーーそうですの。 私が、私である限り、私は呪われていますの。 金髪で、ぶりっ子で、「パパ」「ママ」で。 どこに行っても、嫌われる。 どこに行っても、いじめられる。
そんな私が、ことね様の隣に、対等な顔をして立っていたら、どうなりますの?
ことね様まで、何かを失ってしまいますわ。 ことね様の評判も、ことね様の周りの空気も、ぜんぶ、私が汚してしまう。 私の「呪い」が、ことね様にまで、伝染してしまうんですの。
それだけは、絶対に、避けなければなりませんわ!
だから、敬語ですの。 敬語は壁ですわ。 私とことね様の間に、しっかりとした、目に見える壁を作るための道具。
「ことね様」とお呼びすることで、私は自分の立場を、毎回確認していますの。 「お前は、本家筋の方の隣に、対等に立てる人間じゃない」「お前は、ただの分家の影だ」って。
敬語を使えば、私は自分を見失わずに済みますの。 ことね様の優しさに、また甘えてしまいそうになっても、敬語が私を引き戻してくれる。 「お前は、ただの世話係だ」「お前は、それ以上の何かを、求めてはいけない」って。
ことね様は、「『様』はやめて」とおっしゃいましたわ。 何度も。
それは申し訳、ありませんの。 でもそれだけは、譲れませんの。 ことね様と対等になってしまったら、私はまた勘違いしてしまいますの。 「私は、ことね様の隣にいてもいい人間だ」って。
そんな勘違いを、二度と、してはいけませんの。
ーーそれに。 敬語は、私を守ってくれますの。
いつか、ことね様にも嫌われたら、今度こそ私は、本当に壊れてしまいますわ。
だから、最初から、距離を取っておきますの。 踏み込まない、期待しない。
敬語の壁の中にいれば、私は、傷つかなくて済みますの。
ことね様は、優しい方ですわ。 湊も、優しい人ですの。 お二人は、私の敬語を見て悲しそうな顔をしますわ。 「美羽ちゃん」「美羽」って、私の名前を、呼んでくださいますの。
ーーごめんなさい。 ことね様の優しさに応える資格が、私にはありませんの。
だって私は。 あの教室で、座り込んだまま抵抗もせず、ただスマホのカメラに、撮られていた人間ですの。 最後の最後まで、戦えなかった、弱い人間。
ことね様の右腕になる夢を、自分で諦めた人間。
そんな私が、ことね様と対等に話せるはずがありませんわ。
だから、敬語ですの。 これは、私が私自身に、与えた罰ですの。 一生ことね様の影として生きるための戒めですの。
申し訳、ありません。 私の敬語を、許してくださいませ。
これだけが、ことね様にお返しできる、唯一の誠意ですの。




