破滅? それより晩ご飯食べよう!
春の涼しさを感じる夕方、部屋の中で制服のスカートをひらりと揺らしながら、鏡の前で女性ーー川端ことねは、ニコニコと微笑みながらポーズをとっていました。
「⋯⋯よし、これで完璧。 湊の視線は私に釘付けだね!」
ことねは、幼馴染で同居人の高坂湊が自分の制服姿にメロメロになる姿を想像して、思わずニヤついています。
ーーしかしその時、頭の中に雷のような衝撃が走ったかと思うと、色々な景色が頭の中に流れ込んできました。
欲しい推しのグッズを買うために店の前で仲間達と並んだことーー
いつも、仕事終わりにパン屋さんで購入した、チョコチップメロンパンの甘くて美味しい味の思い出などの些細な思い出ーー
休日に、家でのんびり寝転んで、漫画や小説を読んでいた記憶をーー
そして、彼女は自分の存在に気づくのでした。
「あれ? 私、もしかして⋯⋯転生した? 私が今、いるのは⋯⋯前に読んだ小説の世界?」
ことねは思い出しました。 自分が破滅する運命である悪役であることをーー
しかし、ことねは鏡の中の自分をしばらく見つめながら小さく何かを呟くとーーどこか安心した様に声を出しました。
「うん、大丈夫! なんとかなるよね~」
そう言うと、ことねは微笑みながら部屋を飛び出し、湊の元に向かいました。
そして、キッチンで料理を作っている、エプロン姿の湊に声をかけます。
「湊~どう? 似合う?」
「おう、似合ってるぞ。 サイズも丁度良かったみたいだな」
「じゃあ私を見て! ⋯⋯ドキドキする?」
「するよ、とっても」
「やった! ⋯⋯さすが、悪役令嬢の実力だね!」
「⋯⋯え? 悪役令嬢? なんだそれ?」
突然出てきた単語に、湊は驚きました。
「ことね、なにを言っているんだ? ⋯⋯それよりも早く着替えて、晩ご飯を食べようか。 今日の晩御飯は、ことねが好きなカレーライスだぞ!」
「本当! 嬉しいなぁ。 じゃあすぐに着替えて来るね!」
ーーカレーを制服にこぼしたら大変ですからね。 素晴らしい判断ですね、高坂湊。
喜びながら、ことねは部屋に戻るのでした。 そして、いつものパーカーにジーンズ姿に着替えながら考えます。
あれ? 湊って原作の雰囲気と全然違うよね! どうしてなのかな? 今の湊は私のお兄さんみたいだね! でも私はお兄さんとしてではなく、彼氏として大好きだからね!
ことねの頭の中は湊のことでいっぱいな、恋する乙女なのでした。
リビングで仲良くご飯を食べる二人。 でも、ことねは少々不安そうですね。
「明日のクラス分け同じクラスになれるかな?」
「ことね、俺とクラスが別になっても、学校に八つ当たりしたら駄目だぞ!」
「ちょっと、湊! 私のことをどう思っているの!」
「できるだろ? その気になれば、ことねは⋯⋯」
「まあね?」
二人はそんなことをのんびりしながら、会話していました。 ことねの父、義明は海外へ出稼ぎ。 母の雫は遠方暮らしのため、幼い頃から湊がことねの世話をしていました。
その理由は、湊の家ーー高坂家は川端家を支えるのが役目だからです。
しかし、二人からはお互いに幼馴染以上の仲を感じますね。
ご飯を食べ終わった後、ことねがイタズラな表情で湊を誘惑します。
「ねえ、湊! これから一緒にお風呂入ろっか!」
「おい、ことね! 馬鹿を言うな! ⋯⋯一緒に入ってたのは小学生までだろ」
「あれ? そうだったね、ごめん! じゃあ、久しぶりに!」
「駄目だ。 一人で入ってくれよ」
「ケチだな、湊は! そんなこと言わずに、ちょっとだけ⋯⋯ね!」
「ちょっとってなんだよ⋯⋯まったく。 駄目なものは駄目だ!」
しばらく説得しましたがーー結局ことねは、一人でお風呂に浸かります。
それにしてもこのお風呂広いよね。 前世のお風呂の三倍ぐらいあるよ。 誰かと一緒に入らないともったいないぐらいだよ、やっぱり一緒に入りたいな!
そんなことを考えながら、ことねの学校生活の前日は過ぎていきました。
◇◇◇
夜の暗闇、月の光が照らす部屋の中、川端ことねは制服姿のまま鏡の前にいました。
鏡に映る彼女の表情には、笑顔はなく冷徹な瞳が世界を睨んでいるようでした。
そんな彼女にオドオドしながらも近づき、痩せこけた一人の男性が言いました。
「⋯⋯お嬢様、明日は学校です。 お休みになられては、いかがでしょうか⋯⋯」
オドオドした態度が気に入らないのか、川端ことねは苛立たしげに鏡に映る彼を睨みつけます。
「貴方はいつから私に意見を言える存在になったの? 貴方は私の駒なんだから、黙ってなさいよ! ⋯⋯ねえ、そうでしょう? 高坂湊!」
「⋯⋯その通りです、申し訳ございませんでした、お嬢様⋯⋯」
そう言うと、静かに部屋から出て行く高坂湊。 彼が去る間も、川端ことねの視線は鏡から動かない。
「始まるわ、私の戦いが。 ⋯⋯そう、すべては私の理想の為に!」
月夜にうつる彼女の影が、まるで彼女を縛る様に絡みついていました。




