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朝靄に包まれた山を眺めながら、楓は流風の顔を思い浮かべた。思えば“流風”という名前以外、どこの誰なのか全く知らない。


“また会えるということだね?”

(会える…かな)

半ば強引に持ち帰った彼の手拭いは帰って一段落ついた後に洗って干した。幾度か返しに行こうと何かしら理由をでっち上げてこっそり里を出ているのだが、どこをどう探しても、彼と出会ったあの大きな古木の元には辿り着けてはいない。

長々と返していない状態に気が引けて、先程もう一度洗って干した。

その手拭いは不思議な生地で出来ていて、単なる偶然かもしれないが、どんなに曇っていても干す時は必ず日が差し良い風が吹く。

今も物干し竿に洗ったばかりの手拭いが風に揺れている。

“あなたに興味ないもの。”

そう突き放そうとした最初の気持ちはどこへ行ったのか、楓は流風に興味を持ってしまったらしい。そろそろ返すのを諦める選択肢が頭を掠めそうなところだが、そんな気持ちは全く出てこなかった。

(いつになったら返せるだろ?)

そんな事を考えながらぼんやり空を眺めると、どこからともなく白い鳥が飛んできた。

神々しいほど真っ白な鳥。

惹き付けられるようにその姿を追う。色は違えど姿形からカラスだとわかった。

白いカラスは空から舞い降り、そのまま迷わず物干し竿に降り立った。カラスは辺りを窺うように首をキョロキョロと動かしている。上から見下ろしている楓以外、人影はない。

(洗濯物、持っていったりして…)

冗談半分に思いながら観察していると、カラスは本当に一枚の洗濯物に目標を定めて近付く。流風の手拭いだ。

「ちょっと…嘘でしょ?」

急ぎ櫓から下りる楓を他所に、カラスは素早く手拭いを掴んで飛び立った。

慌てて追い掛ける楓だが、空を飛ぶカラスとの距離は着実に延びている。

「…もう! 飛燕!」

名前を呼ぶと楓の元に一羽の燕が羽ばたいてきた。

楓の使役する妖だ。


飛燕と名付けたその妖は昔、巣立ちに失敗して巣に取り残されたまま妖になってしまっていたところを、楓が使役の契約で迎え入れたものだ。

特別戦うわけでもなく、見た目も眼が開いていないこと以外普通の燕と大差無い。他の妖の気配に敏感で、ある程度意思の疎通が出来るくらいだが、楓にはそれで充分だった。

「あのカラスを追って!」

命じると一声返事をするように鳴いて飛燕が飛び去った。あとは使役と主のみ互いに感じられる独特の気配を追っていくだけだ。


時間はまだ朝早く、里の出入口である大きな門扉は閉まっている。見張りも少なく、里を出るのを咎めてきそうな人影は見当たらない。

先程のカラスのように辺りを窺って櫓の近くの建物の裏手へ回る。柵が壊れていて人が一人通れる隙間があるのだ。人が居ないのを確認すると、大急ぎで柵を抜け、そのまま里を後にした。

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