追
飛燕の気配に導かれて、鬱蒼と草木に覆われた山を駆ける。
まだ日が高くない、肌寒い山道を軽装で歩くのにもすっかり慣れてしまった。
数も多く、悪さをするとよく聞くこの山の妖は、ちょっかいこそかけてくるものの、悪意を持って襲い掛かってはこない。
むしろ好奇心を持って遠巻きに見ているだけの妖も少なくない。
朱音と桜、二人の「中立」である手前、楓は今まで桜のように頻繁に山へ入ったり、妖と関わったりはしなかった。
退治を目的として。
契約を目的として。
何かしら目的を持って接していた妖は、人間を敵として見ることが多かった。
こうして無意味に山へ入ってみると、思いの外、妖は大人しかった。
「この森の妖と仲良くなれる気がするの。」
姉の桜も、この状態を知った上でそう言ったのだろうか。
今ならそれも理解出来るかもしれない。
霧が出てきた。
(あの日と同じ…)
流風と会った時も、こうして濃い霧に包まれていた。
楓は自身の記憶と、そして飛燕の気配を辿り、足元を確かめながらゆっくり歩みを進める。
しばらく歩くと、人の声が聞こえてきた。
「いい加減にしろ!」
怒っているような、諌めるような声がする。
流風の声ではないが、楓は足を止めて耳を澄ませた。
「関わるなと言っているのだ。そいつも話してわからない愚か者ではない。そいつの主がこちらに着く前に…」
「君が蒔いた種だろう? 暫く黙っていてくれ。彼が話をしているではないか。」
(!)
聞き覚えのある声がして、楓は更に神経を研ぎ澄ませる。
声の主達は歩いているようで、段々と声が遠ざかっていく。
「あのお方も諦めておられる。奴等との無駄な関わりは避けねば…」
「いつ、あのお方が諦めたと言ったんだい? 僕は聞いていない。」
遠ざかっている上にあまり大きな声でもない為、話の内容は聞き取りづらい。
何の事だかはわからなかった。
唯一理解出来たのは、二人の話が平行線のまま、交わる様子がないということだけだ。
「良いか…__お前はもうすぐ…__今何か…」
「そんなことは…__」
会話の内容が気になるというよりは、遠ざかる気配を追い掛けたい気持ちの方が強く、楓は更に一歩を踏み出した。
霧の奥に、見覚えのある古木の影が見える。
「ここ…」
誰にともなく呟いた。
(あの人と会った場所…)
あれ以来、何度も行こうと試みて辿り着けなかった場所だった。
あの日は霧が晴れた時、その古木の下に流風が居たのだ。
再び霧が薄くなっていく。視界も随分と良くなってきた。
が、ふと気付くと、先ほどまでの話し声もしなくなっていた。
どこかへ行ってしまったのだろうか。
楓は不安になり、急ぎ足で古木の元へ近付く。




