頼
「で。何故我々の元へ来た。」
もはや通例となった白鴉の冷めた視線を一身に浴びながら楓が頰を掻く。
「他に…頼れそうな人が居なかったから。」
白鴉の反応で全てを察している。楓の望む回答を白鴉達は持ち合わせていない。
「お前が知る限り、私や流風が帯刀していた事があったか?」
「無い。」
「お前は魚を買いに八百屋に行くのか?」
「…行かない。でも!八百屋さんだって良い魚屋さん知ってるかもしれないじゃない!」
人間らしい例えを出す白鴉と、それに更に乗っかる楓を見比べながら流風が笑っている。
「僕らはどちらかというと、人間より妖の知り合いが多いのだよ。鍛冶を生業とする妖を知らないこともないが、妖の打った刀では妖刀になってしまうからおすすめは出来ないな。」
「うぅ…」
納得の行く答えに楓が首をがっくりと落とす。
「まぁでも、この山の不安定さ故に起こった事態だ。何とかしたいところだが…おや。」
流風が何か案を練るべく考え込もうとしたその矢先、新たな来訪者の姿が見えた。
「もう怪我の具合は良いのかい?」
「ん。」
吽蓮だ。
「今日はどんな風の吹き回しだい?また何か質問でも?」
「蘭がお礼言って来いって言うから。」
楠の一件の事だろうと楓もすぐに合点がいった。
「礼には及ばないよ。」
「杏は?」
楓が居ることにより杏や楠と居るかもしれないと思ったのだろうか。尋ねる吽蓮に楓は首を振る。
「今日は一人だけど?」
「“杏”?」
「友達。」
流風にたった一言で説明を終える。
「君にも人間の友達が出来たのだね。」
流風はどこか嬉しそうだ。
「私は?」
「知り合い。」
「ちょっと!」
吽蓮の返しに珍しく白鴉までもが声に出して笑う。
「私だって狛犬のあんたを運ぶ手伝いしてるんだから!少しは恩に着なさいよ!」
変容した楠と闘った吽蓮はいつからかはわからないが痛覚が戻っており、全てが終わった後に怪我の痛みから気絶し、狛犬の姿に戻ってしまった。翌日の楓の筋肉痛の一因は間違いなく狛犬の吽蓮を社まで運んだ事だろう。
「白鴉からの又聞きでしかないが、結構な出血量だったのだろう?人型が保てなくても仕方ないさ。」
(………)
思い返してみると、白鴉と楠達の元に辿り着いた時吽蓮は至るところに傷を作り血を流して着物を赤黒く変色させていた。
「吽蓮って狛犬の化身なのに血はちゃんと流れてるのね?」
「??」
白鴉や飛燕のように元々生き物だった妖に血が流れているのなら合点がいく。
だが、吽蓮は狛犬だ。無機物に血が流れるのはどうにも不思議だ。
「妖も精霊も、力を得ていけば最終的には人間の姿へ近付いていくのだよ。成れる姿を吽蓮達のように獅子と人型を使い分けたり、白鴉のように折り混ぜて使ったり、敢えて鴉のままで居たり形の取り方はそれぞれだがね。」
「何で人間の形なの?」
「自然、精霊、動物、妖、そして人間。始源の神様は最後に創り出した人間がお気に入りだったのさ。」
時折始まる流風のおとぎ話のような創世記に楓も素直に耳を傾ける。
「だから、時の経過と共に力を得た妖や精霊は、見た目だけではない。身体の造りそのものまで人型を取れる。」
「…ふぅん…」
確かに、狐狸路に来た白鴉も翼も生えていたが人型だった。
「じゃあ傘狸も人型になるの?」
「彼はああ見えて妖としては若いからね。まだ人型は取れないよ。」
(傘狸はおじいちゃんだけど白鴉より若くて、白鴉の見た目はおじいちゃんじゃなくて…?)
「混乱したかい?妖は成った時の年齢を反映される場合が多い。そう言ったら合点もいくかい?」
「あー、それなら何となく……」
小さく肯きながら、すぐ近くの吽蓮が目に飛び込んで来る。
涼水の記憶を垣間見た時、吽蓮は今より少し成長した、阿蘭と同じくらいの歳姿だった。人間に本体を破壊され姿が少し若返ってしまい、今の姿になっている。年月と共に身体が成長していったとして、阿蘭との差が埋まることはない。
(……そうか、吽蓮が“若返った”のは、あの日のせいなんだ。)
思うほど胸がぎゅっとなった。
「何。じろじろ見ないで。」
楓の視線に気付いた吽蓮が言葉で断ち切る。口調はきついが怒っているわけではない。
「あ、ごめん。」
それをわかっているからこそ楓も軽い調子で謝る。
二人の様子を微笑みながら眺める流風。
「…あぁ、そうか。」
黒豆のような目を瞬かせ、白鴉が何か思い立ったように声を出した。
「阿蘭なら、何か知っているかもしれん。」
意外な名前に楓は首を傾けた。




