犬
「そいつ、よくそこら中で何か拾ってくるんだ。」
「何かって?」
「色々だ。多いのは犬とか猫とか…」
本当に日常茶飯事なのだろう。眉間に皺を寄せるその様子が物語っている。
「良いじゃない。立派なお社があるし、涼水だってきっと怒らないでしょ?」
「普通の犬猫ならな。」
苦々しい表情のまま、顎で吽蓮のいる方をしゃくる。吽蓮の側にある狛犬の台座。その陰から、ぬっと姿を現したのは――
「え…妖…?」
一見、仔犬のように見えたが、手足が太くて凶悪な爪を持ち、通常の目に加えて額に大きな目がある。異様なのは明らかだ。
「まだ成りかけだ。」
「成りかけ?」
「…お前、破魔の里の人間じゃないのか?妖の成りかけ…“妖成”だ。」
首を傾げた楓に溜息を吐き、訝しげな目を向ける。
「私達は退治専門なの。妖の成り立ちまできちんと把握してる人なんて殆ど居ないんだから。」
実際、楓は退治の方法や扱い方は習えど、妖自体についての知識はあまり無い。使役する妖も一から育てたわけではなく、何かしらのタイミングで契約することが多い。
「こいつはおそらく少し前まで普通の生体だった。山の気なのか、他の要因なのか、原因はわからないが妖になりかけてる状態だ。」
阿蘭の話に、つい先日出会した大蝙蝠を思い出す。
「じゃあこの子も簡単な言葉なら発するの?」
「それが出来るのは完全に妖になってからだ。こいつはそこまで達していない。」
ごく普通の犬のような座り方で吽蓮の足元に落ち着く“成りかけ”の妖犬からは、恐怖も不安も感じない。
「じゃあ…うちの飛燕も“成りかけ”ってこと?」
いつの間にか肩に停まった飛燕を横目に見ながら呟く。飛燕も楓の言葉を理解しているが、鳥のような鳴き声はすれど言葉を返してきたことはない。
「そいつは__」
「ねぇ。コイツ。連れて帰れない?」
何か思案に耽る阿蘭を遮り、ずいっと吽蓮が割り込む。大人しく小脇に抱えられる成りかけの妖犬は、まだ妖の凶悪な片鱗は見せていない。ただ、見た目が異形なだけだ。
「ごめん、私が使役出来るのは一匹なの。まだ飛燕は一人前の妖じゃないから…_!」
破魔の里では完璧に意思の疎通が出来る妖ならば複数契約を出来るが、“成りかけ”の妖は暴走の危険も孕んでいる為、一匹までと決まっているのだ。
断ろうとしたその瞬間、楓の耳元を風がすり抜ける。
「喰われたくなきゃ成って。」
いつの間にか飛燕を鷲掴みにしている吽蓮が、静かに圧を掛ける。
「ちょっと!飛燕いじめないでよ!返して!」
「やかましい!静かにしろ!」
怯えた飛燕が悲鳴をあげ、取り返そうとする楓から俊敏な動きで逃げ回る吽蓮。こめかみに青筋を浮かべながら怒る阿蘭。
「楓ちゃん?何してるの?」
「「…………」」
「…杏…何でここに…?」
喧騒を鎮めたのは、思わぬ人物の来訪だった。




