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山に入ってからかなりの時間が経つ。楓たちはいったん里へ戻ることにした。


まだすやすやと眠る杏を柾に任せ、阿蘭達にどう声を掛けるべきか迷っていると、吽蓮と目が合った。

「大丈夫。俺も蘭も、もうずっと昔に覚悟してたことだから。」

吽蓮はそう言って、後ろ髪を引かれる楓たちを帰路へ促す。

「転生の輪に戻ったんなら、また生まれ変わって帰ってくる。想っていれば、またいつか会えるぞ。ばーちゃんが言ってた。」

杏を背負った柾がぽつりと呟いた。

その言葉が届いたのか、吽蓮は表情を変えぬまま、こくりと頷く。

いつの間にか、阿蘭も横目でこちらを見ていた。その顔に、深い影は差していない。

「……目が覚めたら、その子に伝えてくれ。涼が世話になって悪かったって」

「悪かった、じゃなくて、『ありがとう』の方が嬉しいと思うけど? 杏も……涼水さんも」

楓が返すと、阿蘭は小さく舌打ちし、それでもほんの少し笑った。


その様子に楓も安堵し、その日、三人は里へ戻った。

目を覚ました杏はそれまでの事をほとんど覚えていなかった。

話しながら記憶を辿っても、任務で山を下りてから今に至るまでがあやふやなのだ。

どこか夢見心地で、ふわふわとした現実感の中で過ごしていたのだと笑う杏は、「狐につままれたみたい」と言って、あまり気にしていない様子だった。


柾の機転もあって、周囲の人々も杏の変化を深く追及することはなく、楓と柾は心底ほっと胸を撫で下ろした。


ーーー


「柾はさ……妖の事とか、この里の事、どう思ってるの?」

今回の一件で、楓が少し驚かされたのは、柾の妖への向き合い方だった。

妖を敵と見なす人間の多い破魔の里の住人でありながら、柾は里の危うさを認識し、阿蘭と吽蓮に対しても「普通」に接し、彼らを気遣う言葉さえ口にした。


今まで気付かなかっただけで、柾はどちらかというと桜側の人間なのかもしれない。

そんなことを思う。


「変な事聞くなぁ。同じ世に生きてる、ちょっと変わった連中?とか? 少なくとも、里のオヤジ達みたいに目の敵にはしてねぇな。人間にも色々居るだろ? 妖だって同じだ。」

朱鷺の影響もあるのかもしれない。

予想以上に好ましい答えに、楓の胸にじんわりと温もりが広がる。

「ま、言ったところで里じゃ異端児扱いされるのは目に見えてるからな。言わないだけで、意外と多いと思うぜ? 俺みたい考え方のやつ。」

里の中で暮らす人々は、皆が皆、妖を忌み嫌っている――楓はどこかでそう決めつけていた。

柾の言葉は、楓の耳に明るく響く。

(……里の中を、見ようとしてなかったのは私の方か。)

ほんの少しだけ、今までまったく好感を持てなかったこの里を、好きになれる気がした。 


ーーー


夜。楓は夢を見た。


近くを流れる小川のせせらぎを聞きながら、髪の長い少女が何か話をしている。

相手は、いつか見た大きな猫…おそらく獅子の幼体と、楓と同じくらいの年の少年だ。

柔らかな表情で、ときどき微笑みながら、じゃれ合う様子を見守っている。

(綺麗な子……)

ふと顔を上げた少女と目が合った。

少女は楓に向かってにっこりと笑い、深々とお辞儀をする。

(涼水さんだ。)

根拠はない。だがそう確信した瞬間、少女の姿は楓の知る涼水の姿へと変わった。


――ありがとう。


音のない世界で、涼水の声が直接、心に響いた。 

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