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再び場面が変わる。

境内で、阿蘭と吽蓮、そして涼水が並んで笑っている。


ふと楓の目を引いたのは、阿蘭の表情だった。

見たことのない、柔らかで優しい眼差しで、涼水を見つめている。

“阿蘭の涼水への過保護は凄まじいものがあったからな”

いつか白鴉が言った言葉を思い出す。

(過保護、だけじゃない気がする……)

そう考えたところで、場面が切り替わった。


壊れた吽蓮と、社殿に腰掛けている阿蘭。

少しだけ開いた板戸の向こうでは、涼水が呼び掛けているのだろう。

阿蘭は俯き、ぐっと唇を噛み、頭を抱えた。

(あぁ、これは……)


「阿蘭!吽蓮!もうやめて!」

杏の声を借りた涼水の叫びに、楓はハッと我に返った。気付けば、楓は阿蘭と吽蓮の間に走り出ていた。

「……無関係な人間は引っ込んでろ」

眉間に深い皺を寄せ、阿蘭が楓を睨みつける。

「そうやって逃げるのは、涼水さんを繋ぎ止めておきたいから?」

楓が率直に問うと、阿蘭は一瞬怯んだ。

「あなた、涼水さんの未練が何か――」

「うるさい。黙れ。俺たちは主を守るために作られた。涼を守るのが俺の役目だ。たとえ実体がなくても!」

(……。)

涼水の声を受け入れれば彼女は還る。守るべき主を失う、阿蘭はそれが怖いのだ。


「違う」

阿蘭と口論し殴られたせいで口の中を切ったのか、吽蓮が血の混じった唾を地面に吐き捨て、一言そう言った。

「存在守るだけじゃ、『守る』って言わない。涼水の心、守れてないから」


吽蓮はそう言って、涼水のそばへ歩み寄る。

「涼水のこんな辛そうな顔、オレ見たくない」

その言葉に、阿蘭も、涼水も驚いた顔を見せた。

阿蘭は俯き、涼水は自分の顔にそっと手を当てる。

「ありがとう、吽蓮。悲観した顔をするなと、よく忠言されたのに……」

涼水は吽蓮の手を取って微笑み、吽蓮の奥にいる阿蘭に視線を飛ばす。

「阿蘭。私の声が聞こえますか?」

「当たり前だろ。そこに居るんだから」

呼び掛けに、阿蘭は意を決したように拳を握り、ようやく涼水と正面から向かい合った。

「……悪かった。声、無視して。微かだけど、たまに聞こえてる時もあったんだ。けど……」

ばつが悪そうに頭を掻く阿蘭に、涼水は少し嬉しそうに、どこかほっとしたような顔を向ける。

「ずっと、貴方たちに謝らなければと……そして、この場所から解放しなければと思っていました。今やっと、それが出来る」


“主の名の下に命じます。この社を守りなさい”

涼水が取った、阿蘭たちを足止めするための苦肉の策は土砂崩れを止め、人々の命を守れた。だが、二人は主の居ない社を守り続けることになった。


彼女はそれを悔いていたのだろう。

その未練が、彼女をこの世に繋ぎ止めていた。


「長きに渡り、この場所を守って下さってありがとう。そして……ごめんなさい」

涼水の掌が淡く光り始める。

光は小さな塊となり、阿蘭と吽蓮の胸元へと吸い込まれていった。

「涼水が行っちゃう……」

吽蓮が、小さく呟いた。


確かに、涼水の気配が薄くなっていく。

阿蘭と吽蓮を縛っていた術を解いたことで、未練がようやく晴れたのだろう。

「仕方がないのです、吽蓮。今の私は、本来在ってはならない。在るべき場所へ戻らねばなりません」

「阿蘭……」

涼水が阿蘭の名を呼ぶ。

涼水は少し歩み寄り、背の高い彼を見上げた。


「貴方には、いつも嫌な役回りばかりさせてしまいましたね。解放されたら、思う存分……自由に――」

杏の身体が、ふわりと光に包まれ始める。

楓は耐えきれず、阿蘭に言葉を投げる。

「……本当の気持ち、言わなくていいの?このままお別れで良いの?」

涼水が驚いたように楓を見る。


「阿蘭。あなた、涼水さんに消えてほしくなくて……声に気付かないふりをしたり、避けたりしてたんじゃない?」

「……」

阿蘭は否定も肯定もせず、唇を噛む。

「主だから、とか、そういうのじゃない。あなた、涼水さんのこと――」

涼水を見つめる、あの柔らかな笑顔。

吽蓮に向けた言葉――『アイツが、消滅してもいいのか?!』

(ただの主従だけじゃ、あんな顔はしない…!)


「楓さん」

「!」


続きを言おうとした楓を、涼水が制した。

杏の姿のまま、涼水自身の輪郭が重なる。


「皆まで言わないで」

仄かな光が、徐々に強さを増す。

今にも消え入りそうな、震える声だった。


「……別の未練が出来てしまう」

涼水は笑っている。だがどこか困ったような笑みだ。

阿蘭は何も言わず、その笑顔ごと涼水を抱き締めた。


やがて、涼水を包んでいた光が弾けるように宙へ散っていった。


杏の身体から力が抜け、そのまま崩れ落ちる。

阿蘭がすぐに抱きとめたおかげで怪我はなかったが、杏は深い眠りに落ちていた。

「何かに憑かれると、それなりに体力も消費する。しばらくは、そのままだろうな」


そう言って阿蘭は杏を楓たちに預け、光が消えた空を見上げた。その表情は、楓の位置からは見えない。


吽蓮はどこか腑に落ちない顔をして、楓たちと空を交互に見比べている。


「よくわかんないけど。こういう時を、哀しいって言うのかな」

涼水との別れに湧き上がる感情に、戸惑っているらしい。

阿蘭と吽蓮――対の狛犬の化身は、いつまでも光の消えた空を眺めていた。

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