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人を惑わせるはずの狐狸路だが、楓を迷わせることなく、見覚えのある道へと続いていく。

しばらく進むと、朽ちた鳥居のある、あの神社が見えてきた。

「お前、土地勘すごくないか? よく覚えてたな」

感心しながら、柾が境内へ足を踏み入れる。

彼は気付いていないが、狛犬は二体とも姿を消しており、台座だけがぽつんと残っている。

辺りを見渡す。杏の姿はない。阿蘭も吽蓮もいない。

本殿の板戸をそっと開けてみるが、中ももぬけの殻だった。

「杏、来てねぇな」

背後から覗き込んだ柾の、がっかりした声が聞こえる。

「……」

楓は違和感を覚え、本殿の中へとそっと足を踏み入れた。

この前に来た時と、何かが違う。その正体を確かめようと、ゆっくりと視線を巡らせる。

目に留まったのは、祭壇の上の銅鏡だった。

前に見た時はくすんでいたそれが、今日は楓の顔を映すほどに綺麗になっている。

阿蘭か吽蓮が磨いたのかもしれない。

「楓〜? どうした?」

柾の声に振り返り、まずはその変化を伝えようと、もう一度銅鏡に目を向ける。

「あれ……?」

先ほどまで楓の姿を映していた銅鏡が、まるで誰も居ないかのように、彼女の姿を映さなくなっていた。

角度を変えても変化はない。

本殿の入口からこちらに近付いてくる柾の姿も、鏡の中には現れない。

「鏡がどうかしたか? あれ……映らん。鏡じゃないか? いや、でも周りは映ってるしな……」

柾も不思議そうに銅鏡を覗き込み、目を細めてそっと指先で触れる。

「……おい、ここ。何か映ってるぞ」

真っ直ぐ入口の方を向いた銅鏡には、本殿の入口がそのまま映っている。

柾が指した場所を覗き込むと、確かに、鏡に映る本殿の入口から何かが動き出すのが見えた。

ハッとして、楓は本物の入口を振り返る。

声が聞こえてきた。

楓と柾は顔を見合わせ、そっと入口へ戻り、外を覗く。



まず目に飛び込んできたのは、阿蘭と吽蓮の姿だった。

楓の知る阿蘭より少し若く、吽蓮は逆に、どこか大人びて見える。


雨に濡れることも気にせず、鳥居の下を塞ぐように立つ二人の視線の先には、髪の長い女性が一人。


「俺は認めない」

「オレも。そこまでする必要ない」


何の話かはわからないが、阿蘭と吽蓮、そして女性が何かで対立していることは見て取れた。

「私には、ここへ来て下さる人々を守る義務があります」

「だからって! ここの水が枯れて困るのも奴らだ。お前の義務は、水源を守ることだろう!?」

「知ってしまったことを、見過ごすわけにはいきません」


水源を守る――。

その一言で、楓はピンと来た。

(涼水さんだ。)

今、自分たちが見ているのは、かつて流風や白鴉が語った、涼水が土砂崩れから身を呈して人々を守った時の光景なのだ。

「死んでしまっては、水源も何もなくなってしまうのですよ。お願いです、わかって下さい」

「……」

懇願する涼水に、阿蘭は押し黙る。

折れたのか、吽蓮が一歩退こうとした。その肩を阿蘭が掴み、引き止める。

「認めない。絶対そんなこと、させない!」

頑なに譲らない阿蘭に、涼水は哀しげに顔を曇らせる。

「それならば……仕方ありません」

ふぅっと息を吐き、涼水が顔を背け、静かに印を結んだ。

「主の名の下に命じます。この社を守りなさい」

涼水の凛とした声が境内に響く。翳した手から放たれた光が、阿蘭と吽蓮を包み込んだ。

「涼!っお前…!!」

「ごめんなさい。こんな主で…」

「駄目だ!絶対こんなの許さない!…涼!」

光があまりに眩しく、楓は思わず目を閉じる。

涙を含んだ涼水の声と、阿蘭の怒声だけが、耳の奥に焼き付いて離れなかった。

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