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「大変だったようだね。御苦労様。」

早朝、いつものように訪ねてきた楓を見て、開口一番に流風は労りの言葉を口にした。

「何で知ってるの?」

眉をひそめる楓に流風は自分の背後に(そび)える古木の上を差した。差された先には白鴉が居た。

「あなた、途中から来てまたどこかに行ったじゃない。」

「舐めるな。私ほどの妖になれば気配を操ることなど容易いのだ。」

白鴉の言葉の真偽はわからなかったが、とりあえず流風が大方の出来事を知っているのは確かなようだ。

「おかげで阿蘭も人に手を出さずに済んだ。助かったよ。彼は少しカッとなりやすい。」

「彼も知り合いなのね。」

いつしか流風がこの山のどの妖と知り合っていようが不思議に思わなくなった。山に頻繁に入り始めて間もない楓にも知り合いの妖が増えたからだ。

「蓮がたまに暇を潰しにここへ来るのさ。阿蘭はその蓮を探しに来る。」

話を聞けば、二人は奔放な弟とそれに手を焼く兄のように思えた。二匹一対である狛犬の化身と言っても随分と性格に違いがあるようだ。そう思って口にしてみると、白鴉がフンと鼻を鳴らした。

「観察力が足りんな小娘。彼奴らの違いもわからんのか?」

「違い?」

小馬鹿にしてくる白鴉の言葉にはすっかり免疫がついてしまった。

「狛犬の時の彼奴らをよく見てみるが良い。」

「…色が違う?」

「……フンッ」

訳がわからないといった面持ちの楓に流風が助け船を出してくれた。

「…阿蘭と蓮、それぞれ作った人が違うのだよ。」

「そうなの?」

それは気が付かなかった。

そういえば、二人の雰囲気が違うような気もしたが、それは楓の中にある二人の印象がそうさせているのだと思っていた。

「阿蘭を作った人は水神をとても大事に想って作り、蓮を作った人は仕事として作ったのではないかな?作り手の想いをそのまま反映した性格になった。」

「阿蘭の涼水の過保護さは凄まじいものがあったからな。」

楓の知らない、昔を懐かしむように話す二人を見ていると、ふとある疑問が浮かんできた。

「…作った人が違うだけで年格好も変わるの?」

楓が見た阿蘭は青年だった。だが、片割れの吽蓮はというと、楓と同じ位かそれ以下の少年にしか見えない姿だった。

ぶつけられた疑問にほんの一瞬だけ流風が顔をしかめ、そのまま少しの間沈黙が流れた。意味深な視線を恐らく白鴉だろう、木の上に向け口を開いた。

「何も言わないということは、そういうことかな?」

「?」

「吽蓮は一度壊されたのだ。お前たち人間の手によってな。」

“人間”という単語を口にする白鴉の声色に刺々しさが混じった。

「…どうして?」

「井戸が枯れた事に腹を立てたうつけ者がしたのだろう。吽蓮は半壊した。」

祀られていた水神は人々を守る為にその身を犠牲にしたと聞いている。源泉を守る水神を失い枯れた井戸。水神を祀る神社に怒りを向けられては理不尽だ。

「その際に長年溜め込んだ妖力も消し飛び、それまで備わっていた力も感覚も容姿も、昔の姿に遡ってしまったのさ。

『やっぱ人間は嫌い。』

吽蓮の言葉の裏にはそんな事実があったのだ。楓は言葉を失った。

「接してみて分かっているかもしれないが、感情の面でも欠落が見られる。」

「ボーッとしている時もあるし、痛覚は無いに等しい。」

白鴉の補足に楓は初めて吽蓮と出会った時のことを思い出した。高い場所から落下し、しかも足や腕に枝が刺さっていたにも関わらず、彼は平然としていた。あれは痩せ我慢ではなかったようだ。

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