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惹けぬ弱者の世迷言  作者: 殴始末
諸日編
22/31

21「決意の応え」

「ボロボロじゃねぇか。あんときの威勢はどうした?」


 堂々と姿を表したのはバルテミアだった。


「【どうして…バルテミアか、助かった。正直危ないところだった」


「てめぇ情緒狂ってんのか…?」


 先刻別れたときと違い、バルテミアが身につけていたのは私服だった。それも想像とは真逆。悪趣味にギラギラ輝く派手な物でなく、白を基調とした軽装に焦茶のローブの不審な格好。大きなリュックと、腰回りで淡く光る小袋が気になるところではある。


「…失礼だな」


 あまりにジロジロと眺めたからかバルテミアは、両親を睨んだのと同じ目をアルに向けていた。だがその鋭い切れ目は真意を見透かせてはくれない。


「まぁいいけどよ…んなことよりアレどうすんだよ」


 バルテミアが顎で指し示す先では、両親が揃って沈黙を見せていた。

 明らかに異常なことだ。つい先程、滅多に出さないその身に秘めた超常を向けられていたとは思えない。


「【あー…一応向こうの動きを見たいですけれど、素直にそうしてもらえるか…」


「そうか?見たいってんなら動いてもいいが…そうだな。どうしてアルの味方をするんだ?」


 話を振られたと思ったのか、ルーグはバルテミアに質問を投げかけた。一見酔狂のように見えたその質問だが、それにしてはバルテミアに向けられた瞳はいやにまっすぐだった。


「理由か、確かに言われてみれば不思議だな…」


 その題を受けて初めて考えたようで、彼は唸りに似た声を出し悩み始めた。


「答えられないのならあなたも灼くしかないわよ?」


 本気かどうかもわからぬ調子でくすくすと嗤い、シアは手元をピリつかせる。

 チカチカと光るそれを見てなお平静を保つバルテミアは、腕を組んでじっくり五拍ほど考えると答えを出した。


「わっかんねぇ!」


「死になさい。沈黙地誉、刺貫き世穿たん。『連曲』」


 二つの光が浮かんだ。

 大きな火花を散らしながら弾かれた雷は制御を失い、捻じれた先で家の残骸へと火をつけた。

 轟々と燃えるそれに、静かに寂しさを覚える。生まれて今まで育ってきた家だ。仕方ないだろう。

 だが世界はその感情を些事と切り捨て、目もくれない。

 肉体的、精神的な疲労からそれへの参戦は不可能、傍観を余儀なくされてしまう。

 剣と雷がぶつかり合う中、その残骸はひっそりと勢いを殺していく。


「味方をするのに理由がないはずない。それに君はアルを虐げた筆頭だろう?おかしな話じゃないか!」


 振るわれる鎖刃と同じくトゲにまみれたその言葉。しかしバルテミアも負けはしない。


「黙れ!俺様はしたいようにするっつってんだろうが!」


「それに何の意味がある!それが正義でなくただの無責任だと知れ!!」


 その猛攻にじわじわと押され、少しずつ距離を離されていく。気付けばその距離は、戦闘を一方的にするまでに伸びていた。


「ぐぼあっ」


 激しい剣撃で、先程の傷口が開き激痛と血が込み上げる。

 耐えることの叶わなかったそれは留まることなく吐き出され、その体の限界さを見せつけていた。

 無理をしただけ、額からこぼれた汗が頬を伝い、滴り落ちる。正直今のバルテミアにとっては長期戦も、中遠距離戦も望ましくない。

 バルテミアはこう考えた。


 それはつまり…


「今、殺し切るしかねぇわけだ…!!」


 それは非常に短絡的で、しかし合理的な思考だった。

 それに今、彼の背後にはアルもいる。様子を見る限りではあまり役に立たなそうだがいないよりはマシだろう。


「俺様は…やりたいことをやるだけだ…!!アル!全力で援護しやがれ!」


「【!?」


 戦略と言うにはあまりに正直過ぎるバルテミアは、その"人"を表すように真っ直ぐな剣を振り下ろした。


「連来『暮節』ッ!」


 宣言通りに発動されたその流技を受け、剣は鎖刃の急所たるその節々へと最も有効な角度から斬り込んだ。

 その剣は容易く鎖刃を断ち切り、折れた先に慣性を乗せて吹き飛ばす。そしてそのまま突撃を仕掛けるバルテミアに、しかしルーグは笑みを浮かべていた。

 それに対する不安を他所に、彼らを討伐するビジョンを浮かべる。距離は遠い。だが一瞬で詰められるだけのポテンシャルが、翔天流にはある。


「【…………『善碌』…ッ!」


 アルからの身体強化を受け、その自信と力と速度はとどまることを知らないように上昇していく。


「これだこれ…これが欲しかったんだ……よッ…!」


 何故かわからないが、アルの魔力は傍目にみても非常に質が高い。何を以て質が高いとしているのかはわからないが、とにかくその魔術が高い品質を誇る点から疑いようがないだろう。

 興奮状態になったバルテミアは、詰め寄る速度をどんどんと上昇させていく。

 そう。それは文字通り、瞬く間に。

 既にルーグの目前に踏み込んだバルテミアは、その胴を叩き切るべく剣を振るおうとした。

 瞬間、バルテミアに悪寒が走る。それは経験から来る本能の警鐘。故に、弾かれるように身を翻す。いや、翻さざるを得なかった。


「なんだそりゃあ…!」


「よく気付いたな!やるじゃないか!」


 今、ルーグとバルテミアの間には壁があった。

 重力を無視して無理矢理に持ち上がり、見るもの全ての頭を混乱させるかのように弧を描き、ジャラジャリと耳障りな音を立てて、バルテミアの頬を薄く切り裂くそれは。


「鎖刃、一本だけだと思うなよ?」


 数本の刃を伝う血を器用に払い、ルーグはそう言い放った。



________________________________



 バルテミアには、幼少からの悩みがあった。

 それは彼の生まれや未来にまつわる悩み。

 特殊で非常に優秀な血筋に生まれた彼は、本能的に剣を手に取ることになった。

 その際避けて通れぬのが覇制四流派。そして、その内二角の頂点に立つのが優秀な兄と姉だった。

 堅刃の兄と翔天の姉。

 双子として生まれてきた彼らは、バルテミアの物心つく頃既にその地位に就いていた。

 当時の年齢は、現在のバルテミアと同じく十七歳。

 それらを師としながらも、同等の成長を成すことができなかったバルテミアは、自らに対する無自覚の劣等感に苛まれていた。

 しかし己を信じて止まない彼は決して揺るがず、研鑽を積み続けた。


 それによって抱えるのは、戦い方。そしてその在り方。

 今の彼は、二つの戦術を用いた戦闘をする。

 しかし覇制の、それぞれが独立した役目を果たすように作られた性質上、それが合理的でないことを彼は理解していた。

 今の彼は、二つの信念に基づいた行動をとる。

 しかし己の、相反する部分をもつそれらを抱えることが理知的でないことを、彼は理解していた。

 だからこそ彼は、そう遠くないうちに大きな決断を迫られるだろう。

 彼は一体、何を選び何を捨てるのだろうか。



 だが本来……


________________________________



 ルーグの足元から伸びたその鎖刃は一本でも厄介極まりないが、それは両手の指で数えられる本数を軽く超えていた。


「この鎖刃、新調したばかりなんだ!…試させてもらおうじゃないか!」


 ルーグが気分良さげに叫び拳を突き上げたのと同時に、その高い壁が動き始める。

 それは大きく脈打ち、ルーグを中心に回転しながら放射状に展開され、わかりやすくもバルテミアに向けて発射された。


「こんなんで…止まっかよ!」


 思わず足を止めていたバルテミアは自らに発破をかけると、向かい来る鎖刃へと駆けていく。

 遂に接触せんとしたそのとき、抜いた剣を前に構えて彼も叫んだ。


建城けんぎ蛮卜ばんぼく』!」


 黄色がかったオーラに刃を包み、彼は深く踏み込んで力強く剣を振り下ろす。

 瞬間、触れた鎖刃のすべてが崩れた。


「なっ…」


「攻めるぞアル!俺様ごとこいつを全力で吹きとばせ!!!」


「ッ…!させないわ!沈黙地誉、刺し貫き世を穿たん、『連曲』!!」


 先程姿を見せた大きな雷が、直線的な動きでバルテミアに向かう。

 ズバン、と。

 その勢いは先刻の物を遥かに凌ぎ、認識した瞬間には既にバルテミアへと達していた。


「【バルテミア!!」


「こんなもんで終わりか!?」


 声を出してももう遅い。

 ギャリジャリと大きく音をたて、再びルーグの懐から現れた鎖刃は既にその認知の外、煙を丸ごと包み込んでいた。

 バルテミアを助けるには…


「【ぐっ…思いつかねぇ!」


 言っている間にもその鎖刃の球体は縮小しつつある。

 止めなければ、そうしなければバルテミアが。


「【ッ…ァァ…」


 焦る気持ちも意味を成さず、出そうとした音は全てうめき声として世界に処理された。

 鎖刃がバルテミアを破壊するまさにそのとき、ルーグが問いかけた。


「…それで、いいんだな。」


 言われて考える。それでいいはずがない。

 そう、あってはならないのだ。

 もう一人がいる自分でさえ状況を把握できていないのに、たった一人立ち向かい、助けてくれさえしたバルテミアが死ぬなんてことはあってはならない。

 そう認識したときだった。


「ッガァアァァァアァアァァ!!!」


「【!?」


「な、なんて胆力だ…」


 バルテミアが突然、己を包む鎖刃を内側からこじ開けたのだ。

 蠢くそれらに肉を引き裂かれながらも、彼は再び叫んだ。


「いいからさっさと!ぶちこみやがれええええぇぇぇ!!」


「いい加減に…しろ!!」


 叫んだ直後、より多くの鎖刃が彼を襲った。

 その中心へと飲まれた彼の声はもう届かない。

 だが、その覚悟を知った。

 だから、こちらも腹を括ろう。


「【わかりました…バルテミア。」


「…馬鹿なことはよせ、自ら手を下すようなものだぞ!?」


「【それでも…」


 そう。それでも、彼は根拠もなく僕を信じて向かってきてくれた。

 故に、俺にはそれに応える義務がある。


「【だから…ッ!!」


「チッ、なら!幻戯、『糸焦』!」


 宣言通りに鎖刃が大量の火花を放ち急速に縮小する。もうその高さは、一メートル半にも満たないであろうところまで進んでいた。

 だが。彼ならばと、もしかしたらと、そんな根拠のない信用が湧いてしまう。

 矛盾だらけだ。雑音が大きすぎる。そして無謀にも程がある。

 しかし、知ってしまった。彼の、強大さを。賭けてしまった。彼の、その強さに。

 だから、痛む体にムチを打ち、アルは、アル達は言った。




「【 『灼紅玉』 」





「建城…『媒掠ばいりゃく』………鎧………」



 呟かれた声は、燃ゆる業火にかき消されていた。

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