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異世界バチェラー始めました。その4

「ここです」


「へ?」


「ここが、新たなカレー屋、か?」


「い、いや……ここはでも……」


 俺は「カレー屋」を想像していた。しかし、着いた場所は――。


「これ、パスタ屋、だよな……」


 そう、俺達の目の前にある店はこの幡ヶ谷で昔から店を構えるパスタ屋だ。その歴史は古く、何と俺がおしめを替えていたころから存在する。

古いからこそ地元では結構知られているし、勿論味もいい。俺も何度か通ったことはあるが豊富なメニューと若干量が多い分、値段が高いのが特徴だ。個人的には値段を少し下げて量を減らして貰ってもいいなと思っている。数年前に開店した場所から移転し、同じ幡ヶ谷商店街の裏路地に居を移したのだ。俺は居を移してからは訪れるのは初めてだった。


「――は、入りましょう」


「あ、うん」


 俺達はバナールに促されるようにして店の門を潜った。


「いらっしゃいませ」


 小綺麗で明るい店内、分かりやすくおすすめメニューがボードに書いてあり注文しやすそうである。そして俺は、その中に「カレー」の文字を見つける。――あれか? 

 そのメニューを確認し、俺達は4人席に座る。


「もしかして、あれを頼もうってこと?」


「え、ええ……そうです」


 バナールが答える。そうか、あれか。確かにカレー……ぽくはある。


「じゃあそれを3つ……ああ、バナールとカミルにはベーコンを外してもらうか?」


「あ、いえ、私は大丈夫ですから……」


 意外なことに、肉がいけそうなことを彼女は口にする。


「そうなの? じゃあベーコン抜きを一つだけ。夏野菜とベーコンのトマトカレーパスタを3つお願いします」


「はい、わかりました」


 そう、パスタ店でカレーというから何事かと思ったが、メニューを見て理解した。ソースがカレー風味なのだ。意外性、という意味ではなかなか面白いチョイスだと思う。


「お待たせしました~」


 暫くして眼鏡を掛けた女性店員がパスタを運んでくる。3つの皿が俺達の前に並べられると仄かに香るカレーの匂いが鼻腔を擽る。思ったより――控えめだな。

 夏野菜のカレー、というだけあって様々な夏野菜が瞳の中を彩る。トマトの赤のキャンバスにゴーヤ、オクラの緑、所々にベーコンのピンクがひっそりと沈み、コーンや根菜類の黄色がハイライトのように散る。見た目は合格だ。


「どれ、それじゃま、いただきます」


 俺はパスタをフォークでクルっと巻き取り口に入れる。


「――ほう」


 トマトの酸味がまず最初に――次にカレースパイスが口内を刺激する。そこに夏野菜の苦みが加わって来る。夏野菜はどれも最初に若干のえぐみ、若さを感じる。ゴーヤなどその顕著な例だ。その苦みをトマトのあまみと酸味、カレースパイスの風味が中和させる。そして、ベーコンが箸休めのように挟まる。なるほど――これは……。


「実に、エルフ向きだな」


 俺が感じていたこと、そのままの感想をカミルは口にした。

 そう、このカレーパスタ、パスタ料理というより、野菜料理に近いな、と思う。野菜の味わいをパスタやソースが補い、高めようとしているのだ。野菜自体も歯ごたえを残し、どれも食べ甲斐がある。

 しかしまあ――やっぱりここ、ちょっと量多いな。

 食べ応えそのまま、俺達はそれに比例するように無口になった。そう、黙々と食わね減らないからだ。パスタのうまい時間は存外短い。黙々と食べること自体は問題はない――というよりむしろそれを自然と促すような魔力がこの皿にあるのだろう。


「――いや、満足した」


 カミルは膨れた腹を摩りそう言った。

 皿は見事に空になっている。残ったソースもちゃんとスプーンで掬い綺麗にする念の入れようだ。


「うん、俺も満足した――けど」


 カレーか? と言われると若干違う。パスタか? と問われればまあ、パスタのような気もする。料理としてはよくできているが、何の料理か、と言われるとよくわからない。本当に不思議なメニューである。


「――時にバナール殿はどうしてこの店を?」


 ラズリーにしたのと同じような質問をカミルは投げかける。焦ったようにバナールは口の周りについたトマトソースをナプキンで拭いて、口を開いた。


「――新しい味を、知りたかったので」


「ほう?」


 俺からしても予想外の答えを彼女は口にした。


「食べたことのない――新しい何か、未知の食材――未知の組み合わせ――その宇宙を感じたかったのです」


 たどたどしい感じで彼女は言う。

 しかしその口調とは裏腹に、彼女の瞳に静かな炎が宿っていることを俺は察する。


「私のこと――分からないでしょう?」


「失礼ながら――そうですな」


 ミステリアスなアイズで彼女はカミルを見つめる。なんとも、不思議な雰囲気の子だ。だが、なんとなく――どことなく俺には既視感があった。何だろう、これは――。


「知らないものを知りたがること、それが知恵のあるものの根源的欲求なのです。ですから、私はもっと知りたいのです。貴方のことも」


 もう口調にたどたどしさはない。それどころが彼女の言葉は落ち着いた、とても説得力のある何かを纏い、俺達にも絡みつく。何だこれ? この、言葉に言霊が宿ったような不思議な感覚は――。


「――失礼しました。それではもう出ましょう」


 まるで呪縛から解き放たれたように俺の身体は反応した。一瞬、意識が持っていかれたような気がする。


 彼女が先に屋敷に戻るをの俺達は見送る。町は明るい、一人でも戻れるだろう。


「――なあ、なんだあれ?」


 俺はカミルにそう問うた。


「――わからん」


「わからんて……ひとつ聞くが、どこの氏族だ?」


「――たしか、ううむ、あれ?」


 カミルが眉を顰める。何かを必死に思い出そうとしているが、思い出せない、そんな顔をしている。


「――すまん。伸介、思い出せない」


 カミルと俺は顔を見合わせる。恐ろしいものを見た――その思いだけは一致していた。


      ◆


「――と、いう感じだな」


 俺は家に帰って居間のテーブルを挟んでミリアルと向かい合っている。


「ふん、とりあえずラズリーが優勢ってことかしら?」


「そうなるな。……別にバナールが悪いってわけじゃないが、正体がわからん。それにあれば多分、結婚する気は最初からないんじゃないか?」


「どうしてそう思うの?」


「カミルのことを知りたい、とは言っていた。だけどそれは何というか――知りたいことの僅か一部、そんな感じがしたんだよな」


 そう、あれは恋人に向けたそれとは違う。そんな風に直感的に思ったのだ。


「理屈じゃないけど、そんな気がする。あれはなんか、やばい」


「――ふうん、というわけだけど、どうするのあんたは?」


 ミリアルが問いかけると居間の奥のソファで寝そべっていた妹がもぞっと動いた。


「――どうもしないわ。ラズリーが勝つならそれでいいじゃない」


 ぶっきらぼうにシンディは答える。


「元々やる気がないなら一騎打ちでラズリーとチェリッシュがやり合えばいいのよ。私とそのバナールってのもいい迷惑でしょ?」


 確かにその通りではある。しかしだな、その場合――。


「その二人のどちらかとカミルの縁談が上手くいった場合、あんたちょっと困ったことになるわよ?」


「――どうしてよ?」


「簡単よ、シンディ、失敗して帰ったら貴方間違いなく幽閉されるわ」


「――!」


 シンディが思わず目を剥く。


「な、なんで――」


「何でじゃないわよ。わかってるでしょ? 私がもういない。後継ぎは貴方任せ、となったらもうなりふり構うわけないじゃない。あの、お父様が」


 シンディは「そうかもしれない」と苦虫をかみつぶしたような顔をする。


「多分どっか適当な婿を迎え入れるでしょうよ。それまで自宅軟禁、そんなシナリオしか見えないわよ?」


 多分、そうなるだろうな、と俺も思う。俺がミリアルを嫁に迎えるときも相当強引に、後戻りできないところまで根回したのだ。


「ちょ――じゃあどうしろってのよ!」


 ミリアルは激高しかけた彼女に落ち着いたまなざしを向ける。


「だから協力するって言ってんじゃないの。最初から。これは私のせいでもあるんだし」


「そう言うことだな」


 その声は俺のものではなかった。声の主は――。


「カミル!?」


 居間の扉の外で待っていた彼は頃合いを見て中に入ってきた。


「な、なんでここに――」


「何でも何も、私が君に会いたかったからだが」


 カミルの言葉にシンディが若干驚いたように後ずさる。


「カミル、その言い方だと気があるように見えるぞ?」


「ああそうか、いや――まあそういうことではなくてな。君に、言っておきたいことがあったのだ」


 カミルは咳ばらいを一つして仕切りなおした。


「シンディ、君が勝てば私も暫く結婚という重荷から解放される。元々、まだ、誰とも付き合いたいと思っているわけではないからな。ならば、勝ってみせろ、そうすれば君の願いに私も協力しようじゃないか」


「この勝負に勝てって言うの? でも勝ったら……」


「勝ってから、婚約破棄すればいいではないか」


「え」


 間抜けな声をシンディは上げる。


「少なくとも時間は稼げるだろう? 結婚までに間があれば何でもできる。逃げ出してもいいし、それこそ私を口実に色々出来るではないか」


 ――ただし、と彼は付け加える。


「勝てれば、だが」


 カミルはシンディに凄んだ。


「不正はする気はない。他の者に失礼だ。君が自分の為に何かする、そのために真剣に努力するなら、そのチャンスを与えようと思う」


「な、なによ偉そうに――」


「そもそも、君は失礼だ」


 カミルのハッキリした口調に彼女は鼻白む。


「私にも、此処へ来た他の娘にも、だ。君に事情があることは察する。それでも、だ。きたからには最低限、自分の役割を果たす努力をしたまえ」


 カミルに頭ごなしに怒られ、彼女は涙を溜める。


「や、やってやるわよこの――」


「では、明日を期待している」


 カミルは踵を返しサッと家から出て行った。残されたシンディは悔しそうに俯いて拳を握りしめていた。

今週ここまで。ちなみに 幡ヶ谷 カレー で検索するとかなりのカレー激戦区であることが分かります。果たして作者はデレステのミステリアスアイズのイベントを10000位以内で走り抜けながら更新を続けられるのか?……ちゃんと更新しますよ、ええ?

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