異世界バチェラー始めました。その3
「いらっしゃいませ」
腕にタトゥーのある眼鏡の男がそう挨拶する。多分、彼が店主だな。
店の看板とメニューにはスリランカ料理とあった。スリランカとスパイス――そう、この店、期せずしてカレー屋だ。店の中は思ったよりも狭いが、奥の4人掛けの席が空いていたためそこへ案内される。
ランチメニューはチキンカレー、豆とトウモロコシのココナツカレー、鯖のココナツカレー、ナメコとオクラのカレーの4種だ。それに副菜がつくらしい。
「何にするカミル?」
「豆だな。他は動物の肉があるだろう?」
「オクラもいけるとは思うが、ナメコとオクラの食感がいけるかは賭けだな。それが無難か」
「私はカミル様と同じもので」
「じゃ、俺はチキンで」
注文を通してから俺は対面に座る彼女に向き直る。カミルと彼女は隣り合って座っている。
「この店――どうやって見つけたんだ?」
俺の質問に彼女はフフフ、と悪戯っぽく笑う。
「いやですわ、我が眷属の力を用いれば造作もございません」
「――たしかプリコット氏族は匂いを操る氏族、でしたな」
カミルが俺の疑問と彼女の答えを補足するように発言する。
「そうですわ。最も美味しそうな匂いを辿るだけです。そうすれば自然と導かれるのですわ、幸せに」
そう言って彼女は笑う。この店の名、幸せの鳥と重ねるように。
こいつ、案外策士かもしれんな、と俺は思う。考えなしに突っ走るタイプではない。強かに色々仕掛けるやつだ。
――案外、勝ち残るやもしれんな。
こういう奴は大抵かませ何だが、どうも店からそんな匂いがしない。店選びに関しては大正解を引いているのではなかろうか――。
そうこうしているうちに飯が運ばれてきた。
「わあ……かわいい」
最初に声を上げたのはラズリーだ。それに同意するようにカミルも頷く。
「確かに、個性的な見た目だな、これは」
丸い大皿の中央に盛られたライスの上に薄い、円形の黄色いせんべいのようなものが刺さっている。
その周囲を豆とトウモロコシとココナツの黄色いカレーが埋め、副菜部分が赤、紫色、緑色を添える。なんとも色とりどりで美しい。
「パパダムっていうらしいな。豆せんべい――てことは原料は豆を曳いたものだろ」
「なるほど、これも食えるのか?」
「ああ、パリパリと割って一緒に食えばいい。それで横に盛ってあるのが副菜だな」
俺は皿の一角にまとめられている副菜三種を指さす。水菜とトマト、キュウリのサラダ、その紫色の粉末状のもんが、ビーツ入りココナツのふりかけ、最後にこれがピーマン南瓜ゴーヤの炒め物である。
「副菜は酸味、甘み、苦みの饗宴ね」
少しだけ感心する。日本のカレーには伝統的に福神漬けやらっきょうなどが乗ることが多い。しかしこちらの副菜、副菜だけですべての味が楽しめそうである。カレー本体に自信がなければ多分この構成にしない。だって、このすべてに合うと思ってこの店主はこの3つを出しているのだ。
「御託はいいから食べて見るか。副菜は箸休め的に好きに食べていけばいい」
ライス横にはカレーが掛けられている。それを掬ってはライスと適量に混ぜ食べ進めればいいだけだ。この細長い米はどうみても外国産だ。スリランカ米に違いない。
いただきます、というが早いか俺はチキンカレーを一掬いして米と共に口に入れる。
「おお――?」
スパイスが口内から鼻へ突き抜ける。
薄い、スープみたいなカレーからはそれに反した力強い息吹が感じられる。そしてライスがこれによく絡む。スープ状のそれは米とよく合った。スルッと喉を通り抜けてしまう。そして、口の残るのは下味のしっかりついた鶏肉だ。これが美味い。よく味が染み、さらにカレーを吸い、その濃い味をライスがしっかり受け止める。そしてその様々な味わいに対応しているのが副菜だ。味が濃い――と思えば水菜とトマトを、辛味が強くなりすぎたと感じたらココナツ風味のふりかけを、味に急激な変化をもたらしたいと思えばピーマンやゴーヤを口に運べばいい。これは――面白いな。
「――ひとつ、宜しいか」
カミルが食の手を止め彼女に問う。
「ええ、何でしょうか?」
「なぜ、この店を選ばれましたかな?」
「簡単ですわ。貴方様に合う女性は、私しかおりませんから」
自信が皮を被ったように――彼女は答えた。
「私は貴方様に合う最良の『副菜』です。かようにも変化し、貴方を手助け致しますわ」
彼女は優雅に、そして勝者のような笑みを俺達に見せつけた。
◆
「それでは良いご返事をお待ち申し上げておりますわ」
そう言って彼女は軽やかな足取りで幡ヶ谷の商店街から屋敷まで戻っていく。俺達は相談と称し二人残る。
「どう思う伸介?」
「いや、正直決まったんじゃね?」
俺は思った通りの感想をカミルに伝えた。
「普通に美味い。気配りも飯チョイスもよかった。裏の顔――意地が悪そう、という点を除いてはほぼ穴がない」
しかもこの店――評価サイトの点数も高い。というより幡ヶ谷で一番上のカレーだった。ここに気付かなかったのは俺がラーメン屋ばかりに目が行っていたからだと思う。いかんな、灯台下暗しというやつだ。
「私もそう思う。……ただ彼女がミリアルにしていた数々の嫌がらせを想うに踏み切れぬ面もあるが――しかし、勝負は勝負だからな」
カミルは複雑そうな表情を浮かべる。
「カミルのことを好きな気持ちに嘘はないかもな。かなり、本気を感じたわ。……上手く手綱を握れれば、ありかも?」
「逆に、操られそうな気もするが、な」
確かに。カミルの心配も最もだが、まだ一件目だ。他が上回る可能性は勿論ある、あの妹を除いて。
「で、次は?」
「バナールだな。場所は幡ヶ谷で変わらぬ。また夜に、商店街前で頼む」
「了解」
そしてあっという間に夜。幡ヶ谷六号通り商店街のアーチ前で俺は二人を待っていた。
「お、お待たせしました」
たどたどしい物言いでバナールがカミルを連れてやって来る。
「いいえ、ご招待いただきありがとうございます」
俺は一礼しバナールの様子を伺う。彼女は上目遣いでチラチラとこちらを見てはすぐに顔を伏せてしまう。……恥ずかしがり屋さんかな?
「それで、今日はどういった店に連れて行ってくれるのかな?」
カミルが優しくそう訊ねると彼女は控えめな言葉で続けた。
「カ……カレーという異世界の食べ物です」
俺とカミルは顔を見合わせる。今回の対決が――カレー対決の様相を呈し始めたことに。
明日は仕事の都合で更新できません。
なお決して待ち続けたデレステのミステリアスアイズのイベントが来たから更新できないというわけでもございません。ええ、決して(シャンシャン)奏&楓さんサイコー!




