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中野坂上で切り拓く未来~後編~

「――君は、ミリアルの……たしか妹ではなかったか?」


「申し訳、ございません」


 カミルの言葉に項垂れるエルフの娘は長い金髪を乱れさせたまま、俺たちと目線を合わせないで道端で膝を抱え座り込んでいる。天気は曇っていて、時折雨粒が俺の頬を打つ。早めに移動したほうが良い。


「どうして……見抜かれたのですか?」


「簡単なことだ。どうして、食べれるはずの『チキンライス』を残したのか考えたらな」


 ミリアルはもう『肉』が食えるのだ。わざわざ残す意味はない。なら結論はどちらかだ。腹がいっぱいで食えないか、本人じゃなく肉が食えないエルフか、だ。今回の店の量で前者はありえない。俺の腹は5分目にも達していないのだ。


「――ここじゃあれだな。移動しよう、カミル」


「ああ、しかしこれは、どういうことだ? それだけでも、今教えてくれ」


 カミルの疑問に俺は答える義務がある。いつまでも偽ってはいられない。


「カミル、お前の嘘を見抜ける力って、そもそもちゃんとした答えにしか反応しないんだろう?」


「――ああ、その者の言葉が嘘か真かだけを見抜く、程度だな」


「ああ、だからあの時――」


 俺がミリアルと一晩を共にした相手かどうかはわからなかったわけだ。俺にその認識がなかったから。


「……いや、だからこの子と会った時にカミルは気付かなったんだろ。『ミリアル本人かどうか』なんて質問するわけがないだろう?」


「――確かにそうだ、だが……」


「ああ、誰も嘘などついていない。皆がカミルとミリアルの結婚を望んでいたからだ。本人を、除いて」


 俺の言葉にカミルが深く息を吸い込んだ。

 要はこういう話だ。カミルがミリアルの元に足しげく通うことで皆がまだ婚姻を結べると期待を持った。だから本人の預かり知らぬところで結婚をまとめてしようと思い立った。そして妹を彼女に仕立て上げ、『既成事実』を作ってしまおうとしたのだ。ミリアルはこのことを知らない、もしくは認めていない。しかし、周囲をすべて固めてしまえば選択肢はなくなる、そう考えたのだろう。そしてこの『婚前旅行』を思いついたのだ。


「――だから、仮面をつけて……」


「そうだ。二人きりでの旅行。それはお互いの氏族で情報を共有される。そうなればもう、彼女に――ミリアルに選択肢はないからだ」


 彼女は恐らくまだ、幽閉されているのだろう。


「――はは、そうか。なんということだ……」


 カミルは天を仰いだ。嘆くのか、呆れているのか、その表情は見えない。

 その時、いっそう激しい雨が辺りに降り注ぎ始めた。


「――戻ろう。幡ヶ谷に」


     ◆


「ほら、タオル」


 俺はタクシーを捕まえて屋敷まで戻ってきた。出迎えのレイが二人にタオルを渡し、着替えをさせにミリアルの妹の方を別室へと連れて行った。顔が違うことを確認したレイはなんとなくすべてを察したようだ。こちらを見て頷いてから『お任せください』と去っていった。


「――カミル」


 落ち込んだ様子の彼に俺は声を掛ける。


「――困ったことになったな。戻れば――はぁ、望まぬ相手との結婚を彼女に強いることになるだろうか?」


「真実を話せば、駄目か?」


「偽物との旅行など……仮に我が氏族がそれを耳にしても不利益を被るのは彼女と、その一族だろう? そんなことを私は望まぬ」


「なら、これからどうするんだ?」


「――ミリアル殿を説得し、正式な婚約を結ぶ、もしくは――」


「何だ?」


「――妹殿と最初から婚約したことにする、くらいか」


「でもそれは、お前が望んだ未来じゃないだろう?」


「――そうなるな。しかし、上手くことを収めるには他に方法はないだろう」


 ――駄目だな。


「やめとけ。どっちもな」


「伸介、しかしな……」


「……俺も、お前に言ってないことがある」


 ――フェアじゃない。カミルには、伝えないといけないことがもう一つある。それを伝えないで行動させるなんて、絶対にあってはならない。少なくとも、こいつの友達でいるつもりがあるなら。


「――ミリアルがこの世界に初めて来たときからの話だ」


 俺は覚悟を決めて――長い話を始めた。


     ◆


「――以上だ」


 ミリアルが此処へ来てから、それまでの話をカミルに伝え終わる。カミルは無言で俺の告白を聞いていた。長い、長い沈黙が二人の間に降りる。


「――嘘はない、か」


 カミルはようやく、それだけを口にした。

 カミルはゆっくりと立ち上がり、俺の前に立つ。


「――他に言うべきことは、残っているか?」


「……ない、すべて真実だ」


 カミルは悲しそうな瞳で俺を見つめる。


「正直、何をされても文句は言えない。だから、気が済むなら――」


「命を貰う、と言ってもか?」


 カミルは俺の胸倉を掴んだ。


「――カミルそれは」


 嘘は――意味がない。


「無理だ」


「そうだな、彼女が悲しむ」


 カミルはその手を放す。


「俺も、友を失いたくはない」


「……カミル」


「長々と言い訳を聞く気はない。そんなものは族長筋でいやというほど経験してきた。だから、単刀直入に聞くぞ?」


 ――彼女を愛しているか?


 カミルは泣き笑いのような表情で、俺に訊ねた。


「ああ」


 迷いなく、返さなければ失礼だ。それが、男同士の――。


「――ならば、よい」


 カミルのその返事と重なるように、俺の携帯が振動した。


「すまん。これは――」


 カミルは気にしない、とでもいうように手を振って出るように促す。俺が電話に出ると――。


「ああ繋がった」


「ドリスコル?」


「ええ、そうです。貴方の愛しい――」


「愛しくない。それでこれは――」


「ああ状況は掴んでます。彼女は今まだエルフの里に居ます。帰ったら――婚儀が始まるようですね」


 ドリスコルが伝えたことは以下の2点だ。カミルが帰宅するのに合わせてミリアルとの婚儀が始まる。もう一つは、ミリアルが未だ幽閉され、幽閉されたまま婚儀も含めすべてを終えてしまうことになる、ということだった。


「――どうすればいい?」


「問題が二つあります。まず、私が動けません。エルフの里の結界が私を弾く指定になってます。結界内に入れなければ何も出来ないのと同義です」


「つまり?」


「それが二つ目の問題です。協力者も同じく侵入できなくなりました。ですから、新たに誰かに協力を仰ぐか、もしくは――」


「俺が行く」


 自然とその答えが俺の口から出た。


「――勝手知ったる場所じゃありませんよ? 捕まれば――死罪は免れないかと」


「知ったことか。そう言う問題じゃない」


 ここで待っていても、死んでいるのと変わらない。動かないならそれはゾンビと何ら差はないのだ。


「――分かりました。ではカミルとどうにかして一緒にこちら戻って下さい。決行は二日後、それでそうなるとカミル君の――」


「もう、全部話した」


「え?」


 俺はとっくに会話の内容をスピーカーホンにしてカミルにも聞かせていた。


「――と、言うわけだ」


 俺は、畳の上に土下座した。


「頼む、俺を客人でも何でもいいから、連れて行ってくれ。不躾で、無様なことだっていうことは分かっている。それでも――俺は」


「――顔を上げろ」


 顔を上げると、カミルが膝をついて俺の肩に手をやり――。


「やっぱり、少し許せん」


 ぼごっ。


「ぶっ!?」


 一発、鼻頭に喰らった。つーんと抜ける痛みが俺の鼻に――。


「これで、おあいこだ。勿論協力するさ、友よ。愛する――いや愛した人の相手だからな」


 そう言って、カミルは俺を強く抱きしめたのだった。

次回異世界編です。あれ?それなら異世界タグ入れてもいい?(多分駄目)

ちなみに異世界編ですがちゃんと飯は現代ですし登場します。

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