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再訪の味~エピローグ・帰宅と契約~

「あっふぅぅぅ……」


「ぐえ……っぷ」


 お互いが腹を満たし、店を出る。空を見上げると――雲間から半月が見えていた。

 

「……ご満足、頂けましたか?」


「――愚問だ」


 彼女の瞳は未だ煮えたぎるマグマのように赤く燃えている。それでも――その輝きはどこか落ち着きを取り戻しているように感じられる。


「――うむ、大丈夫だ『定着』している」


 彼女は自らの掌を何かを確かめるように握っている。


「よかった。どうやら、この食材で合ってたようですね」


 食材――というより調味料だ。彼女の求めていたものは豆板醤、甜面醤、そして最も欲したものは『辣油』の成分に近いと俺は推測していた。

 あらゆる食材を確かめてなお、『調味料』に関しては抜けていたのだ。赤く――そして燃えるほど体を熱くする、そういった類の代物を想像した時真っ先に思いついたのがそれだ。そして彼女の母親の出身地の風土をから四川料理に辿り着き、今回のチョイスをした。結果は、正解だったわけだ。


「この食材は、普通に売っているのか?」


「ええ、その辺のスーパーでも辣油なんて大量に置いてありますし……ただまあ、美味しい料理に仕立て上げたいというならその限りじゃありませんけど」


 これほどのレベルで麻婆豆腐を提供する店は結構レアなのだ。酸味と辛味のバランス加減が絶妙な店を探すのは骨が折れる。そして辛味に関する味覚は本当に人それぞれだから、自分好みの店が見つかるかどうかは結構運任せである。


「――よい。母の故郷に一度行ってみるのもいいかもしれんな。似たような料理も見つかるだろう」


「そうですね、それがいいです」


 そう言った瞬間、俺の身体がふわり、と浮いた。彼女が翼を広げ、俺を抱きかかえたのだ。


「――はぁ、惜しい……」


「な、何ですか?」


「口惜しい――これでは約束を守らねばならないだろうが」


 俺の身体はそのまま闇夜へ――結構なスピードで上昇していく。


「あ、あの、ちょっと速い――」


 ぐん、と俺の身体に更なるGが掛かる。


「ちょ――」


「腹ごなしだ」


『それ、腹いせの間違いでしょ!』


 しかし――俺の叫びは声にならなかった。ほどなくして――意識が無くなったからである。


     ◆


「いやあ、有意義な夜だったな」


「おえっ……ぷ」


「大丈夫ですか、ご主人様?」


 俺はレイに膝枕をされつつ屋敷の天井を眺めている。


「――こら、そんな目で睨むな。悪かったとは思っているのだから」


 レイの抗議の視線を受け、彼女は腕を組み、柱に寄り掛かったままそう答える。


「だからまあ、約束はしっかりと果たしていこうではないか。結婚のための、な。少し、借りるぞ?」


 彼女はそう言うと俺に近づいてくる。一瞬俺をかばおうとしたレイを俺は手で制する。彼女は俺の傍で跪いて詠唱を始めた。


「――あの、これなんですか?」


「――すぐに、分かる」


「――え……あっ!?」


 俺の中に、何かとてつもなく熱い物が蠢くのが分かる。何だこれ――。


「吸血鬼の力を――与えているのだ」


「いっ!?」


 それ、だ、大丈夫なの?


「こ、今度こそ外に出たら灰になったりしませんか!?」


「ならん。今回はそうだな、契約魔術に近い」


「契約魔術?」


「眷属――という言葉は聞いたことがあるな?」


「え、ええ」


「これから伸介おまえを、私の眷属登録する」


「!!」


「眷属になれば基本私の命令は絶対になってしまうが、そんなことはしない。その部分は契約から外しておく。気持ち的に嫌かもしれんが、利点は勿論ある。私の持つあらゆる能力を、まあ劣化はするが日に幾つか譲渡出来るようになる。それには――『不可視の領域』が含まれている」


「不可視――ってもしかして」


「そうだ、お前の家族、お前自身、その望む狭い範囲でだが、認識を阻害できるようになる。闇に溶ける、我が一族では基本の技だが――最も精度が高く、見抜けるものはほとんどいない」


「あ、じゃあちゃっちゃとお願いします!」


 デメリットとメリットを比べて後者が圧倒的に勝った。俺、エリザちゃんのけんぞくぅになる!


「まったく――よい笑顔をしおって。羨ましいぞ、少しな」


 そう言うと彼女は俺の額に手を置いて。


「ちょっと、きつめにしておくか」


「あんぎゃ!?」


 ビリリリリリリリリリリ!


 全身が――痺れ――ああああああ――。


 俺は再び意識を失い――目が覚めた時にはもう、屋敷のどこにも彼女の姿はなかった。

今週はここまで。お盆入るあたりはあまり更新できないかもしれませんが出来るだけ更新します。次はそろそろ新宿を進めようかな?

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