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仁義なきミリアル ~誤解・正体・痴話喧嘩~

「……エリアルさん?」


「っ……!」


 エリアルさんは席を立ち店の玄関から出て行ってしまう。


「ま、待って下さい! え、えっとこれ、払っておいて!」


 俺は財布から会計分の金を出すとテーブルの上に置き彼女の後を追う。

 外に出るともう彼女の姿が商店街の奥へと消えていくのが見える。俺はすぐに後を追いながら、何が悪かったのか、何が彼女の機嫌を損ねたのか自問自答していた。しかし、答えはまったくわからなかった。


     ◆


「はぁ……はぁ……」


 駄目だ、日ごろの不摂生が祟ったか、全く追いつく気配がない。気配がないどころか、ついに見失ってしまった。何処だ!? 何処に行った?

 色々鈍い俺でも今彼女を見つけないと不味いことは察している。美味しい店に連れて行って――泣かせてしまうなんて俺の沽券に、いや、それ以上に彼女に対して申し訳ない。


 何処だ?


 俺は彼女を探し続ける。商店街の中、裏路地、別の店、もしかして、もう宿に戻って?

 

 しかし、どれも違う気がするし、どれもそうかもしれないとも思う。俺はこの時、初めて自覚した。まだ、なにも彼女のことを知らない、と。彼女の考えていることを知らなさ過ぎて、それできっと失敗したのだと。


「――はぁ……」


 人混みの中、俺はただ、立ち尽くしている。

 町ゆく人たちの動きが、ゆっくりと視界を横切っていく。


 ――馬鹿孫。


 その時、不意にばあちゃんの声が聞こえた気がした。


「ばあちゃん……俺」


 ――好きなら、もっと必死におなり。


「いや、それもよく、わかんねえんだって」


 そう、ただちょっと、いいなって思った程度の相手だ。だけど、そんな軽い気持ちで――いや別に軽くしたつもりはないが、普段通りに受け答えしてたら、泣かれてしまったのだ。


 ――だからあんたは、嫁が来ないんだよ。


「知ってるよ。甲斐性がないって言うんだろ?」


 ――違うよ。あんたに必要なのは――。


「――!」


 声が聞こえた気がした。そう、彼女の声が。

六号通り商店街を水道道路沿いに向かって俺は駆ける。

 あれ? この路地は……。


 悲鳴の主はそこにいた。ああ、ここは『元・幡ヶ谷最高のラーメン店』があった場所だ。

 彼女はその店の扉に縋り付き、驚愕の表情でそこの張り紙を見つめている。


「……どうして?」


 彼女は俺に気付かないままこの世の終わりのような表情で呟く。


「どうして――開いていないの? どうして――もう、食べられないの?」


 違和感が、俺の中に生まれる。彼女はこの店で一度食べたことがあるような口ぶりだ。しかし、俺は彼女をこの店に連れてきたことはない。と、いうことは何処かでこの店を知ったということになる。しかし、それは何時のことだろう?

 そう、この幡ヶ谷のラーメン屋は12年の幡ヶ谷における営業を一時終了し移転してしまい今は新宿御苑横にあるのだ。俺もあそこのラーメンが食べたくて懐かしい気持ちになる。そう言えば、最後にここのラーメンを食べたのはあの高慢ちきなエルフ娘と――。


「――あ」


 いや、まさか、そんな。


 嘘だ、という想いと、それが正解だ、という直感が脳内でせめぎ合う。しかし、一瞬でその決着はついた。

 ふと、空が暗くなる。ぽつり、と大きな雨粒が俺の頬に当たる。


 ――ザァッ。


 冷たい雨が俺の身体を打ち始める。俺は、彼女に近づいていく。彼女の顔は――涙にぬれているのかそれとも……。


「――帰りましょう、『ミリアル』さん」


「――え?」


 驚きの表情と共に、彼女は振り返った。俺の直感が正解だと告白するように。


      ◆


 雨に濡れた彼女の手を引き、俺は彼女を屋敷に連れ帰った。彼女を居間に通し、俺は風呂からバスタオルを取って戻る。


「はい、これ」


「あ、う、うん」


 俺の手からバスタオルを受け取り彼女は自らの髪を拭く。

 露に濡れた金髪は美しく、艶めかしい光沢を放っている。


「――ええ、と。ああ、うん」


 俺は言い出しっぺの言葉をどうしようか悩む。


「――ごめんなさい」


 そうしていると、先に彼女が俺に頭を下げた。あの、プライドの高いエルフ娘が、である。


「騙すつもりは――あったの。元々、これを付けて、貴方を懲らしめようと思ってここに来たの」


 そう言って彼女は自らの顔に手を掛ける。するとお面のようにそれは外れ、下から俺の良く知る美しい顔のエルフが姿を現した。変装用の、魔法の道具だろう。


「懲らしめる、って? だって俺に飯を奢ってくれただけじゃない?」


 口調はもう飾らないで素のままでいくことに決めた。その必要もないだろうとも思う。向こうも、口調が近しい者に対するような――そう、垣根を感じなかったからだ。


「――貴方より美味しいものを知っている、って示したかったの。でも、駄目ね。失敗した」


 そう言って彼女は力なく俺に微笑む。


「貴方に紹介された美味しいものを食べて、幸せになって、私、満足しちゃったの。だから、そう――元々、負けてたのよ」


 だから――……。


 そこから先は消え入るような声で、彼女が何を言っているのかわからなかった。しかし――。


「……こんなことなら、来なきゃよかった」


「――」


 その一言だけは、聞き逃せなかった。


「それは、駄目だ」


「え?」


 こいつが初めてこっちに来て、俺が最初に苛立った一言。でも、今はその一言は俺に苛立ちを与えない。ただ、悲しい気持ちになっただけだった。


「ミリアル、俺の連れてった飯屋、不味かったか?」


 彼女は俯いて、首を振る。


「……ううん、美味しかった」


「そうか、じゃあ……俺が、悪かったのか?」


 その言葉に一瞬彼女の身体が強張る。当たり、のようだ。俺は彼女の肩に手を置き、出来るだけ優しく声を掛ける。


「なあ、何かしたなら謝る。気に障ったなら罵倒も受け付ける。一回だけなら殴ってくれても構わん、だから、教えてくれ、俺が何をしたの――」


 バチコーン!


「へぶう!?」


「浮気者ー!」


 俺は思いっきり、顔を平手打ちされた。


「浮気者! 浮気者! 浮気者!」


 ドガッ バキ ベシ


「ちょ、一発だけ! 一発……」


 掌底、拳骨、逆水平。おま、プロレスのフルコースじゃないんだから……。


「ストーープッ! 意味わからん! 浮気とか、何もしてないぞ?」


「何よ! あんな思わせぶりな手紙送っておいて、別の女作って、しかも飯屋で『盛り合わせが最高』とかふざけてるの!?」


「……へ?」


 そうか、エリアルさん宛てに書いた手紙には確かにデートに誘うような文章を残していた。しかし、浮気って、もしかして……。


「レイのことか?」


「そうよ! イチャイチャ見せつけて! しかも言うに事欠いて、二つ楽しめたらいいな? 私のこと馬鹿にするのもたいがいにしなさいよ!」


 脳内で今までの言動が物凄い勢いで繋がっていく。浮気容認ともとれるような言動に勘違いをして、ああ、だから、彼女は怒ったのか――。


「って、お前、俺のこと好きなのか!?」


「!!!!」


 彼女がさらに手を振り上げた瞬間だった。


「……それ以上は、容認しかねます」


 振り上げた手を、何処からか現れたレイが掴んだのだ。


「は、離しなさいよ!」


「それ以上は、容認しかねます、と言ったのです。ご主人様の安全を守ることも、私の役目です」


「何よ! 勝ち誇ったみたいに……それが、それが『正妻』の余裕ってやつ?」


「……何を仰られているのか理解できませんが? 一応一部始終を見ておりましたが、一つだけ、訂正させて頂きます。私、この屋敷専属の『メイド』です」


「ええそう! ご立派な……メイ、ド?」



「はい、メイド、です。伸介様のお世話になっておりますが、ただの、メイドです。このような」


 そう言って彼女は自分の右手を顎で挟み、器用にキュポっと球体関節から外して見せる。。


「――え?」


「……レイ、離してやれ」


「ですが……」


「あと、二人きりに、してくれ」


 俺は見る見るうちに顔を赤く染めていくミリアルをちょっと、可哀そうだと思った。彼女は今にも泣きだしそうなくらい瞳を濡らし、そして今にも穴の奥に逃げ込みたいモグラのような顔をしていた。


ついに明らかになった正体。まったく書かれなかった飯の話。そう、この小説はなんとラブコメだったのです。……いや流石に締めは飯食いますけどね?

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