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不動通りに猫は潜む~起動・説得・交換条件~

 切れ長の瞳が俺を射抜く。敵意がこちらまで伝わって来る、冷たい瞳だった。


「……栄太郎って、じいちゃんの名前だよな? お前、何者だよ?」


「じいちゃんとは馴れ馴れしい……、下賤な泥棒風情がその名を呼ぶのは許しませんよ?」


「だからあ、俺は藤間伸介っていって、じいちゃんの孫なんだよ!」


「はっ、よくそんな嘘を……泥棒だけで飽き足らず墓あらしまでする愚か者が何を言っているのやら……そのような者が栄太郎様の血を引いているなどという世迷言を」


「墓あらしって……ただ俺は片づけを……」


 そこで俺は、ハタと気付いた、もしや……。


「お前、何て名だ?」


「名を名乗れと? ふん、確かに名乗られたら名乗り返さないのは礼儀に反します。私の名は『藤間玲子』。栄太郎様のお傍に仕える飼い猫です」


 やっぱり。片付けた石の中にその名を刻んだものがあったことを俺は思い出した。メイドロボの中身は間違いなく、その猫の魂か何かなんだろう。しかし、どういうカラクリでそんなことになったんだ?


「藤間玲子……さん。説明させてくれ。いいか、今は……」


 俺は爺さんのことを、そしてこの屋敷が今どういったことになっているのか、必死で説明した。このまま吊るされ続けるのは正直きつい。一定の理解を得て、ひとまず解放されないことには始まらないのだ。


「俄かには信じがたいですが……。しかし、そうか、栄太郎……旦那様はもう亡くなられたのですか」


 意外と物分かりよく、彼女は俺の言葉を飲み込んでくれた。決め手は『位牌』だ。この屋敷、一応仏間がある。無くなったじいちゃんの位牌を俺は預かっており、そこにそれを安置してるのだ。ただ普通に扉を閉じておけば民泊者にはわからない仕組みになっているので簡単な鍵を付けて開かないようにしてあった。

 俺は縄を解いてもらい、今は居間でメイドロボwith位牌と向かい合っている。


「……わかって貰えたならいいけど、つまり俺は、ばあちゃんからここを譲り受けた正真正銘のじいちゃんの孫ってこと」


「なるほど……それは、失礼致しました」


 彼女は正座のまま深々と俺にお辞儀をした。


「いや、分かってもらえればいいんですけどね……。それで今貴方は、というか猫……というか、何でその身体に?」


「ん? ああ、私が思考していることに対する疑問ですか? 確かに猫とは言え、このように流ちょうに話す者は異常でしょうね。そう、私は『九尾族』と呼ばれる、異世界の猫です」


「へ?」


「所謂、化け猫です。器を持っている頃はただの猫ですが、人から受けた感情に影響を受け死後一定期間を置くと精霊へと化けます。私は異世界からの迷い猫なのです。扉から迷い込み栄太郎様に拾われ、そして愛情を受け育てられ、しかし、流行り病で先立つことになりました。そして死後数十年経ち、ふと目覚めると――」


「メイドの中にいた、と」


 そして目が覚め屋敷の中を確認し、俺が砕けた墓石を積んだリアカーと共に爆睡している場面に出くわし、腹を立て木に吊るした、ということらしい。


「私は弱い個体だったのでしょう。精神的にもまだ復活には早かった、しかし何かに引き寄せられるような感覚があったのは覚えています。その力のお陰でこうして甦ることが出来たのではないか、と」


 ふうむ……。それにしても化け猫か。またしても厄介なもんがやってきたものだ。


「まあしかし、こうして復活できたのですから、私の役目を果たそうと思います」


「ああ、それは有難いですね。それならこの屋敷をこれからも守って頂いて……」


 彼女の申し出に安心してそう言い掛けたのだが――。


「ああ、言われずとも守ります。『誰も、踏み入らせない』ように」


「――え?」


「もう、栄太郎様はいません。ならばこの地を永久にお守りし、保全することこそが私の使命です。誰にも立ち入らせず、栄太郎様の生きていた証と共に、私はここを守護し続けます」


「あ、あのー、それはちょっと困るというか……」


 俺は今現在ここが『民泊』として使われていることを説明する。そう、異世界からのお客様が寝泊まりするのだと。


「……なりません。汚らわしい、そのようなどこの馬とも知れぬ者を立ち入らせるなど言語道断です」


 取り付く島もないというのかこのことだ。いや、マジで困る。機械のはずなのに彼女の瞳には『栄太郎様ラブ』と書かれていて他の要求など通りそうもない。


「いや、壊されても今なら元通りになりますから大丈夫ですよ……」


「物を壊すという行為自体が許せません。そのような輩に大事な思い出に触れられるというだけで虫唾が走る。死を持って償うべき案件です」


 あかん、これ信徒を通り越して狂信者の目だ。これは、覚悟を決めて当たらないとダメなやつだ。


「……それには応じかねます」


「何ですって?」


「今のこの屋敷の所有者は俺です。だから用途に関しては譲れません」


「私も譲りませんよ? なら、力尽くでも……」


 瞳に仄かな怒りが滲む。しかし、怯んでばかりもいられない。というか、こんなことで怯んだことは俺はない。たとえどんなに相手が力を持っていようが争うと決めたら引いてはならない。怯みは怖れを呼び、怖れは敗北を呼び、敗北は以後ずっとついて回るからだ。自分が譲れない一線は最初に譲った時点で己の負けだ。後で取り返そうとしても殆ど返ってなどこない。俺はもうこの屋敷の主人だ。この一線を譲ることは、絶対に駄目だ。それは俺を――ひいてはここを譲ったばあちゃんを否定することに他ならないのだから。


「なら、争いましょう、但し、力尽くなんて野蛮な方法はなしです」


 力で勝てないなら理しかない。理で通るかどうかはわからない。仮に通らなかったら、それこそドリスコルに泣きつくだの、第三者を入れるしかなくなるのだが、それで彼女が納得するかは別の話だ。だが、それじゃあお互いの為にならない。出来れば彼女には、俺の提案に乗って欲しい。

 俺は、真っすぐに彼女の瞳を見つめる。


「――孫ですね、確かに」


 暫く睨み合ったあと、彼女はそうポツリ、と呟いた。


「面影はあるようです。その眼、確かによく、栄太郎様に似ています。頑固で、でも、優しいあの方の」


「――一度、捻くれたエルフにもそう言われましたよ。よく似てるって」


「――どうしても続けたい、と仰るのでしたら……そうですね。貴方が『新しいご主人様』であると認めさせていただくしかないでしょう」


「認める……具体的には?」


「文字通りの言葉です。貴方が私のご主人様であるというなら、私が言うことを聞くのは道理です。ですが私の主は未だ栄太郎様であることは間違いありません。ですが、妥協は出来る――かもしれない。例えばそう、主人は与えるでしょう?」


「与える?」


 彼女は切れ長の瞳を一回だけ瞬きして答えた。


「ええ、よき餌を」


     ◆


『この機構人形の動力は魔力じゃが、それは何からでも変換可能じゃ』


 これを置いて行った技師のダイヤはそう言っていた。

 経口摂取で食料を普通に与えることで魔力に自動的に変換するようにできているらしい。

 つまり、飯は食える、ということだ。


「栄太郎様は私に本当によくして下さいました。身体の弱い私に様々な食べ物を苦心して与えて下さった。貴方は、どうですか?」


 そう玲子さんに問われ、俺が取れる行動は一つだけだった。

 料理の出来ない俺に出来ること――飯屋に連れていく、それだけだ。


 そして俺達は明けて翌日の昼前、幡ヶ谷歩いて10分、不動通り商店街にやって来ていた。目当ての場所はその不動通り商店街の端、最も企業オフィスの近い、オペラシティや、ロッテ本社ビル方面にあった。

 

「ここです」


 その場所、古びた外観にのれんが掛かる。まだ昼前、オフィスから人がやって来るよりも早く俺たちは到着している。そう、この店には早めに到着しないといけない理由があった。何しろ、12時を少し回っていると料理がすべて品切れることが普通にあるからだ。

 夫婦二人で切り盛りしているこの和食割烹は昼時は外に待ちの人間が溢れることは珍しくもなんともない。短い昼休みでもそうして待つ列が途絶えないのだから大した人気っぷりである。


「はい、いらっしゃい」


 戸を開けると優しそうな老女将がエプロン姿で俺達を出迎える。


「『あ、うん』、お久しぶりです」


 店の名に因んだ挨拶を返し、俺は一人ダジャレを堪能する。店名はこのセリフから推察してググって欲しい。


 俺たちは一番奥の席に座り、今日のメニューを見る。

 最初に目に飛び込んできたのはマナガツオの照り焼きだ。何度か食べたその味が急に舌に甦る。


 甘い飴色の、とろり、とした餡がマナガツオに纏わりつき、しっとりした身を優しくどこまでも甘く彩り――ああ、白飯と一緒にかきこみたい。さらに、それに添えられた玉ねぎの輪切りが絶品だ。マナガツオの脂と、飴色の餡を両方吸い、一口噛むとじゅわとその両の旨味が口内に滲む。美味すぎてこの玉ねぎだけでもずっと食べていられる。しかし、そこで思い出した。確か、猫に玉ねぎって駄目じゃね? ってことを。残念だが、これは今回パスだ。


「マナガツオ……は玉ねぎ入ってたか、じゃあ鯖の味噌煮、アジのたたきを」


「はい、お待ちください」


 俺が注文を告げるまで玲子さんは黙っていた。


「……魚の料理ですか」


「うん、大丈夫、だよね?」


「ええ、むしろ好物ですが……ですが、ご自分で提供しないで認めさせることが叶うのでしょうか?」


「つっても、俺にはこういうことしかできないからねえ。ベストと思える食事かどうかは、自分で判断してくれよ。俺が出来るのは一緒にいる人に『一番美味い』と思える食事処に案内することだけだからさ」


 逆に言うなら、それだけの自信がこの店に連れてきた段階であったともいえる。しかしそれを彼女が気に入るかは別の話だ。まずは、食べさせてみないことには――

先日取材も兼ねてこの店を訪れたら既に品切れていました(苦笑)


12時20分にはもうないので行く方は12時までには行った方が確実です。

ちなみに私はこの店のメニューの半分以上を食べたことがありません。それぐらい、人気メニューは激戦です。

不動通りといえばこの間TVで宇宙一辛いラーメンが特集されていたせいか店の前に列ができていましたね。どなたか食した方いらっしゃいましたら感想欄でレポを宜しくお願いします。(人任せ~)


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