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霊感0!  作者: えんぴつ堂
すべての優しいifを殺して
22/25

すべての優しいifを殺して④

**************



 やめろ_____こんなの見せんな!


 こんなの、俺には____



 「___ちゃん! 兄ちゃん!」


 ガクガク体を揺さぶられ、俺はようやく目を開けることが出来た!


 息が苦しい、まるで全力で走った後みたいにまともに呼吸が出来ない!


 「はっ…はっ…ぐっっ! けっ…剣?」


 喘ぐように息をする俺を、剣が涙目で見下ろす。


 「よっ、良かったっ…このまま死んじゃうんじゃないかって…! オレ、オレ達…!」


 オレ達?


 その時、横たわる俺に二つの人影が飛びついてきた!


 「けっ、圭お兄ちゃん!」


 「心配させんな! 馬鹿!!」


 胴体にしがみ付いて来たのは、従姉妹の外道シスターズ渚と風。


 「お前等…怪我ないか…? 無事でよかっ」


 剣が止めとばかりに俺の胸に抱きつき、声を上げて泣きじゃくりそれにつられるように渚と風も大声で泣き出した。


 無理も無い。


 自宅全焼、大人たちが相次いで消息不明…こんなの年端も行かない子供には辛すぎる…俺だって泣きたい。


 けど、俺が此処で泣き叫けんだら余計にこいつ等を動揺させてしまう。


 それだけは駄目だ。


 まだ、頭の芯が痺れるような遠い感じが抜けきらないが…しっかりしねぇと……。



 守らなきゃ…僕はお兄ちゃんなんだから。



 あれ?


 …なんだっけ?


 「グジュ…兄ちゃん?」


 ぼんやりしていた俺を、学校指定のyシャツを鼻水と涙でぐじゅぐじゅにした剣が不安気に見る。


 腹とあばらのあたりで同様にyシャツを汚す渚と風も、心配そうに俺を見た。


 「…大丈夫、何でもねぇ…それより」


 俺はようやく、周りを見る。


 落ち着いた感じの暖色系の壁紙を暖かなオレンジのベッドサイドのライトが照らすだけの少し薄暗い部屋には俺が横たわっているベッド以外余計なものは無い。


 て言うか、このベッドは俺と小学生の子供四人が乗っているというのに全然余裕があるくらい大きい…多分キングサイズって言うヤツかもしれない。


 病院って訳じゃなさそうだ、消毒液の匂いは全くしないしどちらかと言えば生活感にあふれてる…それに勘違いでなければなんかカレーの臭いが____。


 「ここ、何処だよ?」


 その時、ガチャっと音がして部屋の戸が開いたのが分かった。


 「よー! 凄い合唱だったなー! 圭兄が起きたのか?」


 スパーンとドアを開けて入ってきたのは、お馴染の黒縁眼鏡。


 「こっ…浩二…?」


 外道シスターズと弟に体を押さえ込まれてる俺は、辛うじて首をもたげ能天気な疑惑の従弟を睨みつける。


 「ほらほら、退いてあげなって! それじゃ圭兄起きれないでしょー?」


 一人っ子の癖にやたら子供の扱いの上手い浩二は、涙目の三人を俺から離してハンドタオルを渡す。


 「おい、浩______」


 「はいはい、みんな! 顔拭いたら飯だ! 今日は俺特性三枚肉のカレーだぞぉ!」


 俺を無視し、浩二はチビ共にカレーをすすめるが誰一人ベッドの上から動こうとしない。


 外道シスターズなんて、ハンドタオルにすら手を付けず剣を巻き込んで体を寄せて浩二を睨む始末だ。


 あれだけの事があった後だ、意知れぬ不信感から殆ど交流のない浩二を警戒しても仕方は無い。


 「______大丈夫だよ、恐がんないで」


 浩二が、そっと手をも伸ばして猫みたいに脅える風の頭にポンと手を載せ直ぐに放すと渚と剣にも同じように触れた。



 すると、ぐきゅるぅぅぅ……と三人の腹が鳴る。



 「「「あ」」」



 三人が顔を見合わせる。その表情は何処か恥ずかしそうだ。


 「ほら~腹減ってんじゃーん! ほら、行った行った! 親父がもうよそってるからさっ先食べちゃいなよ!」


 ざかざかとまるで、どこぞの肝っ玉母ちゃんのように手際よく浩二に部屋から出される三人はそれぞれ俺を見る。


 「大丈夫だって! 圭兄は先ず風呂から! だから、先食べちゃうの!」


 「は? 風呂??」


 驚く俺に、浩二がフッとため息を付く。


 「だって、圭兄ぃすげー汗だくだしゲロ臭ぇぜ? そりゃもう、幾らカレーがスパイシーでも無いわー」


 すっかり、チビ共を部屋から出した浩二は横目で俺を見る。


 「風呂は、1階の突き当たり着替えは出しとくから早く入りなね…」


 「おい! 浩二!」


 怒鳴った俺に、体の半分をドアの向こうに出した浩二が顔を向ける。


 「話しなら飯の後で」


 そう言うと、浩二は扉をパタンと閉じた。








 「皆しばらくは此処から学校へは通いなさい」


 風呂を借り、他の皆より少し遅く夕食にありついた俺に浩二の父親はそう切り出した。


 急な申し出に、うっかり丸呑みにしたカレーのジャガイモが喉をきつそう通り過ぎる。


 「ゴクッ…え? そんな、こんな大所帯…それにもう両親は離婚して____」


 「こんな時に、遠慮している場合じゃないだろ? 君は野宿でも大丈夫なんだろうけど剣君も女の子もいるんだから素直に好意は受けなさい」


 浩二の父親である浩一伯父さんは、反論は認めない勢いでピシャリと言った。


 浩一伯父さんは、糞親父の兄にあたる人であの糞とは似ても似つかないほどに善人だ。


 久しぶりに会う浩一伯父さんは、きっと浩二に年を取らせたらこんなんな顔だろうというくらいそっくりな顔でトレードマークの黒縁眼鏡にいつも笑みを絶やさないイメージがあったが今日の伯父さんにその笑みは見当たらない。


 「…分かりました…」


 有無を言わせぬ雰囲気に圧倒され、俺はついつい了承してしまう。


 「君はもう少し他人を頼る…いや信用する事を学ぶべきだ、そうでなくても君と剣くんは私にとって大事な甥なのだからもっと頼りなさい『あの頃』何もしてあげられなかったんだ…こんな時くらい遠慮は要らない」


 浩一伯父さんは、どこか苦しげな表情を浮かべる。


 「…すみません…お世話になります」


 「いいんだよ、それより…こんな時に何だが、私は明日から学会で地方へ行かなければならなくてねぇ妻も弁護の仕事で出張中だ…浩二を一人で家において置く事を考えれば君がいてくれてとても助かるんだよ」


 浩一伯父さんは、ようやく少しだけ笑みを浮かべる。


 そう言えば、浩一伯父さんは大学教授で母親の楓伯母さんは弁護士だっけ…。


 既に食事を終え、浩二とテレビを見ていた剣、渚、風がうとうとし始めた。


 「寝床はさっきの寝室で良いかな? あのベッドなら皆一緒に寝られるだろう」


 浩一叔父さんに言われ、俺は眠そうな3人を立たせて先ほどのベッドの部屋に連れて行く。


 "3人寝かせたら、深夜2時に俺の部屋"


 先ほど、風呂場に用意された寝巻きのスウェットの上に置かれたメモ。


 俺は、だぼだぼのスウェットのポケットでそれを握り潰した。





 キングサイズのベッドの上、羽毛の掛け布団に包まりながら寝息を立てる剣、渚、風を柔らなオレンジ色のベッドスタンドが照らす。


 普段なら、寝るときに電気を点けていて欲しいなんて言わないチビ共は今日に限って暗闇を恐がり寝る寸前まで俺にしがみ付き照らされた明かりでお互いの姿を確認する。


 重症だ。


 やっと、俺が離れても起きないくらい深く眠るのにずいぶんと時間が掛かってしまった。


 剣が身を縮め親指を加えているが、今日は触らない方がいいだろう。


 俺は、物音を立てないように細心の注意を払いながらドアを開け廊下に出る。


 さて、浩二の部屋は…どこだっけ?


 この家に遊びに気たのはもう随分と前の話だから全く見当が付かない。



 「圭兄」

 「!?」


 真っ暗な廊下で、突然した背後からの声に俺は文字通り声も出ないほどに驚く!


 真後ろ!?

 なんで? 全く気配とかなかったのに!?


 「…随分時間掛かったね」


 「ああ」


 丁度、天窓から月明かりが差し込み俺と浩二を照らす。


 浩二は、俺と色違いの灰色のスウェット姿で眼鏡はかけていない。


 普段見慣れた眼鏡をかけていない所為か、何処か雰囲気が違って見える。


 「俺の部屋なんて言ったけど、良く考えたら圭兄はこの家に来た事なんてないんだから知るわけないよね」


 浩二がふっと笑って、『ついて来て』と俺の前を歩く。


 …『来た事無い』なんてこいつ何言ってんだよ?


 小さい頃は、何度か行き来があったんだが…忘れてんのか?


 浩二の部屋は、このベッドの部屋の二つ隣丁度L字型になっているこの二階の突き当たりにあった。


 それにしても、親子3人で住むにはこの家はデカイ…俺んちの平屋が二段積み重なったくらいはある。


 嗚呼、やっぱ大学教授と弁護士の夫婦は稼ぎが違う!


 「どうしたの? 入りなよ圭兄」


 ぼんやり経済格差について思いをめぐらせていると、開いたドアから浩二が訝しげに俺を見上げた。


 「ああ…」


 ドアの敷居を跨ぎ浩二の部屋に足を踏み入れる。


 え?


 只それだけのことなのに、俺の脚はそれ以上前へ進もうとしない。


 何だこれ?


 浩二がそんな俺の手を掴み、強引に部屋に引き入れた!



 「ぅぁっ…!」



 なんだか薄い膜を突っ切ったような錯覚に陥り俺は、思わず目を閉じる!



 「なにやってんの圭兄?」


 「あっ…」


 一歩踏み込んだ只それだけ、それだけの事なのにホントなにやってんの俺?


 なんだかジワジワと恥ずかしくなっていく…!


 「もしかしてビビッたとか?」


 俺の手を掴んだままの浩二がプクク…っと、意地悪く笑ってみせる。



 「ちっ違げーよ!!」


 「しっ! 大声出すなって! てきとーに座ってよ!」


 浩二が、払われた手を擦りながらそっとドアを閉める。


 俺は、座れそうな場所をさがし部屋を見渡した。


 机の上の電気スタンドに照らされた浩二の部屋は、いたって普通だ。


 机にベッド、壁にずらっとならんだ漫画とラノベがオタク気質を表してはいるが卑猥なフィギュアが有る訳でも無いいたって普通の何の変哲もない中学2年男子の部屋だ。


 俺は丁度良い位の高さとすわり心地を考慮して、ベッドの縁にドカット腰掛ける。


 浩二は、勉強机から椅子を引きずって背もたれを前に俺の真正面に座った。


 そのまま、互いに少し沈黙する。


 何処から話を気切りだしゃいいんだ?


 何処まで、何を知っている?


 「なんでパソ_____」


 「こうやってちゃんと向き合うのは初めてだね、圭に…いや、君の事は『if』と呼ぶべきかな?」



 あまりに唐突な、小細工なしの直球に俺の心臓が跳ねた!



 「…お前が、<しゃぶ太郎>…だな」



 視線が絡む。



 「へぇ」



 浩二が、にやっと笑う。



 「もっと、面白い反応すると思ったんだけどな?」


 「今にも泣き叫びそうだ」



 『それは是非見たかったな』っと、浩二は笑顔を絶やさず言った。



 「意外だよ、すんなり受け入れるなんて」



 本来ならこんな話、素直に信じろというのが無理だ。


 だが、実家は全焼・家大人達の消失・近しい知り合いの負傷・身に覚えのない記憶・今までの奇妙な事件そして、俺を『if』と呼ぶ従弟…コレだけ要因が揃えば自分が何かしら関係のあることは馬鹿でも分かる!



 「『if』ってなんだ? それに…何で…」



 察したのか、浩二の表情が曇る。


 「まさか、<リッ君>があんな事になるとは思わなかった」


 浩二の表情は硬く、声が少し震えてる…陸が死んでしまったのは浩二のとっても予想外の事だったのが見て取れる。


 「お前の狙いはなんだ?」


 恐らく浩二は、俺の家族同様血のつながりなんて無い『見知らぬ誰か』であることはほぼ間違いないだろう…だとして、目的は何だ?


 陸に俺の事を教え、チカに関らせた理由は何だ?


 訳が分からない!


 それに、この状況…どうして…どうして皆が!?

 爺ちゃんや婆ちゃん、母さんに叔父さん達に何があった!?


 もし、少しでも早く家に陸や渚と風が戻っていたら____。


 叫び出したい衝動を必死に隠し、俺は浩二の真っ黒な目を見る。


 「お前は一体何者なんだ?」



 曇っていた表情は、無機質なものへと変わる。


 「傍観者…見てるだけ、見ていることしか出来ない者」


 浩二は、淡々とした口調で喋る。


 それだけなのにゾクッっと背筋に悪寒が走る!


 なんだ? 恐い…??


 なんで、浩二の事が死ぬほど恐い?



 「もう、見ただろ? 『あの日』の事…あれが真実だ」


 がらんどうのような空っぽの目に、スタンドの明かりが反射する。


 「信じられるか、ありえねぇ!」


 俺は、控えめに声を荒げる!


 「受け入れがたいと思うけど…というか、君は受け入れるしかない」


 淡々とした口調であるにも関らず、何処か抗えない張り詰めた空気が浩二から発せられている気がして言葉に詰まるがそれ所ではない!


 「おかしいだろ! 矛盾だらけだ! 確かに親父には思い出したくもないような目にわされたがちょっと俺が自分より強くなったら流石に手は出さなくなたった! それに…剣は!」



 「死んだよ」



 「…はぁ?」



 「死んだんだ」


 なに?




 ぶくぶくぶくぶくぶく。



 「それが正しい」



 ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく・



 「曲げられない、全ては正さされる…圭兄が全てを捻じ曲げて枝を真っ二つにしてグチャグチャにしてもね!」



 浩二は控えめに吠えた。



 ぶくぶくぶくぶく。



 俺の耳が、聞きたく無いと水の泡立つような雑音を拾い続ける。


 「圭兄は、あの日…両親の事も自分の事も剣が死んだ世界を全てを否定し引き裂いてもう一つの『セカイ』を創った剣が生きているという優しい優しいもしも…『if』を」


 耳鳴りは激しく泡立つのに、浩二の声は俺の耳によく透った。


 馬鹿馬鹿しい。


 まともな神経なら、厨二病を発病したと思われる従弟を諭し多忙な親御さんに連絡して現実に目を向けられるように専門医のカウンセリングを受けるよう説得する所だが残念な事に俺は奴に会ってしまっている。


 そして、奴も言ってたのだ『正さないと』と。


 「…お前、俺にそんな世界を捻じ曲げるみたいな力が使えるなんてマジで思ってんの?」


 俺は、祈るような気持ちで浩二を睨む。


 ここいらで、ドッキリでしたとかなんとか言ってくれないか?


 そんで、家に帰ってまた_____。



 「使えたのは圭兄、君じゃない」


 俺の淡い願いを、浩二はばっさり切り落とした。


 それどころか、まるで____まるで俺が!



 「そうか…そこはいまいち分かってなかったんだね」


 呆けたような俺の表情に、何かを察した浩二はため息をついて少し長めに目をつぶる。


 「もう一度言よ、君は『if』。 圭兄が選べなかった選ばなかった『もしも』だ」



 は? 何? 何言ってんのコイツ?


 ぼこぼこ五月蝿かった泡立つ音は消し飛び、変わりに頭が真っ白になる。


 「ごく稀にね…人智を超えた力を持つ人は生まれるんだ。 けど、そんな力は殆ど鍵が掛かっていてさ大概はそんなモノに気が付かないで普通の人生を終える。 けれど______」



 浩二は唇を少し噛む。



 「圭兄は、圭兄の場合は剣の死が引き金になったんだと思う…剣が死んだのを『無かった事』にする為ばらしたセカイの断片を気が遠くなるくらい長い時間をかけて組み替えてつじつまを合わせた…と言っても、一部の『力』を持つ人間達は突然組み替えられたセカイで大混乱したみたいだよ…特に圭兄のお婆ちゃん役の人のとかさ」



 婆ちゃん…。



 「彼女レベルの力の持ち主なら、この世界がいかにおかしいかなんて直に気が付いただろう…もっとも、天涯孤独だった自分の元ににいきなり家族と名乗る人々が『帰って来た』んだから余計にさぁ…ホントみんな急な事でビックリしたんだよ」


 遠のいた泡立つ音の向こうで、誰かが泣いた気がした。





 二つに裂かれた枝。


 泣きながら死んだ弟を抱え、ぶよぶよに腐敗してた残骸をすくい長い長い時間をかけて祈るような気持ちで創ったんだ。


 


 「セカイはね、規則正しい歯車のような物なんだ…絶えずパーツが零れ落ちる代わりに新しいパーツが組み込まれつつがなく巡る…抜け落ちたパーツは二度と元には戻れないそれが理。 無茶をすれば歪んで歪んで最後には壊れてしまう」



 浩二は、閉じていた目を開き淡々と言葉を続ける。


 「はっきり言って、長い時間をかけた割りに此処は穴だらけだ…まぁ、歪みを埋める為だろうけど、このセカイときたら妖怪と幽霊とか魑魅魍魎が跋扈してさそれにこじつけるみたいに霊力なんて当たり前にあるしっ…」


 「…じゃぁ、俺って存在はその俺___の『圭』の作った偽者ってことか?」


 ため息を付いて愚痴っぽくなり始めた浩二に、俺は問う。


 「いいや、確かに君は存在しているし、少なくともこの四年間送ってきた人生は君の物だ」


 「じゃ…なんで、今更…?」


 100譲って、コレが真実だとしてその摩訶不思議な力とやらで折角剣が死んだという事実を無かったことにしたってのに何で『圭』はこんな事をする?


 それに、なんで皆を?

 望んで創ったんじゃなかったのかよ!






 一生懸命創ったんだ。


 剣を死なせたままにし無い為に、セカイを切り捨てて僕から君を切り離してでも君に苦しい思いをさせてでも________けれど。






 「…皆は……どうなったんだ?」


 俺は、目の前で背もたれに肘を置いて頬杖をつく傍観者に問う。


 「言っただろ? どんなにもがいたって世界は正される」


 「_____死___」


 「それとは違う…いや、厳密には正しいデータに上書きされたって言うべきか…」



 『本来あるべき場所に戻るために』そう付け加えられた浩二の言葉に俺は震えた。


 このままでは、すべてが元通りになってしまう。


 剣を…弟をまた失ってしまう。



 「冗談じゃねぇ…!」


 勝手に始めて、都合が悪くなったら全てを消すつもりか!!



 「俺は認めねぇよ」



 思わず睨んだ黒い瞳は、どこか嬉しそうに目を細めた。








 家が燃えようと、家族が行方不明になろうと従弟に腹をブッ刺されようが朝はやってくる。


 「すまないね圭くん、後を頼むよ」


 早朝5:00。


 浩一叔父さんは、ばたばたと準備を整え朝食のベーコンエッグをパンにはさんで旅行用バッグを片手にリビングのドアに手を懸けた状態で食器を片付けようとした俺を振り返る。


 「2・3日で戻るから、それまでちゃんと此処にいるんだよ? いいね?」


 「はい、大丈夫です。 チビ共もいます…馬鹿な事はしませんから」


 余程気に掛かるのか浩一叔父さんは、リビングのドアの前から動かない。


 「ふぁ~…だいじょぶだよ、親父…そんな事いったらあいつら人質に捕ってでも止めるからぁ~新幹線出ちゃうぞぉ…ふぁ」



 いつの間にか起きてきた浩二が、寝ぼけ眼で物騒な事を言う。


 微塵もだいじょばねーわ!

 お前が言うと、洒落になんねんだよ!



 「分かった。 浩二、圭くんの事よろしくね」


 「おk」


 浩一叔父さんは、ようやくリビング出て行く。


 玄関のほうからガチャンと言う音がして、浩一叔父さんが十分離れたのが分かるまで俺と浩二は押し黙ったまま朝焼けの淡い光の差し込むリビングで立ち尽くす。



 「座ったら? ソレ俺が片すから…君は学校だろ?」


 浩二は、欠伸をしながら俺から食器を取り上げる。


 「学校だろって…それはお前もだろ?」


 「は? こんな時になに言ってんの?」


 浩二は、人を小ばかにしたような目で俺を見上げワザとらしく『はぁ~』っと溜め息をついて頭を振りやれやれっと繭を下げてみせた。



 何コレ、ムカつく。



 「てめっ…っ…!」


 糞ガキに文句の一つも言ってやろうと腹に力を入れたら、鈍い焼けるような痛みが走って言葉が詰まる。


 そんな俺の事なんかお構いなしに、浩二は皿を持ってキッチンへ行く。


 この家のキッチンは対面式で、食器を洗う浩二姿がリビングに置かれたダイニングテーブルから良く見える。


 俺は、鈍く痛む腹を押さえよたよたと椅子を引いた。


 「ついでに、君も朝ごはんに____」


 「てめぇ、その前に俺に言わなきゃなんないことあんだろ?」


 テーブルに突っ伏しならがら呻く俺に、『え~浩二わかんない☆』っと小首を傾げる中二男子…微塵も可愛くねーぞ!



 じくじく痛む腹を押さえ俺は昨日の…正確には約3時間前の出来事を思い返し俺は何故かにこやかに微笑かける傍観者を睨みつけた。


 「てめぇ、さっきから『圭』については偉そうに講釈垂れてるが____自信についてはなんの説明もないな? お前は一体なんだ? 何故俺やチビ共を助けた?」


 すると、浩二は俺の問いにきょとんとした顔で答えた。


 「そんなの、従弟だからに決まってんじゃん?」


 「は?」


 「俺たちは本当の従兄弟だよ」



 浩二は眠そうに欠伸をしながら、立ち上がって背骨をバキバキならす。


 「『あの時』なにも出来なくて後悔してるのは、親父だけじゃない…今度こそ……たとえそれがルール違反でも」


 スタンドのライトの反射する視線が、何処か思いつめたように歪んだが次の瞬間______。



 「____あ? …は?」


 「不意打ち得意でしょ? 俺もなんだ」


 ベッドに押し倒された体、焼けるような腹の痛み。


 「流石に、このくらいしないと…!」


 何が!?と、怒鳴ろうとしたら代わりに口から赤い物を吐いた。


 吐いたベッドで、痛みのにもがいた俺を浩二が横目でチラリとみて刺したものを事も無げに引き抜く。


 全く、又カッターかよ…流石、狂犬の飼い主だ発想が同じらしい。


 「そういう訳だから圭兄、この件に関して俺はifの味方だ」


 薄れる意識の中で、浩二が俺じゃない誰かに言った。



 コトッ。


 突っ伏した俺の前に、マグカップが置かれる。


 「コーヒーだよ。 トーストが焼けるまで飲んでたら?」


 見上げると、浩二がプイッっとそっぽを向く。


 …なんだそれは?

 それが謝罪のつもりか?

 なんなのこれが有名なツンデレなの!?



 「そこは…御免なさいだろ……!」


 呻く俺に、浩二が溜め息をつく。


 「なにさ、ちょっと刺しただけだろ? それに朝飯つくってあげてるんだから感謝しろよ!」


 え?

 なにこのドS!?

 こっちは、説明無しで腹をブッ刺されたってのに!?



 「…お前、比嘉弟にもこんな事すんのか?」


 「まさか! …でも、切斗なら俺がなにしても喜ぶだろうな…」



 うわぁ…うっとりしてるよ…。


 「鬼畜ドSが…!」


 「は? 幼女をいたぶるのが大好きなロリコンに言われたくないね!」


 ナニそれ、聞き捨てならねぇ!


 「かーいーもんねーチカちゃん、どストラクだったろ?」



 プククク…と、浩二が楽しげにほくそ笑む。


 「くっ…! 可愛かったのは否定しないが、違う! 断じて違う! そうだ、ほらチカってまっ平らだったし! 俺の好み低身長の巨乳だから該当しないから!」



 浩二が沈黙する。



 「何だよ! 何黙ってんだ!?」


 

 「平らって…もしかして触っ__きゃー! お回りさーん!! コイツです!!!」


 「なっ! てめっ!!」



 早朝のリビングに、俺と浩二の声が響く。


 やがて、その声を聞きつけた剣と渚と風が起きてきて賑やかな朝食をむかえる事になる。


 「忘れ物ない?」


 玄関で靴を履いていると、背後から浩二が声をかけた。


 「大丈夫、教科書とか基本学校の机の中だから…制服、クリーニングありがとな」


 「気にすんな、今ソレしかないんだから汚さないようにね」


 浩二は、まるで世話の焼ける子供に言うみたいに言って学ランの肩に付いていたゴミを払う。


 「チビ共は休ませる…と言うか、今この家から出るのは危険だ」


 「お前は?」


 「俺は、インフルエンザだ一週間は家から出ないよだから安心して学校いきな…卒業かかってんだろ?」



 そういうと、浩二はにやっと笑う。


 随分ピンピンしたインフルエンザ患者だこと…。


 「…比嘉弟が心配してたぞ」


 それを聞いた浩二は、『あ~そうだった』と今思い出したように頭を抱えた。


 「あ~それはなんとかするから…そっちも後一週間もないでしょ?」


 「ああ」



 来る卒業までもう7日を切っている…。


 俺がその日に壇上で卒業証書を受け取るには、家が燃えようと家族が行方不明になろうと喩えクラスメイトの女神が謎の負傷をし世界がバラバラにされる危機に瀕死し腹の疼きを抱えようとも這ってでも学校へ通い単位を修得しなければならない。


 「ごめん」


 不意に浩二が下を向く。


 「なんだよ?」


 「腹…ああでもしないと圭兄を遠ざけられなかった。でないと此処でチビ共を匿う意味が無い」



 俺は、下を向いたまま尻すぼみに言葉を濁す浩二の頭をくしゃっと撫でる。


 そう、浩二が俺を刺したのは意味があったのだ。 


 「いってくる」


 俺は、玄関の戸を開け外に出る。


 "いってらっしゃい圭兄"



 閉まるドアの向こうで浩二が小さく呟いた。








 浩二の家は学校に近い。


 徒歩圏内だ、朝あんなに優雅に飯を食えるのはバス二本乗り継がなきゃならない焼け落ちた愛しの我が家ではありえないだろう。


 いつもとは違うルートからの登校は、何処か違和感もあり新鮮にも感じる。


 同じ方角へ向う制服を着た者の数も徐々に増え、始め_____。


 「玉城先輩?」


 背後から俺を呼ぶハスキーボイスに、やや嫌な予感を感じながら振り向く。


 「やっぱり、貴方でしたか」


 「比嘉弟____!」


 そう言えば、家が近いと浩二が言っていた気がする。


 比嘉弟は、伸びすぎた前髪の隙間から殺気立った視線を送りつつ俺の横に並ぶ。


 「おま___」


 「安心して下さい。こんな人の多い所で何もしませんよ」


 前髪の隙間から狂犬の目が覗く…浩二、一体どうやってこのぷっつんシスコン野郎を下僕にしたんだ? 


 恐すぎる!


 「自宅が焼けたそうですね」


  歩きながら比嘉弟が切り出す。


 「ご家族が行方知らずとか?」


 淡々とした物言いだが、俺は少しイラついた。


 「だったらなん___」


 「大丈夫ですか?」


 ハスキーボイスは、少し控えめにまるで俺を心配するように見上げる。


 「あ、ああ…弟と従姉妹たちは無事だ」


 「…僕は貴方の事聞いてるんですよ? 登校して大丈夫なんですか?」


 意外な人物からの気遣いに、俺は言葉を捜して口篭る。


 「聞いてます?」


  狂犬の目がギラリと光る…今にもコンパスくらい突き刺してきそうだ。


 「あ、ああ…うん。 大丈夫だ、今は浩二の家に厄介になってるし卒業までに取らなきゃならない単位もあるし____そうだ、浩二は」


 「インフルエンザでしょう? 今朝メールがきました。A型B型と立て続けに掛かってるみたいですね…全く、体が弱いのだから普段から気おつけろと言っていたのに!」


 比嘉弟は、やれやれと溜め息をつく。


 「それに、貴方! 無事なら無事と何故姉さんにメールの一つもしないんですか!?」


 比嘉弟の狂犬の目が更に殺気立つ…ん? 比嘉にメール…?


 あ!


 「そういや! あいつ大丈夫かよ!?」


 今更思い出した俺に、比嘉弟は天を仰ぎ『姉さん…何故こんな男を?』と呟いた。


 それについては、俺も是非知りたい所だな。


 それから、目の前で比嘉にメールを打つよう強要された俺は『無事だ』とだけ打ち送信した。


 「コレでいいか?」


 送信済みの画面を見せるとようやく満足したのか、狂犬の目から少し殺気が薄れる。


 「はい…ちなみに傷が良くなるまで姉さんは学校を休ませると父さんが」


 「そんなに悪いのか?」



 あのオカマ、ミスりやがったのか!?


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