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霊感0!  作者: えんぴつ堂
すべての優しいifを殺して
20/25

すべての優しいifを殺して②

 「なっ…嘘つけ!」


 

 俺の正直な告白に、豚はなおも信じられないと詰め寄る!


 「比嘉だぞ? あの全ての人類から愛される女神は、誰がどう見てもお前が好きだぞ!?」


 「だからどうした? 無理なモンは無理だ!」


 『ありえねぇ!!』と声を抑えつつ叫びながら、豚は俺の肩をつかみガクガク揺らす!


 めんどくせぇな…比嘉がいくら万人に好かれようと知ったことかよ!


 狼狽する豚の隙を突いて、俺は肩を掴む前足に挟まった封筒をさっと奪ってその暑苦しい体を突き飛ばす。


 「…比嘉には、好き嫌い抜きで今までの事は感謝してるよ…なんだかんだで見放さないでくれてんだから」


 今は偽らないと決めた所為か、自分でも驚くほど素直な気持ちが口を突いて出る。


 「それ、卒業までには比嘉に言ってやれよ…」


 そう言うと、豚は立ち上がり転地を逆にそびえる洋服タンスに手を掛けひょいとひっくり返した。


 「取り合えず、片付け手伝うわ…良く見たらコレは無い」


 「そうしてくれ」


 それから、全て元通りとは行かないまでも見れる程に片付いた頃には日が暮れてて浩二はもう直ぐ夕飯だからとそそくさ帰っていった。


 出来れば浩二には家で飯くらい食べてって欲しかったが、多分今から帰って来るであろう大人連中があまりいい顔をしないのは明白でそれを浩二自信も承知してるので引きとめはしない。


 今度何か奢ってやろう…そんな事を考えていた矢先、机代わりの会議テーブルのあたりで剣ともぞもぞしていた豚が声をかけてきた。



 「玉城、お前も『モンクラ』やんのか?」


 豚の目は、仲間を見つけた少年のように輝いている!



 『モンクラ』とはオンラインゲーム『モンモンハントスライシス』シリーズの事で、陸から貰ったノートパスコンにインストールされているのは第5作目。


 全世界で発売後、各国で社会現象まで引き起こしている大人気ゲームであることを俺はつい最近知った。


 豚は、さっきの殴り合いで派手に床に落ちたノートパソコンが壊れてないか見たついでに画面のアイコンに気が付いたんだろう。


 「ああ…ちょっとだけ」


 「いいよな! これ~あ、じゃぁさお前もうてに入れた? 『ユグドラシルの種子』あとエンデバーのクエスト! ソロだときつくてさ~かといってあんまやりすぎると次の日の練習に響くだろ? だからクエストでパーティー組んでも______」


 選手の豚は、寮の部屋も一人部屋だからオンラインゲームもやり放題っと…はいワロスワロス。


 オンラインRPGを殆どやらない俺には、もはや豚が何を喋っているのか分からない。


 今回あのゲームをしたのは、陸に俺の事を教えた<しゃぶ太郎>と言うユーザーをさが…待てよ、こいつやたら詳しくないか?



 「おい、豚! このゲーム詳しいのか?」


 「あ、ああ?」



 詰め寄る俺に、豚の顔が引きつる。


 「ま、まぁな…ソロが多いしクエストもあんまこなしてないけど_____」


 「探してる奴がいる! どうしても見つけたいんだ!」


 「なんだ? フレンド登録してないのか?」


 「…解除されたんだ」


 そう言うと、豚は『あ~…』っと軽く張れた鼻先に触りながらちらりと俺を見た。


 「何したんだよ?」


 「別に…」


 視線を逸らす俺に、豚は会議用テーブルの方へ行き背もたれの付いた黒いデスクチェアにどかっと座ると閉じられていたノートパソコンを開け電源を入れる。



 「豚…?」


 「今日、弟くんとかこの部屋とか色々やっちまったからな…」


 豚は、チラリと積まれた布団の方に目をやる。


 そこには、疲れきった様子の剣がペットボトルのジュースを握ったまま畳まれた布団の上でまるで猫みたいに丸まって眠っている。


 あれだけの事があったんだ、無理もない。


 ようやく起動した画面に浮かぶモンクラのアイコンに、クリックしようとした豚だったが…。



 「おい、マウスは?」



 あ、そういやぶっ壊したんだった。



 「めんどくせぇな…」


 マウスが無いと知ると、豚はブツブツいいながらキーボードの下のタッチパッドを太い指でなぞる。


 画面上の矢印が動き、アイコンをクリックすると直ぐにログイン画面が表示された。


 「ログインしろ」


 豚の指示で俺は、IDとパスワードを入力しログインする。


 ログインして直ぐに豚は、マイページへ飛ぶよう指示したので俺は直ぐにそれに従う。



 「ユーザー検索はしたんだよな?」


 「ああ、引っかからなかった」



 このゲームでは、ハンドルネームでのユーザー検索が出来る。


 他にも公開しているプロフィールの語群でも該当者を検索する事が可能だが…やはり<しゃぶ太郎>を見つけ出すことは出来なかった。



 「チャット履歴はあるか?」


 「チャット履歴?」



 訝しげな俺を尻目に、豚の太い指がパッドを滑り初期設定のシンプルなマイページのアンダーバーの中の歯車のようなアイコンをクリックする。



 「そ…ここにチャットれ____あ?」


 豚の手が止まる。


 「なんだ?」


 「玉城、お前…チャット履歴消したのか?」



 は?



 「いや…そんなのがあるのも今知ったんだ、やるわけねぇだろ?」


 「でもよ_____コレ消せるのユーザー本人…まぁ、IDとパスワード知ってりゃ___でもなぁ」


 

 豚は、空っぽのチャット歴の横のスクロールに矢印をもって行くがやはり何も無いようだ。



 「チャット履歴を見ると何が分かるんだ?」


 「IDだよ」


 豚が事も無げに言う。



 「ID? IDなんてばれたら困るだろ!?」


 「まぁな、でもIDとパスワードが揃わないとログインは出来ないしそれによっぽどの馬鹿じゃない限り二つを同じになんかしないだろうし、それにコレはバグなんだ」


 「バグ?」


 「そ、バグってやつ、チャットで発言するとフィールドには出ないが歴にすると『こんな感じで』」


 ホームの自室に立ち尽くしていた<リッ君>が、<こんな感じで>っと発言すると表示された履歴に 



 リッ君<こんな感じで>ID:30514pp204


 と、表示される。

 


 「お!?」


 「そ、こんな感じで表示されるから検索にコピペして…」


 クリックするとものの0.5秒ほどで、該当するユーザー<リッ君>が表示された。


 「これなら、相手がHNを変更してもアバターの種族とか性別を変えようが接触出来ると思ったんだけどなぁ…玉城、本当に消した覚えないのか?」


 「ねぇよ…」


 チャット履歴には、相手が発言した場合でも同じように残るらしくそのIDを使えば見つけられると豚は言うが履歴はものの見事に空で全く持ってお手上げだった。


 「IDは変更が面倒だし、よっぽどお前に会いたくない限りそこまでしないだろう…いや、もしかしたら退会したのか…まぁ、どっちにしろ履歴が無いんじゃ無理だわ」

 

 豚は、そう言ってノートパソコンを俺に押しやる。


 「そうか…」



 俺は、ログアウトして電源は切らずそのまま画面を畳む。


 …行けるかと思っただけに落胆は激しい。



 「玉城」



 落胆する俺の肩に、豚の前足が乗る。


 「何があったかしらないが、そんなネトゲの女より現実を見ろ! お前のリアルには女神が両手を広げてんだぜ? 羨ましい!」


 何が羨ましいものか!


 俺の落胆理由を『女』だと決め付けた豚が、やれやれと首を振る…ウゼェ…。


 「豚、比嘉の事が好きなのはお前だろ? さっさと告ればいいだろ…卒業も近いんだから」


 「告ったよ」


 「は!?」


 「一年の夏と今年の春先に…見事に振られたけどな」



 ははは……っと、豚は自嘲気味に笑う。


 流石の全国3位の男も、思い出すだけでテンションが下がるらしくがっくりとうな垂れる。


 「好きな奴がいるってさ……」


 豚がじろりと俺を見る……あああ、世の中とはどうしてこうも需要と供給のバランスが取れないのか?


 つか、比嘉よ_____俺なんかの何処がいい?


 少し沈黙してた俺たちだったが、日も落ちてきたので豚が帰ると言って椅子から立ち上がる。


 「っ…」


 先ほど、見事に決まった前蹴りのヒットした胸を豚が摩る。


 俺は、『大丈夫か?』なんて声はかけない。



 豚も振り返らない。



 「玉城、俺は_____」



 「蹴りはついた」



 短く答えると、豚は黙り俺の背中でドアの閉まる音がした。



 遠のく足音。

 

 これで豚は卒業まで必要以上俺に関る事はないだろう____それが勝者の報酬だから。






 晩飯を食った。


 今日は、見知らぬ母さんは夜勤でいないので飯は俺と見知らぬ武叔父さんとでカレーを作った。


 といっても、見知らぬ武叔父さんは料理はからっきしなので殆ど俺が作る羽目になったわけだが。


 何となく、この前の事が尾を引き見知らぬ婆ちゃんに合わせる顔がなかったがそれは相手も同じだったようで食卓に見知らぬ婆ちゃんの姿は無くついでに見知らぬ博叔父さんもバイトが遅くなるらしく不在。


 空席の目立つ寂しい食卓で、特に変わった様子も無く普段道理に食事を済ませ眠そうな剣と風呂に入り早めに布団を敷いて割れた窓を抑えるダンボールの隙間から差し込む明るすぎる月の光に照らされた家具も壊れた殺伐とした部屋で横になる。


 ああ、きっと見知らぬ母さんが帰って来たら怒るだろうな…なんてぼんやりと考えていると寒いのかもそもそと剣が俺の布団に潜り込み腕にしがみ付いて自分の親指をしゃぶりだす。


 「…あっ、だめだろ…」


 うでを外して起き上がり、タンスの引き出しからハンドタオルを出して親指の代わりに咥えさせると眉間に皺を寄せながらふぐふぐとタオルを咬む姿に思わす笑みが零れる。


 「んっ…」


 俺は布団の上に胡坐をかきバキバキと背中を伸ばす…あ~あ~今日は、妙な時間に目が覚めたからなかなか寝付けない。


 まいった、明日からは是が日にでも学校へ行こうというのに!


 俺は、チラリと机の上のノートパソコンに目をやる…消えたチャット履歴、アレさえあれば<しゃぶ太郎>を見つけることが_______あ!


 自分の毛布を剣に被せ、俺は慌てて机に向かいノートパソコンを開く!


 あるじゃないか!


 陸が『メモ帳』に残してた今までの<しゃぶ太郎>とのチャット履歴が!


 「は…? なんで?」

 

 俺がみたのは、信じられない現状だった。


 ファイルはあった、そりゃそうだ!

 陸が俺にも分かりやすいようにご丁寧にデスクトップもシンプルにゲームのアイコンとその『メモ帳』のファイルしか置いて無かったんだから!


 「嘘だろ…?」


 開いたファイルには何も無かった。


 おかしい…ゲームを始める前、俺は取り合えずファイルの中にあった物にはざっと目を通していた____だからコレが勘違いであるはずが無い!


 今日の騒ぎで壊れた…?


 いや、こんな器用な壊れ方するわけないだろ!?



 

 消された。



 消されたんだ!


 ファイルの中には、チャット履歴の他にIDやパスワードが入っていた…だから出来たはずだ…。


「浩二_____」


 目覚めた時、その場にた従弟_______なんでお前が___?


 悶々思考が巡り、寝れたのはほんの2時間程で俺の体内時計は5時を知らせた。







 いつものように新聞配達の兄さんから新聞を受け取り、自主的朝練に励む従妹の渚を尻目に居間でお茶を飲んでから新聞に目を通し顔を洗って制服に着替えて朝飯食って他の皆より早く家を出てバスに乗り込む。


 家族が尽く他人で、恐らく人でないモノも交じり更には身に覚えの無い記憶と、明らかに通常なら巻き込まれるなんて考えも及ばないような不可思議な事件に不穏な従弟の行動。


 そんな非現実の中にあっても、それは呆れるほどに平凡で代わり映えしない一日の始まりだった。


 眠たい体を引きずって入った一番乗りの教室で、比嘉が頭から血を流して倒れているのを見つけるまでは。


 「比嘉!?」


 寝ぼけてた頭が一気に覚醒する!


 まるで竜巻でもあったのかと思えるくらい、荒れ果てた教室の真ん中であの見事な黒髪が血に濡れ赤い血溜まりに沈む。


 「おい! 比嘉しっかりしろ!」


 俺は駆け寄り、血に濡れた正義の味方の体を起しその血のこびり付いた頬を軽く叩く!


 「あ…うぅ…」


 良かった!


 死んでない!


 うっすら目を開けた比嘉の顔がさっとまるで何かに脅えるように歪んだが、直ぐにほっとしたような顔して震える手がそっと俺の頬をなぞる。


 よかった。


 もう、口の形でしか読み取れない位の小さな声でそう言った比嘉はそのまま気を失ったのかガクンとうな垂れた。


 ヤバイ! 取り合えず医務室だ!


 俺は、そのまま比嘉を抱き上げる!



 ガラッ!


 タイミング悪く背後で、教室とそとを隔てるサッシが開く!


 血だらけの比嘉を抱える俺に、そいつの顔がみるみる驚愕に歪む。


 …クソッ!


 つい最近まで、猟奇殺人事件において限り無く黒に近い容疑者だったと言う黒歴がある俺がいくら弁明してもこの状況だけ見れば誰でも8割は『お前が加害者だ』というだろう。



 「玉城!」


 「退け! 医務室に運ぶ!」


 そいつは、その巨漢を押し退けられ軽くよろめいた。

 


 この学校には、医務室と保健室の二つが存在する。



 保健室は一般的に養護教諭が、健康診断、健康相談、救急処置等を行うための部屋で普通の学校にもある同じみの場所。


 そして、多分コレは普通の学校にはないであろう"医務室"と呼ばれる場所だ。


 保健室と医務室の違い、それはそこに医者が常駐しているかいないかと言う事。


 流石、金持ち学校と言うべきか…医務室はスポーツ特待で入った親元を離れている生徒にとって急な病気や怪我と言った時に大変重宝するのだが____そこに進んで行こうと思う生徒は少ない。


 「玉城! 待て!」


 押し退けた巨漢こと、豚が比嘉を抱いて足早に医務室へ向う俺の肩を掴む!


 「何があった!? なんで比嘉がこんな事に! まさか___」


 「違う! 俺じゃない!」


 付きまとう話にならない豚を振り切るように俺は歩を進める。


 「いっ医務室につれてくのか? もう、救急車でいいんじゃないか?」

 

 「折角医者がいるんだから、この方が早い! それに比嘉は女だ大丈夫だろ_____多分」


 靴箱から曲がり渡り廊下を駆け足で進んで、本校舎とこちら側のぼろい建物との境界にあるポッカリと開いた物寂しいエリアに鎮座するドアにやたらキラキラしたラメのパッションピンクで医務室と書かれた表札。


 俺と豚の脳裏に一瞬トラウマが過ったが、俺の腕の中で比嘉が苦しそうな呻き声をあげたので覚悟を決めた豚がノックも無しで乱暴にドアを開ける!


 「失礼しま____」


 豚は、開けたドアを閉める。


「おい!」


「なぁ、やっぱ救急車にし…っ!?」


  閉めたドアが突如開き、そこからヌンと伸びた無骨な手が豚の頭を鷲掴みその青々とした坊主頭をじょりっと撫で次の瞬間その頭皮に真っ赤なマニキュアの塗られた爪を食い込ませそのまま引っ張るようにその巨漢を医務室に引きずり込んだ!


 「うわぁ!?」


 豚が、図体に似合わない悲鳴を上げ中に連れ込まれる。


 比嘉を抱えて両手を塞がれていた俺は、僅かに開いた隙間に足をいれ閉まるのを防ぎそのまま足払いの要領で隙間からドアを払い上半身を向こうにねじ込む!





 感想を一言。



 俺が悪かった!



 目の前に広がるのは、ピンク。


 乙女を通り越して、悪趣味としか言いようの無いピンクのベッドにピンクのレースの天蓋しかも床や壁までピンク!


 ピンクの洪水だ!


 まぁピンクだらけと言っても、色んな種類の素材や濃淡でそれなりに統制が取れてはいるがいかんせフリルの量がそれを台無しに______と、久々にフル稼働した美術5の美的感覚がどうでもいい事を評価する…って、そんな場合じゃねーんだよ!


 ピンクとフリルの中心で、豚が情けなく目に涙を浮かべ抱きつくソレの肩越しにパクパクと声にならない声を上げ俺に助けを求めている!


 豚に抱きつく白衣のスキンヘッドが、薄っすら汗を浮かせテラリと光った。


 ああ、ホント変わらな…いや、悪化してる。


 俺と豚がこの医務室を利用したのは、一年の夏。


 練習で組み合った際、豚が突き指、俺が足の親指の爪を剥がすと言う惨事に見舞われ先輩に言われるままこの部屋に…そこに待っていたのは______このスキンヘッドの化け物だった。

 すかさず逃げようとしたが、先輩たちに外からドアを抑えられなすすべ無く俺と豚は『治療』を受ける羽目になった。


 悔しい事にこのスキンヘッドの医者としての腕は確かで、俺の脚の爪も豚のつき指も適切に処置されたがその後された事は、親元はなれたばかりの青少年に大きなトラウマを与えるに十分で憔悴しきった俺たちを見て先輩が爆笑してたっけ…皮肉にもあの時程楽しそうな仲村渠先輩の笑顔を見たことは無かった。


 「あら~ん? プリけつちゃんの次ぎは鎖骨王子ちゃんじゃな~い? なになに? アタシのテクが忘れらえれないの~ん? ベルこまっちゃ_____」


 此方を振り向いた、白衣に身を包んだスキンヘッドが真っ赤な口紅を引いた口元を吊り上げたがその表情は一瞬にして曇る。


 「いひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 霧香ちゃあぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


 抱きついていた豚を放り出し、スキンヘッドが俺の腕の中で頭から血を流す比嘉にわなわなと手を伸ばす。


 「なにこれ!? 誰がやったの!? 霧香ちゃんの顔を傷つけるなんて! 人類に対する冒とくよぉぉぉぉぉ!」


 スキンヘッドの野太い声が、ピンクとフリル蠢く医務室らしき場所に木霊する!



 「叫んでる暇あったら、さっさと処置しろこの糞オカマ!!」


 「んまぁ! オカマとは失礼ね! オネェとお呼び! オ・ネ・ェと!」



 何が違うんだ? どれでも一緒だろ!?


 むすっと頬を膨らませたスキンヘッドは、ピンクのシーツの敷かれたベッドに比嘉を寝かせるよう俺に指示しこれまたピンク色の試薬棚からガチャガチャと手際よく薬品を物色すると横渡る血まみれの頭の下にタオルを敷いてなにやら水差しから多分生理食塩水と思われる液体でその傷をを洗う。


 そして、いつの間にかつけ爪の外された無骨指には針の長い注射器が握られる。



 「なっ…刺すのか?」


 「ええ、結構深いのよ縫わなきゃ・・・コレは麻酔ね」


 麻酔か…俺も病院で足と頭を縫ったことがある為、傷口に指される注射針の痛みを思い出し完治した筈の傷がむず痒くなった。


 「う…っ…!」


 ぶつりぶつりと長い注射針がそのぱっくりあいた額の傷の回りに刺される度、比嘉が呻く。


 「我慢よ~霧香ちゃん! 安心おし、このベルねぇさんに掛かればこんなのあとも残さず治してあげからねぇん★」


 スキンヘッドは薄気味悪い猫なで声で呻く比嘉をあやす様に言いつつも、その手は素早く処置を続ける。


 やはりこの変態スキンヘッド…医者としてのスキルは高い、見知らぬ母さんの勤める病院でもコレほどまでに正確で素早い処置が出来る人材は少ないだろう。


 そうこうしている間に、幅5cmほどの深い傷が手早く縫い付けられていく。


 「グスッ…ホントに跡とかのこんないんだろうな?」


 ピンクの床に尻を押さえながら涙目で蹲る豚が、スキンヘッドに問う。



 「ええ、勿論ですとも! オネェに二言はないわ!」


 パチンっと、ハサミで糸を切ったスキンヘッドが豚をみてにこりと笑った。


 そこは医者って言えよ! っと、俺は心の中でつ込んでからふと壁に掛かるフリルとリボンのあしらわれた個性的な壁掛け時計を見上げる。


 時計の針は、文字盤の9のところにはめ込まれたチョコレートのデコパーツを差す…もうあまり時間が無いな…。


 俺は、ベッドで苦悶の表情を浮かべ眠る比嘉と後処理に入ったスキンヘッドに背を向ける。



 「おい! 玉城! どこに行く!?」


 そのまま立ち去ろうと、ドアに手を掛けた俺の肩を豚の前足が掴む。


 「はぁ? 何処って、補習にきまってんだろ?」


 事も無げに言うと、睨みつけて来た豚の顔が歪み次の瞬間ガクンと視界がぶれドアを突き破って俺の体が廊下に投げ出された。


 「…いてぇ」


 「比嘉が…比嘉が怪我してんだぞ!?」


 ぶーぶーと鼻息荒く、豚は廊下に蹴躓いた俺を鋭い眼光で見下す。


 「だからどうした? ぼんやり突っ立ってた所で傷が良くなんのか? 俺にそんな有り難い効能は無い…それに、信じちゃいないだろうが俺が怪我させた訳じゃ__」


 「んな事は分かってんだよ! 良く考えたら俺とお前が束になったって比嘉を倒せる訳無いだろ! それに…いくら不意打ちが得意なお前でも此処までやるほど鬼畜じゃねー…」


 「けど、コレはお前がらみなんだろ?』 消え入りそうな声で付け加えられた豚の言葉に、認めたくなかった予想が現実味を帯びる。


 揉み合ったというにはあまりに不自然に荒れ果てた教室。


 比嘉は俺に対して、『よかった』と言いまるで俺が無事なのを確認できて安心したように微笑んだ。



 「玉城!」


 

 咎めるような豚の声。



 「…知るかよ」


 「てめっ!」



 俺は、立ち上がり背を向ける。



 「比嘉にはお前が付いてりゃいいだろ? 俺は忙しいんだ…それと昨日お前とは蹴りがついたはずだよな? これ以上俺に付きまとうのはやめろ」


 「…!」


 「ついでに、比嘉にも伝えろ『二度と俺に付きまとうな』ってな」


 「このっ…人でなしが…! 比嘉はお前の為に…」

 

 言うだけ言って立ち去る俺に、豚が恨めしげに言葉を吐く。


 足早に立ち去る俺の背後で、バタンっと荒々しくドアの閉まる音がした。


 ピンクの医務室で、仲嶺は閉めたドアを荒らしく殴りつける。



 「あら~ん、もしかしてあの子が霧香ちゃんのDVなカレシ?」


 すっかり比嘉の傷の処置を終えたこの医務室の主は、うっすら汗の浮いた形良いつるりとした頭を拭いながらほぅ…と頬を赤らめる。


 「違います! …今は…まだ…それにあんな人でなしっ___」


 「そうかしら? あの子、霧香ちゃんの事見て____」


 『いまにも泣きそうな顔してたけど』っと、言いかけてスキンヘッドはその赤い唇をそっと噤んだ。








 「いやはや、驚いたなぁ…比嘉君の言うとおりだったな~」


 初老の科学教師は、その出来映えに感嘆の声を漏らした。


 「…いえ、別に…」


 「いいや、一人でこの量をこんなに正確に…」


 何がそんなに凄いのか?家族以外に他人に褒められなれてない俺は背筋がむず痒い。


 俺の目の前には、プリンカップとかペットボトルの下の部分とかに爪楊枝で三箇所ほどぶっ刺された状態で栽培されたアボカドの種子が200株ほどずらりと理科室の実験台の上に所狭しと並べられていてその一つ一つからは15cm程の芽が出ている。


 それだけならなんら変わった事はないが、しいて言うならその芽が一つの種子から2本とか3本とか出てるってこと。


 そして、補習の内容が小テスト+種子から複数でた芽の中から強そうなのを選んで一つを残し残りを刈り取り、その刈り取った芽を用意されたほかの種子の調子が悪い物に接木するという物で確かに細かい作業が多いが俺の手に掛かればさほど難しいことなど無いのだが…。


 「うん、経過を見ないと何ともいえないが僕なんかより綺麗な切り口…まるで元から一つだったみたいな嵌りよう…いいね、いいよ君! マシュマロを上げよう!」


 白髪交じりの口元の髭をふそふそさせながら、なにか掘り出し物でも見つけたみたいに嬉しそうにし科学教師は実験台の引き出しから小分けに包まれたマシュマロを俺に渡す。


 正直、そんな所から出てきたマシュマロに素直に喜べないが取り合えず礼を言って受け取る。


 「いや~体育科のしかも単位が足りない子って聞いてたもんだからどんな子かと思ったら…いやはや、どうしてどうして」


 なにやら絶賛している科学教師を尻目に俺は、最後の芽を接木する。


 「終わりました」


 「おお、素晴らしい…君みたいな子が…頑張れとしか僕には言えないけど始まりが人より劣っても大事なのはその後どう生きるかだ」


 

 皺のよった目が、哀れむように俺を見た。



 うぜぇ…。


 「ああ、もうこんな時間…さっき受けてもらった小テストの点も合格ラインだ科学の単位はコレで足りるよおめでとう」


 「それはどうも」


 俺は、作業台にアルコールを吹きかけざっと掃除をする。


 「今日はコレで終わりかな?」


 「ええ」


 アボカドの種子を指示道理に理科室外側に設けられた生物部の小型ビニールハウスに運び、比嘉が用意したスケジュールを確認する…うん、今日はコレで終了だな。


 朝から続く過酷なスケジュールがやっと終わり、俺はほっと息を着く。


 お茶でもと言う科学教師を振り切り、俺は足早に理科室を後にした。


 ああいう手合いは、自分より劣ると判断した相手に対して『優しさ』のつもりで余計な手を差し伸べ経験豊富な大人として講釈垂れて来るんだろうが経験もなにも単一の職業と高い学歴からの社会進出しか経験していない筈なのに全てに精通すると自信が持てるのは何故だ?


 教師だからか?


 はっきり言って、あの科学教師と何十時間話したところで今後の俺の進むであろう現状にはなんのプラスにもならないだろう。


 …別に、あの先生は悪く無いし非難しているでも俺が捻くれてるんでもない。


 只、役に立たないだけだ。


 3階の理科室を出て先ずは、階段を1階へ下りながら俺はスマホを開きメールを打つ。



 相手は、従弟の浩二だ。

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