第14話くま耳と怪人風邪後編
「迷った……」
「おい」
昼なお暗い樹海の中、先頭を歩いていた猫男が立ち止まり首を傾げる。
俺は低く唸るように呟く。
「猫男さんが、何度も来た事あるって言うから、先頭を任せたのに」
「いやー、失敗失敗!」
「失敗、じゃねぇーーーっ!」
不服そうなフラミンゴ男の言葉に、猫男は笑顔で頭をかく。
そんな猫男に、俺は 思い切り叫んだ。
くそっ!
面倒な事になった。
「ここでこうしていても仕方ない。先に進もう」
「そうだな」
カンガリアンAの言葉に、俺は唇を噛み締めて頷いた。
時間は刻一刻と過ぎている。
このままジッとしていても仕方ない。
俺達は先に進む事にした。
「ところで、危険があるって言ってたけど、どんな危険なんだ?」
「この辺りには、はぐれ怪人がいるんです」
「はぐれ怪人?」
聞き慣れないフラミンゴ男の言葉に、俺は思わず聞き返した。
「はい。うちの組織からはみ出した怪人達がここに居着いてるんですよ」
「そ、そうなのか」
「あいつらには協調性がない」
お前がそれを言うんだ……。
何かを思い出したように腕を組んで憤慨する猫男に、俺は心の中でツッコミを入れる。
「怪人ごとき、僕に掛かれば造作もない事だよ」
「おお……」
さすがは正義の味方。
エースの言葉を俺は頼もしく感じた。
実際、エースの力はハンパない。
安心して先に進もう。
10分後……。
「ぐはぁっ!」
「ええーーーっ!」
出会い頭に怪人と遭遇したエースが、あっさりとやられていた。
出会ったのはミーアキャット娘。
癒し系の怪人だ。
エースはこの癒し系怪人に弱い。
以前も夜露に完敗していた。
果敢に立ち向かってはいったが、あっさりとやられた。
滝壺に落ちていくエースに、俺は呆然としてしまう。
まあ、こういう輩は滝壺に落ちても死なないと相場は決まっている。
後々復活して、登場するだろう。
それよりも、今は目の前の怪人だ。
「安心して下さい。この娘ははぐれ怪人じゃありません」
「へっ?」
「れっきとしたラブリーアニマルの怪人です」
何て事だ。
カンガリアンAの無駄死に確定した。
いや、死にはしてないだろうけど……。
「行こう」
まったく、空し過ぎる。
俺達はエースの行動に呆れながら、歩みを進めた。
「困った事になりました」
「どうしたんだ?」
先程までミーアキャット娘と話をしていたフラミンゴ男が暗い表情を見せる。
「どうやら、薬の材料の近くに、最悪の 怪人がいるみたいなんですよ」
「まさか、あいつか!?」
フラミンゴ男の言葉に、猫男が驚愕の表情を見せる。
かなり、やばそうな感じだ。
「なあ、最悪の怪人って……?」
「コモドドラゴン男だ……」
コモドドラゴンとはインドネシアのコモド島にいる巨大なトカゲだ。
肉食で凶暴な性格だったはず。
確かに、そんな怪人は最悪だろう。
俺は想像をして身震いをする。
「とりあえず、ミーアキャット娘に行き方を聞きましたから、近くまで行ってみましょう」
「そうだな」
もしかしたら、今はもういないかもしれないし。
俺達はいなくなっている事に一縷の望みをかけて、目的の場所に向かった。
覆い茂る木々を押し退けながら、歩いていく。
「しっ!静かに」
低く屈んで人差し指を唇に当て、猫男がいつになく真剣な表情で制止する。
「何だ……?」
「奴がいる」
俺もそれに習い、声を潜めて尋ねると、猫男がチョイチョイと指差す。
そこには怪獣のようなキグルミを着た男がウロウロとしていた。
ちなみに喉の辺りから顔が出ている。
それを見て、俺は思い出した。
そういや、こいつらの組織って変人……というか変態ばっかりだったな。
今更ながら俺は深々とため息を吐いた。
「よし、囮作戦だ。行ってこい!」
「うおっ!」
俺は茂みで隠れていた猫男を蹴り飛ばした。
つんのめりながら、猫男は茂みから飛び出す。
「!!」
「貴様、覚えてろよーーーっ!」
「コモドドラゴンには毒があるらしいから、噛まれるなよ」
当然、コモドドラゴンに見つかった猫男は、俺への文句を叫びながら逃げていく。
そんな猫男の背中に聞こえるかわからない程の小声で、俺はアドバイスした。
猫男……お前の犠牲は無駄にはしない。
「さあ、今のうちに材料を取ろう」
「朝霧さん、結構酷いですね」
「まあ、猫男なら大丈夫だろ?」
「まあ、そうですね」
材料である白い花を摘み取りながら、あっけらかんと言う俺に、フラミンゴ男はあっさりと納得した。
それが猫男を信用しているからなのか、そうでないのかはわからないが……。
ちなみに摘んでいる途中に、猫男の叫びが聞こえてきた。
あいつ……噛まれたな。
「それじゃ帰るか」
樹海に入ってから、結構な時間が経っていた。
早く夕凪の元に戻らなければ……。
「出口はこっちです」
「よし!行くぞ」
フラミンゴ男を先頭に、俺達は樹海からの脱出を目指す。
しかし、そう簡単にはいかなかった。
「待て、ごらぁーーーっ!」
「うわぁーーーっ!」
コモドドラゴンから逃げている猫男と遭遇してしまった。
というか、やっぱり生きてたか……。
あいつ、どんだけしぶといんだ?
「あっちに逃げやがれ!」
「死なばもろともだっ!」
畜生っ!
俺達まで巻き込む気か。
こちらに走ってくる猫男から逃げながら、俺は心の中で悪態を吐く。
「そこまでだ!」
「!?」
「とうっ……痛っ!」
こちらもやっぱり生きていた。
正義の味方、カンガリアンA登場!
しかし、着地に失敗して、足首を思い切り捻った。
「お前もこいつの仲間か!?」
「誰がこんな奴と……」
「お前も死ね!」
「ぐわぁーーーっ!」
コモドドラゴン男は、目の前に現れたエースにターゲットロックオンすると、飛び掛かり、首筋に噛み付いた。
いきなりの行動に、エースはどうする事も出来ずに、助けを求めるように、こちらに手を伸ばした。
「お前の犠牲は無駄にはしない!」
「見捨てられたーーーっ!」
俺は踵を返して、エースに背を向けて走り出した。
愕然とした表情を見せるエース。
そうして、俺達は樹海を脱出した。
薬は案外簡単に出来た。
俺は薬を持って自宅に帰る。
「夕凪っ!」
もどかしさから、夕凪の部屋のドアを乱暴に開け放つ。
そこで見たのは、衝撃の場面だった。
「夕……凪……?」
「?」
目の前の夕凪は、入ってきた俺に首を傾げながら、納豆をまぜていた。
「お前、病気は……?」
「治ったぞ」
尚も納豆をまぜながら、あっさりと言い放つ。
「怪人風邪だったんじゃ……」
「いや。ただの風邪だが」
「そ、そんなぁ……」
夕凪の言葉に、俺は気が抜けて、ヘナヘナとへたり込んだ。
そんな俺の姿を見た夕凪はクスリと笑うとベッドから降りる。
「まったく、お前は相変わらずだな」
「……」
「でも、そんなお前だからこそ、私は好きなんだ」
ガックリと座り込んだ俺の頬に手を伸ばし、夕凪は優しく呟いた。
そんな夕凪に、俺も手を伸ばす。
「まだ熱があるの……」
「とりゃ」
「ぐふぅっ!」
言い切る前に、夕凪の拳が俺の腹にぶち込まれた。
悶絶して、身体をその場に折り曲げる。
こうして、騒動は終わりを告げた。
ちなみに、カンガリアンAと猫男は生きていた。
まあ、当然だろう。
奴らが簡単に死ぬ訳無い。
それから、俺達がどうなったかというと……。
「お前の考えてる事などお見通しだ」
「コンチクショーーーっ!」
相変わらずだった。
まだまだ、うちのくまさんの横暴は続く。