体躯づくり
トレーニングを終えた結は自分の思いを澄子と羽那に話すと、それからしばらくの間この部屋に静寂の時が流れた。
やがて、涼やかで清らかな音が響いた。それは、まるでガムランボールの音のような心が澄み渡る響きだった。
シャリーン
──結、あなたの気持ちは受けとめます。あなたをこれまで育てた…ジュリエンは、おそらくあなたに情を持っているのでしょう。そして結もジュリエンに対して母親のような感情を持ち続けているのですね。
「……はい」
シャリーン
──十七年もの間、大切に育てられたのですね。
「……はい」
結の返事の後、また静寂の時が流れた。
しばらくすると涼やかな音が響き渡った。
シャリーン
──わかりました。結、トレーニングを続けなさい。私はそれを見守ることにしましょう。見守りながら、今後どう動くか思案します。
「はい。私は、魔物に接触しないように寺院に潜入して何としても羽那さんの宝珠を取り返します」
結は力強く言ったが、そにためにも筋力や持久力や瞬発力を身につけなければと思った。
それからひと月程の間、結はこの寝室の何もない空間で筋トレや体幹を鍛え自分の体を苛め抜いた。澄子は出窓にシルクサテンの座布団を置いてもらい、その上に鎮座して結の頑張りを見守った。
天気のいい日、結は広い庭を何周も走り回った。
若い結の体は鍛えれば鍛えるほど、無駄な肉がなくなり筋肉がしっかりとついていった。
ただ、食事制限はしなかった。羽那の作る美味しいごはんや三時のおやつは全て美味しく食べた。香り高い甘い紅茶も日に何度も、ゆったりと味わった。結は羽那の作ってくれる食事が大好きなのだ。
そしてひと月が過ぎ、結はすっかり精悍な姿の女性になった。
シャリーン
──結、毎日頑張りましたね。私はその間ずっと考えました。魔物の退治は中断することにして、まずは羽那の故郷の宝珠を奪還することを一番に成し遂げましょう。羽那、例の物を。
澄子が羽那を促す。
「はい」
返事をした羽那は結の寝室を出て、すぐに戻って来た。
「結さま、これをお持ちになってください」
結の手に渡されたのは、彼女が着ている作務衣の衿や袖と同じ、藍染めの生地に青色の濃淡で細かく刺繍された刺し子の巾着袋だった。結の胸元に下げた革製の巾着袋よりはるかに大きなものだった。
「これは?」
シャリーン
──あなたが体躯づくりをしている間に、羽那が一針一針心を込めて刺繍をした刺し子の袋です。羽那の故郷、サンクの宝珠を奪還したらこの袋に入れてここに運びます。宝珠は長い時間をかけてデインの呪いに晒され本来の状態ではないのです。そのまま結の素手や作務衣の懐に入れて運ぶのは、とても危険です。
「そうなんですか」
シャリーン
──ええ。羽那がデインの中に入れないのは、その宝珠の呪いのせいだと話しましたね。
「はい、そう伺いました。この羽那さんが作った袋に入れて運べば、かけられた呪いの力がなくなるのですか」
シャリーン
──いいえ。その力が軽減されるだけです。宝珠を何とかここに持ち帰り、時間をかけてかけられた呪いを取り除かなければなりません。それに必要な時間がどのぐらいになるかはわかりません。
「そうですか。呪いが解けたら、羽那さんはどうなるのでしょうか」
結が羽那に尋ねた。
「それは、わかりません。でも、結さま、どうか私の故郷の宝珠を救い出していただけますでしょうか」
羽那が深く頭を下げる。
「羽那さん、頭を上げてください。澄子さんの力を借りて、サンクの宝珠を何としてもここに持ち帰ります。澄子さん、明日から、またデイン地区に行きましょう。マントで姿を隠しながら、宝珠の置かれている寺院を目指しましょう」
結は自分の体力に自信を持ったのか、ここに連れて来られたばかりの頃と比べると、とても逞しく凜々しく見えた。
シャリーン
──結、あなたのその頑張りが実を結ぶと信じています。それでは明日から、いよいよ久しぶりのデインへ参りましょう。




