第7話「密約」
死の谷の入り口――「断絶の門」と呼ばれる、高さ数十mの巨大な岩壁に囲まれた検問所だった。
かつては魔物の侵入を防ぐ砦が、今は教団の武装司祭が管理する、最も閉鎖的な「関所」と化している。
アルマイトは、ケルベロス、グリフォン、そしてハヌマーンを従え、門の前に立った。
周囲の空気は、濃密な魔力に満ちている。
「止まれ、放浪者。それと……その化け物を連れてどこへ行くつもりだ」
壇上から見下ろすのは、全身を白銀の法衣で包んだ関守長、ゼノス。
彼は手に持った魔力測定器をアルマイトに向け、鼻で笑った。
「通行証を提示しろ。……ほう、タダシの持っていた半券か。だが、それは一人分だ。後ろの三匹――いや、『三名』分が足りないな」
「こいつらは仲間だが人ではないぞ」
アルマイトが静かに告げると、ゼノスは嘲笑を深めた。
「仲間? 笑わせるな。この先は教団が管理する『神域』だ。汚染された獣を通すわけにはいかない。規則は規則だ。一人につき一枚、計四枚の通行許可証が必要だ」
ゼノスが指差す先には、許可証を求めて列をなす信者たちの姿があった。彼らは財を、あるいは臓すら差し出して、切符を求めている。
「……交渉をしたい。何が必要だ」
「交渉、だと? 良いだろう。教団は寛大だ」
ゼノスは壇上から飛び降り、アルマイトの前に着地した。その瞳には、並外れた強欲さが宿っている。
「その背中の大剣。それを差し出せ。あれは魔力を遮断する希少な金属だ。技術局が喉から手が出るほど欲しがっている。あれを差し出すなら、四人分の通行を許可してやろう」
アルマイトの背に負った大剣が、わずかに震えた。
「……それはできない。これは、この世界をこれ以上汚さないための唯一の道具だ」
「ならば話は終わりだ。失せろ、不信心者」
ゼノスが背を向けたその時、アルマイトの隣で石化しつつあった老猿、ハヌマーンが錫杖を鳴らした。
「関守よ。お主が求めているのは、本当に金属か? それとも、実績か?」
ハヌマーンの言葉に、ゼノスが足を止める。
「……何が言いたい、猿め」
「この谷の奥、魔力の竜巻が渦巻く『第一層』に、かつての英雄が遺した『黄金の聖杯』が沈んでいる。今は行方不明の至宝……それをお主が手に入れたとなれば、枢機卿の椅子も夢ではなかろう?」
ゼノスの顔色が変わった。物欲が、野心へと塗り替えられていく。
「……聖杯だと? あれは伝説の……。だが、あんな死地へ行って戻ってこれる保証がどこにある」
「俺の腕を見ろ。」
アルマイトは、自らの右手の甲に刻まれた古い傷跡を見せた。
一瞬だけ、黄金の魔力がその皮膚の下で脈打つ。その圧倒的な格に、ゼノスは息を呑んだ。
「……よかろう。賭けだ。貴様ら四人を『教団特別調査員』として仮通ししてやる。ただし、期限は三日。三日以内に聖杯を持って戻らねば、指名手配書を全教会に回す。タダシの首も飛ばすからな」
ゼノスはい札を地面に投げ捨てた。
アルマイトはそれを拾い上げ、三匹の従者に目配せをする。
「……悪いな。聖杯が手に入らなければ、お前たちの居場所はなくなるかもしれない」
「構わん。我らは皆、一度は終わった命だ」
ハヌマーンが静かに答え、ケルベロスは力強く吠え、グリフォンは鋭い眼光を門の奥へと向けた。
重厚な石門が、軋んだ音を立てて開く。




