第12話「ポーカー」
地下監獄「索冥閣」の最下層。冷えた石畳の上に、場違いなほど豪奢な円卓が置かれていた。
獄卒長ガンドルは、豚のような鼻を鳴らしながら、手元の牌を弄んでいる。
「いいか、英雄殿。この階層のルールは、外の『魔雀』とは少し違う。名付けて『暴火博戯』。……何、簡単な話だ。役の作り方は雀だが、勝負の仕方は博に近い」
ガンドルが卓に指を叩きつけると、中央の魔導装置が唸りを上げた。
通常の魔雀とは異なり、各者に配られる牌はわずか五枚。それを順次交換し、最終的な役の強さを競う。だが、この遊戯が「暴火」と呼ばれる所以は、その賭け金にある。
「一枚替えるごとに、自らの魔力を卓に注げ。降りればその魔力は没収。勝負を続ければ、卓に溜まった魔力の奔流――すなわち『暴火』が、敗者の内臓を焼き尽くす」
アルマイトは、黒鉛鉄の枷に繋がれたまま席に着いた。隣には、元魔王軍幹部のゾルマが、欠けた角を隠すこともなく不敵に座っている。
「……フン、五枚の役作りか。運否天賦に頼るしかあるまい」
ゾルマが吐き捨てると、ガンドルは下卑た笑いを浮かべた。
「さあ、第一回戦だ。チェックか、レイズか。あんたの命、少しずつ削らせてもらうぜ」
アルマイトの手牌は、一、三、五、七、九の索子。バラバラだ。
雀の役で言えば、何一つ完成していないクズ手。対してガンドルは、自信満々に自らの魔力を卓に注ぎ込む。卓中央の水晶が、ドロリとした赤い光を放ち始めた。
「五枚替えだ! 英雄殿、あんたはどうする? 替える牌がないなら、そのまま焼かれるか?」
アルマイトは、自身の内側に澱む魔力を見つめた。
普通に打てば、イカサマか強運に押し潰される。彼は静かに、一枚の牌を捨て、山から新たな一枚を引いた。
(……この感覚。ガンドルの魔力が、卓を通じて俺の手牌を視ている)
ガンドルは、透視魔法と、ベクトル操作を併用していた。アルマイトが何を引こうと、ガンドルはそれ以上の役を揃えられるよう山を操作している。
だが、アルマイトは動じない。
「全替えだ。……さらに、魔力を上乗せする」
アルマイトが宣言した瞬間、独房内の空気が凍りついた。
枷を通じて、アルマイトの右腕に封印されていた魔力が奔流となって卓に流れ込む。
黄金の魔力は、ガンドルの赤い魔力を瞬く間に飲み込み、水晶は破裂せんばかりの輝きを放つ。
「バッ、馬鹿か貴様! そんな量の魔力を注げば、負けた瞬間に消し飛ぶぞ!」
ガンドルが狼狽する。ポーカーにおける「嘘」――しかし、アルマイトの場合は、文字通り自分自身の命を爆薬に変えた脅しだった。
アルマイトの手牌は、依然として役にもならない死に体。だが、彼の瞳は勝つことを確信していた。
「……ゾルマ。お前の出番だ」
「……承知した」
ゾルマが、失われた右腕の断崖を卓に押し当てた。
彼がかつて魔王軍で培ったのは、破壊ではない。あらゆる衝撃を受け流し、無へと帰す不動の盾の理。
ゾルマは、卓に渦巻くアルマイトの公害魔力をあえて食い止めず、その圧力を僅かに逸らした。
ガンドルが引くはずだった「アガリ牌」が、アルマイトの魔圧によって砕け散る。
代わりにガンドルの手元に強制的に吸い寄せられたのは、アルマイトが最初に捨てた「一」の牌だった。
「な、なんだこれは……役が、揃わん……!」
「……チェックだ。俺の役は【一気通貫】……ではないが、お前の役は『無』だ」
アルマイトが牌を開く。そこには、数字の繋がらない不揃いな牌が並んでいた。
しかし、ガンドルの手牌は、魔力干渉によって数字が溶解し、石ころと化していた。
「なっ……!?」
次の瞬間、卓に溜まりに溜まった暴火が、行き場を求めて暴発した。
制御を失った魔力は、所有者であるガンドルへと逆流する。
「ぎ、ぎゃああああああ!」
ガンドルの肥満体が、内側から黄金の光に焼かれ、独房の壁に激突する。
その衝撃で、ガンドルの腰にぶら下がっていた楔の鍵が、カランと音を立ててアルマイトの足元に転がった。
「……ふん、無茶をさせる。貴様の公害魔力は、もはや雀牌の枠に収まる代物ではないな」
ゾルマが煤けた顔で笑う。アルマイトは落ちた鍵を拾い、自らの枷を外した。
手首に残った赤い痣は、自由の代償としては安すぎる。
「急ぐぞ、ゾルマ。ガンドルの叫びを聞きつけて、すぐに次が来る」
「ああ、だがその前に一つ教えておけ。ノーラント。……さっきの勝負、もし我の操作が間に合わなければ、貴様はどうするつもりだった?」
アルマイトは、暗い監獄の通路を見据えながら、短く答えた。
「……その時は、俺と一緒に地獄へ行ってもらうだけだ」
かつての英雄と魔王幹部。奇妙な二人組の背後で、監獄の警報が鳴り響き始めた




