最終話 メイドコボルトと理想の生活
魔王とククルは、多くの魔族に祝福されながら結婚を果たした。
その後のことだった。
とある街道にて、なにやら事件が起こっている。
「ぐはっ!」
冒険者が吹き飛ばされている。
「おいおい。ここは俺たちの縄張りだ。通りたきゃあ、通行料を払っていきな」
冒険者たちを見下ろすようにして、武装した魔族が複数人立っている。どうやら、この辺りで暴れているならず者のようだ。
その前には誰かが乗っている馬車があるようだ。
魔族が見下ろせば、馬が恐怖におびえ、その制御を失いつつある。御者がどうにか落ち着かせようとするも、うるさく暴れてしまっている。
「耳障りだなぁっ!」
魔族が手に持っている武器を振り下ろすと、馬車を引いていた馬が、無残な姿になってしまった。
「ふぅ、これで静かになったな」
馬を潰した魔族たちは、改めて馬車の本体へと視線を下ろす。
その圧力に耐えきれなくなったのか、中から人間が出てくる。きれいに着飾っている様子からするに、おそらくは貴族だろう。
貴族たちは魔族に対して命乞いをしている。逃げるための馬は潰されてしまい、護衛のための雇った冒険者たちも吹き飛ばされて満身創痍だ。
そうなってしまえば、貴族たちは必死に命乞いをするしかないというわけだった。
「金目のものを全部置いていきな。そうしたら、命だけは助けてやろう」
魔族は、貴族を睨みつけている。
「は、はいっ。こ、こちらのものはすべて差し上げます。ですから、私たちの命だけは、どうか……!」
「そうかそうか。くれるって言うんなら、お礼をしてやらなきゃなぁ」
魔族は武器を数回手の上で弾ませると、その武器を振り上げた。
「死というお礼をなぁっ!」
魔族たちは貴族たちを叩き潰そうとしている。
その時だった。
「待ちなさい!」
何者かが現れ、魔族の持っていた武器を真っ二つにしていた。
「いでぇっ! な、なにもんだ?!」
突然飛び出してきた人物に対して、魔族は声を荒げている。
ところが、飛び出してきた人物はそのまま何も答えないまま、剣を振るって魔族を一方的に追い詰めていってしまう。
「お、覚えてやがれっ!」
なぜかとどめを刺してこなかったために、魔族たちは一目散に逃げ去って行ってしまった。
「ふぅ……。あとで魔王様にしっかりと痛めつけてもらいましょうね」
『すっかり、我の扱いにも慣れたものだな、ククルよ』
「そりゃねぇ。今の持ち主は私なんですもの」
メイド服に身を包んだコボルトは、剣を見ながらなにやらぶつぶつとしゃべっていた。
かと思うと、背中に剣をしまって貴族たちへと近付いてきた。
「もう大丈夫ですよ。お怪我はありませんでしたか?」
「あ、ああ。私たちは大丈夫だが、馬と冒険者が……」
貴族は馬車の方へと視線を向ける。そこには先程の魔族の手によって無残な姿になってしまった馬が横たわっている。
コボルトは馬に近付くと、その状態を確認する。
「……よかった。まだ息があるわ。これなら……」
コボルトは両手を組んだかと思うと、その手から光を放ち始める。
「上級治癒」
魔法を使うと、虫の息だったはずの馬の傷が段々と治っていくではないか。気が付くと、すっかりと元気な状態へと回復してしまった。
「よし、これでもう大丈夫ですね。他のみなさんの傷もすぐに治します」
剣を携えたコボルトは、貴族たちの傷を次々と治していった。
「本当にありがとうございます。見た感じ魔族のようですが、なぜ私たちを助けてくれたのでしょうか」
「困っている人がいたら助ける。それが私の信条ですから」
貴族の問い掛けに、コボルトはにっこりと微笑んでいた。
魔族とは思えないほどにその清らかな表情に、貴族たちはすっかり見入ってしまっていた。
「あ、あの、お名前だけでもお聞かせ願えますか?」
貴族は、コボルトに名前を尋ねている。
その問いかけに、コボルトは再び清らかな笑顔を見せる。
「はい。私はククル。現在の魔王の妻であり、聖剣の主でもある魔王妃ククルと申します。では、お気をつけて」
名前を答えると、ククルはその場から颯爽と立ち去ってしまった。
「あの方が、魔王妃ククル様……」
貴族は小さくつぶやき、しばらくその場で立ち尽くしているのだった。
「ただいま戻りました、魔王様」
ククルは笑顔で魔王城に戻ってくる。
「また、人助けに出ていたのか、ククルよ」
「はい。魔族と人間が手を取り合える世界を目指しているのですからね。困っている人は、人間だろうと魔族だろうと、関係なく手を差し伸べさせてもらいます」
魔王のところへと戻ってきたククルは、呆れた表情を向けられながらも、胸を張って言い切っていた。
その姿を見た魔王は、嬉しいような寂しいような、なんとも複雑な表情を見せていた。
「えっと、魔王様?」
「いや、人助けもいいのだがな。少しは余のことも気にかけてもらいたいと思ってな。夫婦なのだからな」
「もちろんですよ。私にとっては、魔王様が一番なのですから」
魔王が拗ねたように声をかけるが、ククルは自信たっぷりに答えるばかりだった。
ため息をついた魔王は立ち上がり、ククルへといきなり抱きついている。
「ちょっと、魔王様?!」
「少しは夫婦らしいことをしようではないか、ククルよ」
「いや、私は、まだ……っ!」
ククルはそのまま魔王にどこかへと引きずられて行ってしまった。
紆余曲折を経て夫婦となったこの二人だが、理想の生活にはまだまだほど遠そうである。
いつになったらその理想は叶うのか。それは誰にも分からないのだった。
――メイドコボルトは聖剣の主、完




