第55話 メイドコボルトは理解が追いつかない
部屋に戻ってきたククールは、ベッドに思いっきり突っ伏していた。
「はああああ……」
なんともいえない、どでかいため息である。
『主、なんとも言いますまい』
「そうね。気休めも何も要らないわ……」
聖剣の言葉に対しても、強く言い返す気力も起きないようである。
なぜ、ククールがこんなことになっているのか。それは、直前のトールソンとの話に理由がある。
トールソンに呼び出されたククールが聞かされたのは、教会の人間がやって来るという話だった。
ただ、この訪問は定期的に行われているものであって、なにもククールの治癒魔法を感知してやってきたものではない。
とはいえ、元がコボルトという魔族であるククールには、聞きたくない話題だった。
トールソンから言い渡されたのは、とにかく部屋から出ないでくれという話だった。
これも一日くらいなら我慢はできただろう。
実際にトールソンから聞かされたのは、なんと七日間。活動的なコボルトには、とてもじゃないが耐え切れない日数である。
もちろん、どこかに移動して身を隠すという方法も考えられたのだが、周辺の確認も行われるということなので、そういうわけにもいかないようだった。
「……詰んだ」
聖剣を背中に背負ったまま、天井を見上げたククールはそう呟いている。
ククールが部屋に閉じこもるように言われた理由はたくさんある。
ひとつ、獣人という存在は、人によっては忌避する傾向がある。
ひとつ、ククールが聖剣を持っているために、感知される可能性があるということ。
以上の点から、ククールは動かずに部屋の中でじっとしてもらった方が、なにかと問題が少ないというわけだ。
もちろんひとつめの方は、教会からやって来る人によって対応が変わるので、不確かなものだ。だが、ふたつめの方がごまかしようがない。
聖剣を感知されてしまえば、間違いなくククールは教会に連れていかれる。教会に連れていかれれば、ククールが魔族であるということがばれるのは時間の問題である。
それに、トールソンとしては街のためにはククールを手元に置いておきたい。なにせ、元々が魔王の部下であるために、情報源にできるのだから。
そう、ククールの身の安全と、街にとっての利点のために、トールソンはそのような判断に至ったのである。
『とりあえず、教会の人物が来るまで、あと三日はある。それまでにやれることはやっておいた方が良いのではないかな』
「ええ、そうね。次回のフォレストシープの毛糸の納品を飛ばすわけにはいかないわ。よしっ」
聖剣から言われたククールは、ベッドから起き上がる。
「早速、フォレストシープの討伐に行ってきましょう」
『うむ。こういう時は体を動かして気を晴らすのがよいからな』
少し時間は遅くなってはいたものの、ククールはトールソンとヒーラに伝えて、屋敷から出かけていった。
ククールもだいぶ剣の扱いに慣れており、フォレストシープの討伐はかなり楽になっていた。
「ふぅ、さすがに狩りすぎちゃうと魔物とはいえ数が減ってしまうから、やりすぎないように気をつけなくちゃね」
『確かにそうだな。だが、主としては毛だけが手に入れば問題ないのではないかな?』
ククールの言葉に、聖剣も同意している。
それと同時に、ちょっとした提案もしてきた。これにはちょっとおっと思ったククールだったが、すぐに首を横に振っていた。
「いや、無理だわね。毛だけ刈ろうだなんてなったら、動かないようにでもしないと無理でしょ。それに、フォレストシープのあの毛は、外敵から身を守る鎧でもあるんでしょ? 毛を刈ったら、他の魔物に狙われてしまうわよ」
『ぐぬぬぬ……。確かにそうではあるな』
ククールの反論に、聖剣は唸ってしまっている。
だが、だからといって、ククールも全部否定するというわけではなかった。
「でも、いい案だと思うわよ。それこそ、飼うっていう手もあるんじゃないかしらね。魔物だから、抵抗はあるとは思うけど」
『飼う……。その手があったか!』
しれっと話した内容に、聖剣がものすごく反応している。
『主、実に頭がいいですな。そうですぞ、飼うという手があるではないか』
「いや、飼うとは言ったけれど、魔物なんて手懐けられる人はいるのかしらね」
『まあ、そこが問題ですな。だが、それにもいい案がございますとも』
あまりにも主張が激しいので、ククールもどう反応していいのか困ってしまっていた。
「ま、まあ……。それは領主邸に帰ってから聞くわね」
『分かりましたぞ。それでは、冒険者ギルドに戻りましょうぞ』
なんともテンションの高い聖剣に困惑しながらも、ククールは討伐したフォレストシープを抱えて街の冒険者ギルドまで戻っていく。
いつものように査定してもらい、毛をすべて引き取り、肉は全部ギルドで買い取りにしてもらう。
大量の毛をカバンに詰め込んで、ククールは領主邸へと戻ってきた。
自室に戻ってきたククールは荷物を置くと、聖剣の話を改めて聞くことにする。
「それで、名案というのは何なのかしら」
『よくぞ聞いて下さいました。名案というのは、主がフォレストシープを飼うのです』
「は?」
聖剣から飛び出てきた案に、ククールは思わずあんぐりとしてしまう。
なぜ自分がフォレストシープを飼わなければならないのか。思わぬ提案に、ククールの思考はしばらく停止してしまうのだった。




